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がん幹細胞を正常細胞に変える方法を確立し、がん完治を目指す!

図1
線維芽細胞様の脂肪前駆細胞と、脂肪細胞におけるアクチンの状態と分布の違い。線維芽細胞様の未分化な脂肪前駆細胞において、アクチンは細胞中央を縦走する太い直線の線維(ストレスファイバー)を形成している。ところが、分化を開始すると脱重合し、成熟脂肪細胞になったときには、細胞の縁で弧を描くように配置される。

–– がん幹細胞とは、どんなものですか?

佐谷: がん幹細胞は、自己複製しつつ、がん細胞の供給源にもなる非常に未分化な悪性細胞です。普通のがん細胞は、化学療法、放射線、分子標的薬などで死滅しますが、がん幹細胞はこれらの治療ではたたくことができないため、がんの完治は難しいのです。

私たちはがん幹細胞を詳細に調べ、そのでき方は、大きく2通りに分けられることが分かりました。1つは、正常な幹細胞そのものががん化したもので、小児がんや血液がんなどで多く見られます。このタイプは一般的な幹細胞の性質をよく保っており、増殖がゆっくりであるために抗がん剤などが効きにくい。もう1 つは、ある程度分化した細胞が長期にわたる炎症を背景にがん幹細胞化したもので、壮年期以降に発症する一般的ながんに見られます。比較的増殖が早いものの、酸化ストレスや抗がん剤に抵抗性を示します。

より治療が難しいのは前者です。私たちは、何としてもがん幹細胞を退治する治療を開発したいと考え、小児がんの代表とも言える骨肉腫をモデルに、がん幹細胞の動態や遺伝子発現、性質などを調べてきました。骨肉腫は、間葉系幹細胞が起源となってできた腫瘍で、間葉系幹細胞は骨、軟骨、脂肪の3種の細胞に分化する能力を有します。

骨肉腫の研究を通し、がん幹細胞を本来とは別の方向に分化誘導することでがんを治療できないかと考えるようになりました。

–– がん幹細胞を「別の方向」に分化させるとは?

佐谷: 骨肉腫のがん幹細胞を脂肪に分化させれば悪性化を防げるのではないかと思い付いたのです。そこでがん幹細胞に転写因子を導入して脂肪への分化誘導を試みました。結果は予想通りで、脂肪に分化転換させたがん幹細胞は、分化に伴って悪性度が極めて低くなりました1。この成果を得て、生体内でも骨肉腫のがん幹細胞を脂肪細胞に分化させたいと思いました。そのためにまず、脂肪細胞分化のメカニズム解明に取り組むことにしました。

–– それで、今回、脂肪細胞に関する研究成果2を発表されたのですね。

佐谷: はい、そのとおりです。直接のきっかけは、脂肪細胞分化研究の第一人者である加野浩一郎(かのこういちろう)教授(日本大学 生物資源科学部)の下で研究していた信末博行さん(現 特任助教)が、私たちの研究室に赴任してきたことです。加野教授は、脂肪細胞の分化研究に使えるマウス由来の多能性細胞(脱分化脂肪細胞;DFAT)を開発されました。

DFATにホルモンなどの複数の因子(カクテル)を作用させると脂肪細胞に分化誘導できることは、経験的に分かっていました。ただし、その分子メカニズムでは、転写因子PPARγ(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γ)が関与することしか分かっていませんでした。

今回、PPARγを介した脂肪細胞への分化機序、つまり分化の引き金に相当する部分を解明したと言えます。

–– その糸口となったのは?

佐谷: DFATは線維芽細胞のような細長い形態をしていますが、分化して細胞内に脂肪滴をため込み始めると丸くなります。信末さんは、DFATから脂肪細胞に至るまでの形態変化と細胞内の現象を詳細に観察しました。まず細胞を染色したところ、細長い形をした未分化な状態ではアクチン(細胞骨格を構成するタンパク質)の太いファイバーが細胞の中を貫いていますが、分化に伴ってアクチンが「ファイバー状」から「細かく分断された粒状」に変化し、細胞の縁へと移動することが分かったのです2

ただし、この変化がPPARγの発現によって起こるのか、あるいは発現前から起きているのか謎でした。信末さんは、「もしPPARγ発現前に細胞の形が変わっているとすれば、細胞の形の変化という物理的な要素が分化に関与していることになり非常に興味深い」と考え、さらに実験を続けました。というのも、最近になって、幹細胞が力学的なストレスに応じて分化状態を変えるとの報告が相次いでいたからです3,4

