News Feature

被引用回数の多い科学論文トップ100

Credit: PHOTO BY KYLE BEAN; DESIGN BY WESLEY FERNANDES/NATURE

高温超伝導体の発見、DNAの二重らせん構造の決定、宇宙の加速膨張の初観測などの画期的な研究は、いずれもノーベル賞を受賞し、国際的に高く評価されている。しかし驚いたことに、これらの重要な発見を報告した論文は、「被引用回数の多い論文オールタイム・トップ100」にかすりもしない。「引用」とは、論文中で過去の研究に言及することで、論文著者が研究に用いた実験手法や研究のもととなったアイデアや発見の情報源を明示するための標準的な方法である。そのため、被引用回数は論文の重要性を示すおおよその尺度としてしばしば利用されている。

科学文献における引用を追跡する初の系統的な試みとして考え出されたのが「科学引用索引(Science Citation Index;SCI)」で、1964年にEugene Garfieldによって作成された。このほどSCIが50周年を迎えたことを記念して、Natureは、現在SCIを刊行しているトムソン・ロイター社に「被引用回数の多い論文オールタイム・トップ100」の作成を依頼した。検索対象は、オンライン版SCIを含むトムソン・ロイター社の学術文献データベース「Web of Science」に登録されている論文である。Web of Scienceには、自然科学分野の刊行物だけでなく社会科学、美術、人文科学、学会紀要、一部の書籍が登録されており、それらの文献を今日から1900年までさかのぼることが可能だ。完全なリストはwww.nature.com/top100を参照されたい。

Natureのこの試みから、予想外の事実がいくつか明らかになった。中でも驚きが大きかったのは、トップ100論文に入るには1万2119回も引用されねばならないことと、世界で最も有名な論文の多くはトップ100に入っていないことである。トップ100にランクインした論文を見ると、カーボンナノチューブの発見1(第36位)などの第一級の発見は、いくつか含まれてはいるものの少数であり、圧倒的多数を占めているのは各分野の研究に欠かすことのできない実験方法やソフトウエアに関する論文であった。

歴史上最も多く引用されている論文は、ローリー法として知られる溶液中のタンパク質の量を決定する分析法を記載した1951年の論文2で、現時点で30万5000回以上引用されている。論文の筆頭著者だった米国の生化学者・故Oliver Lowryは、常にこのことに当惑していた。彼は1977年に、「これが大した論文でないことは自分でよく分かっているのだが、(中略)反響の大きさにひそかに気をよくしている」と書いている。

学術文献の量は膨大なので、被引用回数トップ100にランクインする論文は例外中の例外といってよい存在だ。トムソン・ロイター社のWeb of Scienceには5800万件もの文献が登録されている。これらの文献の最初の1ページだけをプリントアウトして被引用回数の多いものが上になるように積み重ねると、キリマンジャロ(5895m)と同じくらいの高さになる。だが、被引用回数トップ100に入る論文は頂上のわずか1cm分を占めるにすぎない。1000回以上引用されている論文に範囲を広げてみても1万4499本しかなく、頂上から約1.5m分にしかならない(「頂点を極めた論文」参照)。一方、下の方には被引用回数が1回以下の論文がひしめいていて、このグループが全文献の約半分を占めている。

被引用回数の頂点に輝く論文が必ずしも有名な論文ではない理由は完全には分からないが、研究者の慣習によって理解できる部分もある。ライデン大学科学技術研究センター(オランダ)の所長Paul Woutersは、研究手法に関する論文の多くは「科学者がどのような研究を行っているかを科学者仲間に知らせるための標準的な参考文献になっています」と指摘する。また、科学界のもう1つの慣習として、アインシュタインの特殊相対性理論のような真に基礎的な発見の被引用回数は、妥当と考えられる回数よりも少なくなる傾向があるという。こうした重要な発見は、すぐに教科書に掲載されたり、引用する必要がないほどよく知られた用語として論文の本文に登場したりするようになるからだ。

被引用回数のランキングがどことなく腑に落ちないものに感じられる要因は他にもある。例えば、引用の量は増加しているが、もっと古い時代の論文は引用が蓄積するペースが遅かった。また、生物学者は物理学者などに比べてお互いの研究を頻繁に引用する傾向がある。さらに、全ての研究分野で同じ本数の論文が発表されているわけでもない。それ故、現代の計量書誌学者がある論文の価値を測ろうとする際には、単純に被引用回数を数えるような雑なやり方はせず、同じ年代の同じような分野の論文の被引用回数と比較する。

