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肝臓修復のカギは血管からのシグナル

肝臓は優れた再生能力を持つ組織である。この再生能は、さまざまな因子が織り成す「シンフォニー」によって調整されており、肝臓の代謝やタンパク質合成が正確かつ最適なタイミングで回復できるのは、これらの因子の綿密な協調のおかげである。

肝臓再生機構の研究で、肝臓損傷のモデルとして最も一般的に用いられるのは、肝臓の部分的な外科的切除(部分肝切除)である。この方法では通常、組織損傷に伴う炎症や壊死を来すことなしに肝臓の再生過程を研究することができる。一般に、脊椎動物の肝臓は部分肝切除から5~7日間で再生することから、この時間枠は、個体が生存のために肝機能を取り戻さなければならない期限であると考えられる。

では、肝臓は一体どのようにして損傷を感知し、どのような仕組みで再生増殖を開始・終結しているのだろうか? その機構はまだ完全には解明されていないが、肝臓再生における血管の役割は40年前に示唆されている1。今回、この血管の役割の詳細が、ドイツがん研究センター(ハイデルベルク)のJunhao Huらによって明らかにされた。彼らは、血管の最も内側に存在する内皮細胞が産生する「アンジオクライン因子」と呼ばれるシグナル伝達分子が、肝臓再生過程の時間的制御に関与する仕組みを解明し、Science 2014年1月24日号に発表した2

部分肝切除の後に起こる肝臓再生の時系列はよく知られており、2つの段階に分けられる。最初の段階は、誘導期と呼ばれる肝細胞(肝臓を構成する主な細胞)が増殖してその数を増やす時期で、肝切除後1~3日目である。次の段階は、血管新生期(既存の血管から新しい血管の分岐が生じる過程)と呼ばれる肝細胞以外の全細胞種が増殖する時期で、肝切除後4~7日目であり、この過程が終わると肝臓の質量が元に戻る。

図1:アンジオポエチン2の動的調節
肝臓損傷後の再生過程では、血管の内壁を覆う肝類洞内皮細胞(LSEC)に発現するタンパク質アンジオポエチン2(Ang2)の発現量の時間的調節が、次の2つの段階にそれぞれ寄与している。損傷後1~3日目の誘導期では、Ang2の発現は低下し、これがトランスフォーミング増殖因子β(TGF-β)の発現低下およびサイクリンD1の発現上昇を引き起こして、その相乗的な効果により肝細胞(肝臓を構成する主な細胞)の増殖が促進される。そして、これに続く損傷後4~7日目の血管新生期では、Ang2の発現が上昇し、これにより血管内皮増殖因子受容体2(VEGFR2)およびWnt2の発現が上昇することで、LSECの増殖が促進される。

Huらは今回、マウスの肝類洞内皮細胞(LSEC)のトランスクリプトーム(全転写産物)について研究を行い、部分肝切除後の再生過程では、LSEC内の血管新生を促進するタンパク質アンジオポエチン2(Ang2)の発現が動的に調節されることを発見した(図1)。誘導期にはAng2の発現が低下し、これがトランスフォーミング増殖因子β(TGF-β)として知られる増殖阻害タンパク質の発現を低下させるとともに、サイクリンD1というタンパク質の発現を上昇させ、結果的に肝細胞の増殖が促進される。一方、これに続く血管新生期ではAng2の発現は回復し、血管内皮増殖因子受容体2(VEGFR2)およびWnt2タンパク質の発現に依存的な過程で、LSECの増殖が促進される。

著者らはまた、肝毒素である四塩化炭素への曝露後に肝臓が受ける慢性化学損傷への応答においても、Ang2が重要な役割を担っていることを示している。つまり、LSECは、最初は「利他的に」働いて肝細胞の再生を促進し、その後に自身の増殖を高めると考えられる。興味深いことに、急性肝不全患者のAng2レベルを測定した研究報告3では、Ang2の値が高いほど臨床転帰が悪くなることが明らかになっており、Ang2シグナル伝達やAng2を産生する血管が、急性肝不全の臨床および治療に関連していることも実証されている。

以前、肝臓修復におけるLSECおよびVEGFR2の重要性を実証した別のグループによる研究4では、VEGFR2は血管新生期ではなく、最初の誘導期に関わると報告された。Id1やWnt2、肝細胞増殖因子(HGF)などのタンパク質の発現を仲介することで、肝細胞の増殖を誘導しているというのだ。その後、その研究グループは、急性損傷後の最適な肝臓修復と慢性的な損傷後の瘢痕化の間のバランスを制御しているのが、アンジオクラインシグナル伝達であることも示した5。このバランス制御には、LSECにおける受容体タンパク質CXCR7の発現が関与しており、急性損傷後には、CXCR7の発現が上昇して増殖促進性Id2-Wnt2/HGF応答が引き起こされるのに対し、慢性的な損傷後には、CXCR7の発現は抑制されて修復異常や瘢痕化が引き起こされる。