–– なるほど。

佐谷: 実は、DFAT自体が、成熟した脂肪細胞を無理やりプラスチックのプレートに貼りつける「ストレス」によって得られたものです5。脂肪細胞は培養液中では浮き上がってしまい、通常は培養プレートには貼りつかないのですが、加野教授らは培養液で満タンにした培養用フラスコの中に脂肪細胞を入れ、フラスコの天井に無理やり貼り付けました6。この培養法は「天井培養」と呼ばれ、1986年に杉原甫(すぎはらはじめ)教授(元 佐賀医科大学、現 国際医療福祉大学)が確立されました。増殖して表面を埋め尽くしたところで容器を逆さまにして培養を続けると、細胞は内部の油滴を吐き出して細長い姿に形を変え、未分化な状態、つまり脱分化した細胞に変化します。驚いたことに、この細胞は脂肪細胞のみならず、骨や軟骨や筋肉の細胞にも分化可能だったのです。

–– 具体的には、どのような実験をされたのでしょうか?

佐谷: まず、DFATにカクテルを入れるとPPARγが発現し、脂肪分化が始まることを確認しました。次に、PPARγの発現がどのようにして誘導されるか解析したところ、引き金を引くのは「アクチンフィラメントが脱重合してバラバラになること」と分かりました。しかし、脱重合直後はPPARγが発現していなかったのです。そこで、アクチンの形態を変化させている可能性のある因子を網羅的に探索することにしました。この段階で私は、細胞骨格の制御に関わるRhoAタンパク質の変化が関与しているのではないかと直観しました。細胞内のアクチン線維の動態とRhoAシグナルを結びつけて考えるのは、細胞生物学では一般的なことで、この系を遮断するとストレスファイバー(アクチンの太い線維)の形成が抑制されることも知られていたからです。

私自身もRhoAの活性を操作する実験系を持っていましたので、DFAT、既存の脂肪細胞前駆細胞株(3T3L1)、分化能を持たない線維芽細胞株の3種に対してRhoAシグナルを遮断する薬剤を投与し、細胞の変化を観察しました。すると、DFATと3T3L1ではカクテルを加えなくてもPPARγが発現し始め、極めて短時間で脂肪への分化が誘導されることが分かりました。線維芽細胞についてもカクテル抜きでPPARγを発現させることができ、脂肪細胞分化への一歩を踏み出しましたが、細胞内に油滴がたまるところまではいきませんでした。普通の細胞が脂肪細胞への分化を完了するには、さらなる未知の段階が必要なのだと思います。

今回、①脂肪分化を誘導するためにはアクチンは完全なモノマーまで分解される必要があり、ダイマーでは機能しないこと、②モノマーのアクチンは細胞質でMKL1という転写調節因子と結合することで、核内でPPARγの発現抑制が解除されて脂肪分化に進むこと、③モノマーになったアクチンは細胞の縁に再配置され線維を形成し、中に脂肪をため込み始めること、などもあわせて確認しました。

–– 一連の結果から得られた成果と課題は?

佐谷: 最大の成果は、RhoAシグナルの阻害剤やアクチンの脱重合を促進する薬剤を用いることで、未分化な細胞を脂肪細胞に分化させることができたことです。この概念を利用すれば、がん幹細胞を別の細胞へと分化誘導することで、がんを根本から治療できるかもしれません。今後は動物モデルによる非臨床の試験が多く必要ですが、段階を踏んで進めていきたいと考えています。

一方で、アクチンが完全にモノマーになった後の分化の完了・維持のメカニズムについてはまだ未解明ですので、引き続き脂肪細胞をモデルに解析を進める予定です。最終分化メカニズムまで分かれば、発生や分化の基盤解明が進むことにもなり、再生医療などへの応用も可能になると期待できます。

–– ありがとうございました。

聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

佐谷 秀行(さや・ひでゆき)

慶應義塾大学医学部 教授(先端医科学)。1981年、神戸大学医学部卒業。脳神経外科研修医。1987年、神戸大学大学院医学研究科修了(医学博士)。1987年、米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校 研究員( 脳腫瘍研究センター)。1988年、米国テキサス大学M.D.–アンダーソンがんセンター AssistantProfessor。1994年、熊本大学医学部 教授(腫瘍医学)を経て、2007年より現職。

佐谷 秀行氏

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140618

参考文献

  1. Shimizu, T., et al. Oncogene 29(42): 5687-5699(2010).
  2. Nobusue, H., et al. Nat. Commun 5: 3368(2014).
  3. McBeath, R., et al. Dev. Cell 6(4), 483-495(2004).
  4. Engler,A.J., et al. Cell 126(8), 677-689(2006).
  5. Nobusue, H., et al. Cell Tissue Res. 332(3), 435-446 (2008).
  6. Sugihara H., et al. Differentiation 31(1): 42-49 (1986).