トムソン・ロイター社のリストは唯一の論文ランキングシステムではない。グーグル社の「Google Scholar」もまた、Natureのために独自のトップ100リストを作成してくれた(このリストもwww.nature.com/top100から入手可能である)。こちらは、トムソン・ロイター社よりもはるかに多い引用を基礎にしている。グーグル社の検索エンジンは、広範にわたる書籍など、(あまりよく特徴付けられていないものの)はるかに大規模な文献ベースから参考文献を選び出しているからだ。Google Scholarのリストでは、トムソン・ロイター社のものに比べて経済学の論文が目立ち、また、トムソン・ロイター社が分析していない書籍もランクインしている。だが、科学論文に限定すれば、多くの論文が共通している。

さまざまな注意点はあるものの、昔ながらの栄誉の殿堂は今日もその価値を保っており、少なくとも、科学的知識の本質を思い出させてくれるものといえる。つまり、科学の目覚ましい進歩は、実験手法やデータベース、ならびにソフトウエアについて記載する比較的「地味」な論文に支えられているのだ。

以下では、脚光を浴びることはめったにないものの、研究に不可欠な手法を記載するものとして何万回も引用され、科学論文のキリマンジャロの頂点を極めた重要な論文について、解説する。

生物学

この数十年間、トップ100論文リストの多くをタンパク質生化学の論文が占めている。第1位はローリー法(Lowry method)と呼ばれるタンパク質定量法に関する1951年の論文2で、事実上の独走状態にある。とはいえ多くの生化学者が、ローリー法と、これとライバル関係にあるブラッドフォード法(Bradford assay、この分析法を記載した論文3も3位にランクインしている)は、いささか時代遅れになっていると言う。第2位は、各種のタンパク質分析に利用されているSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動法を記したUlrich Laemmliのバッファーに関する論文4だ。こうした手法に関する論文の被引用回数が圧倒的に多いのは、これらが細胞生物学や分子生物学の分野ではいまだに必要不可欠のツールであり、多く引用されているからだ(グラフ「生物学」参照)。

被引用回数トップ100にランクインしている論文に記載されている生物学の手法のうち、少なくとも2つはノーベル賞を受賞している。故Frederick Sangerは、DNA塩基配列決定法に関する論文5により1980年にノーベル化学賞を共同受賞し、この論文は第4位にランクインしている。米国の生化学者Kary Mullisは、DNAの断片を複製するポリメラーゼ連鎖反応(PCR)に関する論文6により1993年に同賞を受賞しており、こちらは第63位につけている。どちらの手法も、DNAを調べたり操作したりする作業を迅速かつ容易にし、遺伝学研究の革命を推し進めた。この革命は今日も続いている。

トップ100入りしている他の手法は、一般にはあまり知られていないものの、論文著者はそれなりの恩恵を受けている。1980年代には、イタリアのがん遺伝学者Nicoletta Sacchiがポーランド生まれの米国の分子生物学者Piotr Chomczynskiと組んで、生物サンプルから迅速かつ安価にRNAを抽出する手法7を発表し、この論文は現在第5位にランクインしている。この手法が瞬く間に普及すると、Chomczynskiはその改良版の特許を取得し、試薬を販売する事業を起こした。一方、現在ロズウェルパークがん研究所(米国ニューヨーク州バッファロー)に所属するSacchiは、金銭的にはほとんど恩恵を受けなかったが、多くの偉大な研究が自分の研究を基礎にしていることに満足していると語っている。実際、この手法はタンパク質をコードしない短いRNA分子(ノンコーディングRNA)の研究が爆発的に進む一因となった。「科学的なことですが、これが私にとっての大きな報酬だと思っています」と彼女は言う。

バイオインフォマティクス

上述のSangerによる貢献以降、遺伝子の塩基配列決定法が爆発的に普及して、塩基配列分析法に関する論文が続々とトップ100にランクインするようになった。その最たる例がBLAST(Basic Local Alignment Search Tool)である(グラフ「バイオインフォマティクス」参照)。BLASTは、遺伝子やタンパク質の機能を解明しようとする生物学者にとっては、20年以上もなじみの名前になっている。ユーザーは、ウェブブラウザでプログラムを開き、DNAやRNA、またはタンパク質の配列を入力するだけでよい。ものの数秒もたたぬうちに、数千種にわたる生物のデータベースから近縁度の高い配列を探し出してくれる上、これらの配列の機能に関する情報や、関連文献へのリンクまで表示してくれるのだ。BLASTは非常によく利用されているため、このプログラムについて書かれたStephen Altschulのオリジナル論文と異なるバージョンに関する論文はそれぞれ、第12位と第14位にランクインしている8,9

