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網膜内部に血管が入り込まない仕組みを、分子レベルで解明!

図1:視神経乳頭から網膜辺縁部に向かって放射状に広がる血管網
生後6日目マウス網膜ホールマウント血管染色(緑:CD31)。血管網が視神経乳頭(画面中央)から網膜辺縁部に向けて放射状かつ二次元的に成長していく過程が可視化される。

–– 血管排除のご研究は、珍しいように思いますが。

久保田: そのとおりです。がんや糖尿病合併症として血管新生の研究は盛んに行われていますが、血管が形成されない仕組みについての研究はほとんどないと思います。私も初めから排除機序に着目した訳ではありません。血管を可視化しようと試み、偶然にもそこから手掛かりが得られ、スピンアウトした形です。私たちは、「組織ホールマウント染色」と呼ばれる手法で血管網を染め分け、共焦点顕微鏡を用いて観察する独自の可視化技術を開発し、毛細血管の隅々まで高解像度で浮かび上がらせることに成功しています1。その技術は最大限効率化しており、短時間に極めて鮮明な血管画像を得られるのが特徴です。

近年、血管の研究で広く用いられつつあるのが、組織が薄くほぼ平らにして観察できる「マウス新生仔期の網膜」です。厚みのある組織だと撮影に膨大な時間がかかり解析が大変ですが、眼の網膜は厚さ0.2〜0.3mm、直径40mm前後です。お椀のような形で組織学的には10層からなるのですが、新生仔期に血管ができるのは最内側の神経線維層のみです。新生仔期になると、それ以外のニューロン(神経節細胞や視細胞)が並んだ層に向かって血管が入り込んでいることはありません。そういうものとして、私を含め誰も疑問に感じていませんでした。ところが5〜6年前に、マウスでGFPを用いて血管内皮細胞増殖因子受容体(VEGFR2)の発現を可視化したところ、血管にのみ発現することで知られるVEGFR2がニューロンにも多く見られることが分かりました。

そこで、網膜のニューロンでだけVEGFR2を壊した「ニューロン特異的VEGFR2コンディショナルノックアウト(cKO)マウス」を作って観察したところ、生まれたてのマウスでは進入しないはずの網膜内部に向かって、網膜血管が旺盛に進入していました。これまでに見たことも聞いたこともない表現型でした2。これはおもしろいと思い、VEGFR2と血管排除の関係について調べることにしました。これが、今回の成果の原点となりました。

–– 血管が入り込まない組織は、網膜の他にもあるのですか?

久保田: 眼では角膜と水晶体が該当します。それ以外では軟骨や椎間板などが知られています。脳も表面は血管に富んでいますが、内部は少なくなっています。いずれの組織も、深部に血管がないことでガス交換や栄養交換に影響を来すことはありません。詳しいことは何も分かっていませんが、角膜や水晶体に血管があると視界に影響を及ぼすでしょうし、軟骨や椎間板は力を受け止める弾性組織なので、血管があると破れやすくなるなどの影響があるのかもしれません。

一方、神経回路の構築には、磁石の同極同士のように互いに反発し合う分子(セマフォリンやエフリンなど)が機能していることが知られています。こうした分子が発現すると神経が交差しないようになっていますが、遺伝子変異体マウスなどでは交差してしまいます。血管と神経とでは発生の分子メカニズムに共通点が多いので、血管排除にもこのような仕組みがあるのではないかと漠然と考えている研究者は多いと思います。それを鑑みると、今回、予想とは全く異なる仕組みを示したことになりますね。

–– 具体的にどのような実験をされたのでしょうか?

久保田: まず、網膜のニューロン特異的VEGFR2 cKOマウスを詳細に解析しました2VEGFR2を全身でノックアウトすると生存できないためです。その上で、ニューロン層にも血管が入り込むようになった原因について仮説を2つ立てました。1つ目は、ノックアウトすることでニューロン中の血管誘引因子の発現が上がること、2つ目は血管誘引を抑制している因子の活性が下がることです。仮説に従ってさまざまな検討を行ったのですが、どちらも正しくないことが分かりました。