このように、肝臓再生の誘導期および血管新生期には、さまざまな因子が複雑に絡み合って調節を行っている。こうした複雑な相互作用をひもとくには、Ang2やVEGFR2の細胞特異的不活化を用いて、さらに研究を進めることが有用かもしれない。しかし、今回のHuらの知見は明らかに、Ang2の発現が、部分肝切除後の再生過程で肝細胞とLSECの増殖を全般的に調整していることを示している。Ang2のこの血管新生作用は、Ang2がストレスから血管を保護する役割を担うとする別の報告6とも一致する。

血管内皮で産生されるアンジオクライン因子で、同じく肝臓の再生に寄与することが明らかになっているものには、プロスタグランジンE27やエポキシエイコサトリエン酸8、一酸化窒素9などがある。また、内皮細胞およびそのシグナルが再生に関わっていることは、肺8,10や造血幹細胞11、腎臓8でも確認されている。

肝臓は損傷に対して迅速に応答するが、こうした応答が肝臓の内皮細胞によって開始・調整されていると考えるのは妥当だろうか? 答えはYESだ。部分肝切除後、残存する肝組織には損傷がなく、この部分は毒素にさらされてもいなければ、死にかけの肝細胞にも接していない。これに対して血管では、部分肝切除に伴い構造が変わり、血流が急激に変化するため、可溶性シグナル伝達因子への曝露にも変化が生じている可能性がある。肝臓に入る全血流は、それまでよりはるかに小さくなった肝細胞塊を循環することになるため、物理的な血流パラメーターや可溶性因子の濃度も変化すると考えられる。こうした変化が、損傷後の最初のシグナルとなり、LSECで迅速に感知されるのだろう1。同様に、毒素による肝損傷では細胞の膨張や細胞死が起こり、こうした事象が血流動態を変化させる。従って、内皮細胞は、肝臓の完全性や大きさ、代謝能の変化を感知して、それらに迅速に応答する能力に非常に長けているといえる。

以上から、内皮細胞が、胆管上皮細胞や肝星細胞のような他の肝臓細胞種の増殖促進から、肝臓の修復が完了した際の増殖停止に至るまで、直接的な役割を果たしている可能性も想像できる。では、内皮細胞が産生するAng2たった1種類で、肝臓再生の全過程が調節されているのだろうか? 答えはおそらくNOだろう。肝臓損傷後の最適な再生はその個体の生存に不可欠であり、肝臓内では迅速かつ効率的な機能回復のために、多数の因子やシグナルが協調かつ重複して機能していることが知られているからだ。とはいえ、今回のHuらの研究からは、肝臓の血管構造を形作る細胞から生じる複数のシグナルを介した動的な調節によって、肝臓修復の全時系列が支配されていることが実証された。この結果がもたらす教訓とは何だろう? それは、最も重症な患者において肝臓の再生を促進するためには、再生機構の急激な活性化、つまりアクセルを踏むのと同時に、それを停止させているブレーキを解除する必要があるということだ。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140527

原文

Take the brakes off for liver repair
  • Nature (2014-02-20) | DOI: 10.1038/506299a
  • Andrew G. Cox & Wolfram Goessling
  • Andrew G. CoxとWolfram Goesslingは、ブリガム・アンド・ウィメンズ病院(米国マサチューセッツ州ボストン)に所属。

参考文献

  1. Fisher, B., Szuch, P., Levine, M. & Fisher, E. R. Science 171, 575–577 (1971).
  2. Hu, J. et al. Science 343, 416–419 (2014).
  3. Hadem, J. et al. Crit. Care Med. 40, 1499–1505 (2012).
  4. Ding, B.-S. et al. Nature 468, 310–315 (2010).
  5. Ding, B.-S. et al. Nature 505, 97–102 (2014).
  6. Daly, C. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 103, 15491–15496 (2006).
  7. North, T. E. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 107, 17315–17320 (2010).
  8. Panigrahy, D. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 110, 13528–13533 (2013).
  9. Cox, A. G. et al. Cell Rep. 6, 56–69 (2014).
  10. 10. Ding, B.-S. et al. Cell 147, 539–553 (2011).
  11. 11. Kobayashi, H. et al. Nature Cell Biol. 12, 1046–1056 (2010).