ところが、BLAST関係の論文のランキングは下がってきている。BLASTと相補的な関係にあるClustalというプログラムの躍進が原因だ。多重配列アラインメントを行うClustalは、異なる生物種の塩基配列間の進化的関係を記述したり、関連がなさそうに見える配列間の一致を探し出したり、遺伝子中やタンパク質中の特定の点での変化が機能にどのような影響を及ぼすかを予測することを可能にする。Clustalの使い勝手を良くしたClustalWというバージョンに関する1994年の論文10の被引用回数は、現在、第10位にランクインしている。その後のClustalXというバージョンに関する1997年の論文11も第28位に入っている。

ClustalWを開発した欧州分子生物学研究所(ドイツ・ハイデルベルク)の研究チームは、このプログラムが大型コンピューターではなくパソコン上で動くように設計していた。けれども1991年に民間セクターから同研究所にやって来たコンピューター科学者のJulie Thompsonは、このソフトウエアを大きく変えた。現在は遺伝学分子細胞生物学研究所(IGBMC;フランス・ストラスブール)に所属している彼女は、「良くも悪くも、これは生物学者が書いたプログラムだったからです」と言う。彼女は当時生成されていたゲノムデータの量と複雑さに対応できるようにプログラムを書き直すのと同時に、利用者が使いやすいようにした。

BLASTの開発チームとClustalの開発チームは、論文の被引用回数ランキングにおいてライバル関係にある。Clustalチームのメンバーであるユニバーシティ・カレッジ・ダブリン(アイルランド)の生物学者Des Higginsは、ライバルではあるが両者は友好的だと言う。「BLASTはこの分野の流れを変えた存在です。彼らの論文は、その価値があるから引用されるのです」とHiggins。

系統学

ゲノムの塩基配列決定技術の進歩により大いに活気づいたもう1つの分野は、生物種間の進化的関係を調べる系統学である。

トップ100論文リストの第20位には、生物種間の進化的距離を示す何らかの尺度(遺伝的多様性など)に従って多くの生物種の進化的関係を表現する「系統樹」を高速かつ効率よく作成できる「近隣結合法」という方法を提案した論文12がランクインしている(グラフ「系統学」参照)。この手法では、関連する系統(生物や遺伝子)のペアを1つずつ発見していくことで系統樹を決定する。人類進化学と分子遺伝学という2つの分野の結び付きにより、にわかに大量の情報が生み出されるようになった1980年代、自然人類学者の斎藤成也はテキサス大学ヒューストン校(米国)の根井正利(現 ペンシルベニア州立大学教授)の研究室に入り、近隣結合法を考案した。そして1987年、斎藤と根井は近隣結合法の論文を発表した。

現在は国立遺伝学研究所(静岡県三島市)に所属している斎藤は当時を振り返り、「分子進化学の分野では、今でいうビッグデータに当時すでに直面していたのです」と語る。近隣結合法は、極めて短い計算時間で、大量のデータから系統樹を作成することを可能にした。実は、Clustalのアルゴリズムでも近隣結合法を用いている。これは、ある分野のトップ100論文が別の分野に影響を及ぼした好例といえる。

第41位には、統計学を系統学に応用する方法に関する論文13がランクインしている。1984年、ワシントン大学(米国シアトル)の進化生物学者Joe Felsensteinは、ブートストラップ法という統計的手法を用いて、1本の進化系統樹の個々の枝の正確さを見積もった。ブートストラップ法では、元のデータ集合からデータを繰り返し再抽出し、それに基づく推定のばらつきを利用して個々の枝の信頼度を決定する。この論文の被引用回数はなかなか増えなかったが、1990年代から2000年代にかけて、系統樹の信頼度を評価する必要性を感じるようになった分子生物学者らによって、この論文は急激に引用されるようになった。