さらに熟慮し、「エンドサイトーシス」の仕組みが関与しているのではないかと思い至りました。エンドサイトーシスとは、細胞が細胞外の物質を小胞内に取り込む機構で、病原体を分解・消化する食作用などが知られています。私たちは、VEGFも同様の仕組みで分解・消化されるために、血管がない組織ではVEGFが合成されても機能を発揮していないのではないかと考えました。

–– 推定どおりだったのですね。

図2:網膜において血管が排除される仕組み
正常なニューロンは血管の進入を誘導するVEGFをエンドサイトーシスによって取り込み、消化しているため、新生仔期には網膜内に血管が進入しない(左)。ところが、VEGFR2を欠失した変異体ではVEGFが取り込まれなくなり、網膜内部に向かって血管が進入する(右)。

久保田: はい、そのとおりです。ニューロンでだけエンドサイトーシスに必須の遺伝子(Dynamin1/2)を壊したcKOマウスを作り、網膜血管を独自の可視化技術を用いて観察してみました2。これはニューロン特異的VEGFR2 cKOマウスと同様の表現型でした。このとき、リガンドであるVEGFの遺伝子をニューロンで同時にノックアウトすると、この異常な血管は形成されないことも確かめました。

一方で、正常マウスではVEGFがVEGFR2と結合した後に小胞に取り込まれ、細胞内で分解・消化されていることも確認しました。さらに、ニューロン周辺に存在するアストロサイトやミクログリアにはVEGFR2が発現していないこと、また、これらの細胞でVEGFR2をノックアウトしても何も起きないことを確かめ、アストロサイトやミクログリアなどの周辺にある細胞が関与していないことも確認しました。

一連の結果は、VEGFがVEGFR2に結合した後にエンドサイトーシスによって小胞内に取り込まれ、分解・消化されていることをはっきりと示しています。ただし、早期に網膜内部に血管が入り込んでも視力には何の影響もないようでした。

–– このような仕組みは、何のために存在するのでしょうか?

久保田: よく聞かれるのですが、私にも分かりません。マウスにあるということは哺乳類に広く共通した仕組みだと思われますが……。もしかしたらVEGFをとりあえずたくさん作って、神経から遠い部分に届け、神経に近い部分はエンドサイトーシスで排除しているのかもしれません。ただ、生存にどのような利点をもたらすのか見当もつきませんが。

正確なことは言えませんが、加齢黄斑変性症、糖尿病性網膜症、がんといった「血管新生が異常に活性化されてしまう疾患」と関連している可能性はあり得る、と考えています。こうした疾患ではなぜかVEGFの合成が過剰になり、あるべきではない部位にもろい血管が新生してしまいます。マウスでは、中和抗体(抗VEGF薬)を投与すると血管新生と血液の漏れが強力に抑えられることが分かり、世界中で創薬研究が進んでいるのはご存じのとおりです。ただし、ヒトのがんではマウスほど抗VEGF薬が効かないので、血管新生の抑制にはVEGF以外のシグナル系も関与していると考えられています。もし、がんに特異的なエンドサイトーシスのシグナルを特定できれば、それを活性化することで血管新生を抑制する戦略も考えられるかもしれません。

–– 最後に、今後の目標についてお聞かせください。

久保田: 応用研究は臨床の方々にお任せし、私は引き続き、網膜を対象に可視化技術を駆使した基礎研究を続けたいと考えています。ただし、研究の道筋はあえて立てないことにしています。「先入観や仮説を排除した上で、自分が興味深いと思うあらゆることを調べ、出てきた結果をにらんで熟慮する」というのが、私の研究ポリシーです。現在、90のケージに約60種の遺伝子改変マウスがいます。まずは、片っ端から血管の可視化を行いたいと考えています。

–– ありがとうございました。

聞き手は、西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

久保田 義顕(くぼた・よしあき)

慶應義塾大学医学部 機能形態学研究室主任研究員(准教授)。2001年慶應義塾大学医学部卒業後、2003年まで同大学形成外科学教室にて臨床研修を行う。2006年同大学大学院医学研究科修了。同大学発生・分化生物学教室特別研究助手、同大学テニュアトラック(咸臨丸(かいりんまる)プロジェクト)特任講師を経て、2013年より現職。

久保田 義顕氏

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2015.150220

参考文献

  1. 1 Okuno, Y. et al, Natture Med. 18: 1208–1216 (2012).
  2. Okabe, K. et al, Cell 159: 584-596 (2014).