Felsensteinによると、ブートストラップ法の概念14は、1979年にスタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の統計学者Bradley Efronによって考案されたものであり、Felsensteinの研究よりもはるかに基礎的で重要なものであったという。ただ、Felsensteinがその手法を生物学の問題に応用したため、格段に多くの研究者に引用されることになった。また彼は、当時彼が多忙であったこともこの論文の被引用回数が多くなった原因の1つだろうと述べる。この論文の内容を分けて複数の論文をこしらえることもできたが、彼は1本の論文に全てを詰め込むことを選んだのだ。論文を分割していたら、引用も分散するので、各論文の被引用回数は少なくなっていたかもしれない。「当時の私は、同じ話であと4本も論文を書く気になれなかったのです。信念に基づいてそうしたのではなく、単に暇がなかったのです」と彼は話す。

統計学

トップ100論文には統計学の論文が多数ランクインしている。シカゴ大学(米国イリノイ州)の統計学者で統計学史の専門家でもあるStephen Stiglerは、「どの論文も、統計学の分野にとっての『最も重要な論文』ではありません」と言う。つまりこれらの論文は、統計学者よりはるかに人口の多い「現場の科学者」にとって有用な論文なのだ。

統計学の論文が統計学以外の分野で頻繁に引用されるようになった主な原因は、生物医学分野のデータが急激に増えていることにある。例えば、最も頻繁に引用されている統計学論文15(第11位)は、米国の統計学者Edward KaplanとPaul Meierが1958年に発表したもので、臨床試験の参加者集団などにおける生存パターンを明らかにするのに役立つものだ。この論文の手法は、今日ではカプランマイヤー推定法(Kaplan-Meier estimate)と呼ばれている(グラフ「統計学」参照)。次に多く引用されているのは英国の統計学者David Coxによる1972年の論文16(第24位)で、カプランマイヤー推定法の生存時間解析を拡張して、性別や年齢などの因子も考慮するようにしたものである。

カプランマイヤー推定法の論文は、発表当初はほとんど引用されなかった。1970年代にコンピューターの処理能力が急激に向上し、専門外の研究者がこの手法を扱えるようになったことで初めて被引用回数に伸びが見え始めた。そして、単純さと使い勝手の良さから、この分野の論文は人気になった。1986年には、英国の統計学者Martin BlandとDouglas Altmanが、2つの測定法による測定値がどのくらい一致するかを可視化する手法(ブランドアルトマン解析;Bland-Altman plot)に関する論文17を発表し、この論文は現在、第29位にランクインしている。同じアイデアはその14年前に別の統計学者によって提唱されていたが、これを利用しやすい形で提案したBlandとAltmanの論文は、発表以来ずっと被引用回数を伸ばし続けている。

統計学分野のトップ100論文の中で最も古いものと最も新しいものはどちらも、データの「多重比較」という同じ問題を扱っている。ただ、それが利用される科学的環境は大きく異なる。第64位に入っている米国の統計学者David Duncanの1955年の論文18は、少数のグループを比較するときに役に立つ。これに対して、イスラエルの統計学者Yoav BenjaminiとYosef Hochbergが1995年に発表した偽発見率の制御に関する第59位の論文19は、ゲノミクスや神経科学イメージングなど、比較数が数十万になる分野のデータを扱うのに適している。これは、Duncanの時代には想像もできなかったような比較数だ。Efronは、「コンピューターが、統計学理論と実践現場の両方にじわじわと影響を及ぼしていく例の1つです」と言う。

密度汎関数理論

理論家が薬物分子や金属板などの物質のモデルを作るときには、しばしば物質中の電子の挙動を計算するソフトウエアを利用する。物質中の電子の挙動が分かれば、タンパク質の反応性や、鉄を主成分とする流体である地球の外核での熱の伝わりやすさなど、他の多くの特性を理解することができる。

このタイプのソフトウエアのほとんどが、物理科学者が最も頻繁に引用する概念である密度汎関数理論(Density Functional Theory;DFT)に基づいて作られている。トップ100論文のうちの12本がこの理論に関するものであり、そのうちの2本はトップ10にランクインしている。オックスフォード大学(英国)の材料物理学者Feliciano Giustinoは、DFTを一言で説明するなら、不可能な数学を容易にする「近似」であると言う。例えば、シリコン結晶中の電子の挙動を調べる際に、全ての電子や原子核について、他の全ての電子や原子核との相互作用を考慮に入れようと思ったら、1021テラバイトという途方もない量のデータを分析する必要がある。こんな容量のコンピューターなど、考えることもできない。ここでDFTを用いると、分析するデータの量を、標準的なノートパソコンの容量の範囲内である数百キロバイトまで減らすことができる。

理論物理学者Walter Kohnは、半世紀前のDFTの開発において主導的な役割を果たした人物である。彼が1964年と1965年に発表した論文20,21の被引用回数は、現在も第39位と34位にランクインしている。Kohnは、個々の電子が、「ぼんやりと広がった平均としての他の全ての電子と反応する」と仮定することで、系の最低エネルギー状態などの特性を計算できることに気が付いた。原理的には、その数学は単純だった。系は各点で異なる密度を持つ連続的な流体のようにふるまう。そこから密度汎関数理論と呼ばれている。

けれども、この理論を現実の物質に応用する方法を研究者が見いだすまでに数十年を要したとGiustinoは話す。トップ100論文のうち、ダルハウジー大学(カナダ・ハリファックス)の理論化学者Axel Beckeが1993年に発表した第8位の論文22と、米国在住の理論化学者Chengteh Lee、Weitao Yang、Robert Parrが1988年に発表した第7位の論文23の2本は、最も一般的な密度汎関数法やソフトウエアパッケージの基礎となる手法に関する技術的な論文である。1992年には、Gaussianという人気の計算化学用ソフトウエアを開発したことで知られる計算化学者John Popleが、これにDFTを取り入れている。彼は1998年に、Kohnとともにノーベル化学賞を受賞した。

こうしたソフトウエアのユーザーは、たとえDFTを完全には理解していなくてもオリジナルの理論論文を引用するだろう、とBeckeは言う。「DFTの理論と数学と計算ソフトウエアは専門的なもので、これらに興味を持つのは量子物理学者と化学者ぐらいです。けれども応用は無限です」と彼は言う。「DFTを利用すれば、全ての化学・生化学・生物学・ナノシステムや材料を、基礎的なレベルで記述することができます。地球上に存在する全てのものの性質は電子の運動によって決まります。DFTは文字どおり万物の基礎にあるのです」。

結晶学

ゲッティンゲン大学(ドイツ)の化学者George Sheldrickは、1970年代に結晶構造を解くのに役立つソフトウエアを書き始めた。彼は当時を振り返り、「その手のプロジェクトでは研究助成金を獲得できませんでした。私の仕事は化学を教えることだったので、余暇の趣味としてプログラムを書いたのです」という。けれども彼のこの研究は、40年以上にわたって定期的にアップデートされているSHELXという一連のコンピュータープログラムを生み出した。SHELXは、結晶に照射したX線の散乱パターンを分析して原子構造を解明するためのツールの中で最も一般的なものになっている。

SHELXの人気が実際どれほどのものであったか明らかになったのは、2008年にSheldrickがこのシステムの歴史に関するレビュー論文24を発表したことがきっかけであった。彼がこの論文の中で「本論文はSHELXプログラムを利用する際の総合的な引用文献として役立つだろう」と記したところ、読者がこぞってこの助言に従ったのだ。おかげで、彼のレビュー論文はこの6年間に3万8000回近く引用されて一気に第13位にランクインし、過去20年間に発表された論文の中で最も高いランキングにつけることになった(グラフ「結晶学」参照)。

トップ100論文リストには、この他にも結晶学や構造生物学に欠かすことのできないツールが散見される。例えば、第23位にはX線回折データを分析するための一連のHKLプログラムに関する論文25が、第71位には提案されたタンパク質構造が幾何学的に正常であるか異常であるかを分析するPROCHECKプログラムに関する論文26が、第82位と95位には分子構造をスケッチするのに利用できる2つのプログラムに関する論文27,28がランクインしている。米国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセスダ)のデータサイエンス部門の副部長Philip Bourneは、これらのプログラムは結晶構造の決定において必須の道具になっていると言う。

トップ100論文の中で珍しいのは、第22位にランクインしているRobert Shannonの1976年の論文29だ(グラフ「結晶学」参照)。彼は巨大化学会社デュポン社(米国デラウェア州ウィルミントン)の研究者で、さまざまな材料中のイオン半径の包括的なリストを作成した。インペリアル・カレッジ・ロンドン(英国)の材料科学者Robin Grimesによると、物理学者や化学者や理論家がイオンの大きさを調べるときには、今でもこの論文を引用するという。イオンの大きさは物質の他の特性ときれいに相関していることが多いため、Shannonの論文は正式に引用されるデータベースのオールタイムベスト1に輝いている。

Grimesの同僚の研究者Paul Fossatiは、「私たちはしばしば無意識のうちにこの手の論文を引用しています」と言う。同じことは、トップ100入りした手法やデータベースの多くに当てはまるかもしれない。このリストを見ると、計算や大量のデータの分析が科学研究にいかに大きな影響を及ぼしているかがよく分かる。それはまた、特定の手法に関する論文やデータベースの被引用回数の多さが、運や環境の産物であることも思い出させてくれる。

とはいえ、エール大学(米国コネチカット州ニューヘイブン)の化学者Peter Mooreは、研究者はこのリストから1つの大きな教訓を導き出すことができると指摘する。「被引用回数が欲しいなら、人々がやりたがっている実験を可能にするか、もっと容易にするような手法を開発すればよいのです。そうすれば、宇宙の秘密を解き明かすよりはるかに上位にランクインできるでしょう」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2015.150114

原文

The top 100 papers
  • Nature (2014-10-30) | DOI: 10.1038/514550a
  • Richard Van Noorden, Brendan Maher, Regina Nuzzo
  • Richard Van Noordenはロンドン在住のNature記者。Brendan Maherはニューヨーク在住のNature編集者。Regina NuzzoはワシントンD.C.在住のライター。

参考文献

  1. Iijima, S. Nature 354, 56–58 (1991).
  2. Lowry, O. H., Rosebrough, N. J., Farr, A. L. & Randall, R. J. J. Biol. Chem. 193, 265–275 (1951).
  3. Bradford, M. M. Anal. Biochem. 72, 248–254 (1976).
  4. Laemmli, U. K. Nature 227, 680–685 (1970).
  5. Sanger. F., Nicklen, S. & Couslon, A. R. Proc. Natl Acad. Sci. USA 74, 5463–5467 (1977).
  6. Saiki, R. K. et al. Science 239, 487–491 (1988).
  7. Chomczynski, P. & Sacchi, N. Anal. Biochem. 162, 156–159 (1987).
  8. Altschul, S. F., Gish, W., Miller, W., Myers, E. W. & Lipman, D. J. J. Mol. Biol. 215, 403–410 (1990).
  9. Altschul, S. F. et al. Nucleic Acids Res. 25, 3389–3402 (1997).
  10. Thompson, J. D., Higgins, D. G. & Gibson, T. J. Nucleic Acids Res. 22, 4673–4680 (1994).
  11. Thompson, J. D., Gibson, T. J., Plewniak, F., Jeanmougin, F. & Higgins, D. G. Nucleic Acids Res. 25, 4876–4882 (1997).
  12. Saitou, N. & Nei, M. Mol. Biol. Evol. 4, 406–425 (1987).
  13. Felsenstein, J. Evolution 39, 783–791 (1985).
  14. Efron, B. Ann. Statist. 7, 1–26 (1979).
  15. Kaplan, E. L. & Meier, P. J. Am. Stat. Assoc. 53, 457–481 (1958).
  16. Cox, D. R. J. R. Stat. Soc. B 34, 187–220 (1972).
  17. Bland, J. M. & Altman, D. G. Lancet 327, 307–310 (1986).
  18. Duncan, D. B. Biometrics 11, 1–42 (1955).
  19. Benjamini, Y. & Hochberg, Y. J. R. Stat. Soc. B 57, 289–300 (1995).
  20. Kohn, W. & Sham, L. J. Phys. Rev. 140, A1133 (1965).
  21. Hohenberg, P. & Kohn, W. Phys. Rev. B 136, B864 (1964).
  22. Becke, A. D. J. Chem. Phys. 98, 5648–5652 (1993).
  23. Lee. C., Yang, W. & Parr, R. G. Phys. Rev. B 37, 785–789 (1988).
  24. Sheldrick, G. M. Acta Crystallogr. A 64, 112–122 (2008).
  25. Otwinowski, Z. & Minor, W. Method. Enzymol. A 276, 307–326 (1997).
  26. Laskowski, R. A., MacArthur, M. W., Moss, D. S. & Thornton, J. M. J. Appl. Crystallogr. 26, 283–291 (1993).
  27. Kraulis, P. J. J. Appl. Crystallogr. 24, 946–950 (1991).
  28. Jones, T. A., Zou, J.-Y., Cowan, S. W. & Kjeldgaard, M. Acta Crystallogr. A 47, 110–119 (1991).
  29. Shannon, R. D. Acta Crystallogr. A 32, 751–767 (1976).