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大学内での凶悪犯罪を未然に防げ!

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Kayla Bourqueは、ネット上の画像で見るかぎり、どこにでもいる大学生である。自分撮り写真に写る彼女は、海辺での休日を楽しんだり、髪を奇抜な色に染めてにやりと笑ってみせたりしている。サイモン・フレイザー大学(カナダ・ブリティッシュコロンビア州)で犯罪学を学んでいた彼女は、2012年、同級生に思いもよらない告白をした。「自分にはホームレスを殺害するという夢があり、それをうまくやってのけるために犯罪学の勉強をしている」と打ち明けたのだ。彼女はさらに、家で飼っていたペットや近所の猫を惨殺したときのことも語った。

話を聞いた同級生は、Bourqueの話を大学のティーチングアシスタントに報告した。それを受けた学部長は、大学の警備部門に通報した。この出来事をきっかけに、サイモン・フレイザー大学では「脅威評価」と呼ばれる正式な手続きが定められた。大学はそれに則り、大学の警備部門と事務職員、それに学外のコンサルタントを加えたチームを組織し、Bourqueの最近の言動に関する証拠を集め、脅威の評価を行った。

この事例についてチームに助言をしたサイモン・フレイザー大学の司法心理学者Stephen Hartによると、チームはBourqueに関する告発を真剣に受け止めたという。「あのような打ち明け話は、助けを求める叫びであることが多いからです」と彼は言う。けれども、いくつかの場面で見られたBourqueの行動は、彼女が他の学生に危害を加える恐れがあることを示していたため、大学のメンタルヘルスサービスを利用するように指導するだけでは不十分だと考えられた。チームは地元の警察に通報し、Bourque本人にも、徹底的な心理評価を受けるまでは復学を許可できないと通告した。

その後、Bourqueが住んでいた寮の部屋で荷物を片付けていた大学職員は、包丁、カミソリの刃、ゴム手袋、注射器、人を拘束するのに用いる結束バンドが入ったバッグを発見した。これらは、後に裁判所の文書で「殺害用具一式」と説明されたものだ。「彼女の異常な言動が『助けを求める叫び』ではなかったことが分かったのです」とHartは言う。この発見を受けて、警察は家宅捜索令状をとった。家宅捜索の結果、彼女のコンピューターからは、暴力的なポルノや胸が悪くなるような画像、そして腹を裂かれた飼い犬のモリーの横に全裸で立つ彼女の自分撮り写真などが見つかった。

Bourqueは2012年に、モリーと彼女の飼い猫スノーフレイクの殺害、そして武器所持の罪により、9カ月間拘留された。彼女はその後、監督者なしでインターネットを使用しない、人と交流するときには必ず自分の犯罪について知らせる、ペットを飼わない、サイモン・フレイザー大学に近づかないなど、数多くの条件付きで仮釈放された。この件はぞっとする事例であったが、脅威評価という成長途上の学問分野にとっては大きな勝利となった、とHartは考えている。

大学内での暴力事件は極めてまれではあるが、その件数は増加している(「危険な傾向」を参照)。ここ数年を見ても、大学を舞台とする事件がいくつか大きく報道され、その中には科学者が起こした事件もあった。2010年には、アラバマ大学ハンツビル校(米国)の生物学教授Amy Bishopが、終身在職権を拒否された後、3人の同僚を射殺した(Nature 2010年5月13日号、150~155ページ参照)。さらに2012年には、コロラド大学(米国デンバー)の博士課程で神経科学を学んでいた大学院生James Holmesが、大学院を中退した1カ月後に、同州オーロラの映画館で銃を乱射して12人を殺害し、58人を負傷させた。

多くの場合において、そうした事件を起こす前の犯人には、脅迫行為が激しくなったり、常軌を逸した行動が見られたりした。Bishopの場合は、行動に脅威を感じた同大学の学部長と学長が事件の数カ月前に警察に警護を要請しており、Holmesの場合は、彼自身が大学の精神科医に「人を殺したい」と打ち明けていた。どちらの事件も不法死亡訴訟(不法行為による死亡について、遺族が加害者に損害賠償を請求する訴訟)が起こされており、現在、係争中だ。しかし、こうした襲撃を防ぐことはできたのだろうか?

脅威評価の目標は、暴力行為を未然に防ぐことである。組織が脅威評価を行う際には、危険な状況を察知し、暴力行為が発生する前にそれを解決するための正式な手続きを定めなければならない。今日では、米国のどの大学にも脅威評価チームとその計画があり、バージニア州、コネチカット州、イリノイ州などでは設置が義務化されている。他の国々も米国に続いている。米国シークレットサービス(大統領やその他の要人の警護に当たる機関)での勤務経験を持ち、現在は脅威評価コンサルティング会社と提携している社会心理学者のMarisa Randazzoは、「これまで見てきた中では、脅威評価の導入に最も積極的に取り組んだのは高等教育機関でした」と言う。

脅威評価の有効性を立証するのは困難で、市民的自由を踏みにじる恐れもある。それでも多くの人は、非常事態への備えとして必要だと考えている。カリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)の司法心理学者Reid Meloyは、「大学も最も暴力的な社会の1つであり、我々はそこで生活しています。危険を軽減するためにできることはどんなことでも有益であり、こうした問題について考えることは大切なのです」と話す。

脅威評価の歴史

大学内での脅威評価に携わる人々に話を聴くと、必ず出てくるのがGene Deisingerの名前である。アイオワ州立大学(米国エイムズ)が脅威評価チームの設置を決めたとき、Deisingerは同大学のカウンセリングセンターの臨床部長であった。その決定には、地域の大学で起きたいくつかの事件が影響していた。1986年には、過去に同大学でコンピューターサイエンスを学んだ元学生が、当時の指導教官の1人の家に放火して、教授の2人の子どもを死亡させた。1991年には、アイオワ大学(米国アイオワシティー)の若手物理学者が5人を殺害して自殺する事件が起きた。報道によれば、論文賞を逃したことが犯行の引き金になったという。当時アイオワ州立大学の警備部門長だったLoras Jaegerは、こうした事件に対処するために脅威管理チームを設置することを決め、Deisingerにその創設を手伝ってほしいと頼んだ。「それがどのようなものか分からなかったので、まずは研究を始めました」とDeisinger。

脅威評価法の開発において長い歴史を持っているのは、米国シークレットサービスである。だが、当時その内容は公表されていなかった。そこでDeisingerは、危険な行動、職場での暴力、危機に陥った学生への対応などの研究に目を向けた。彼はそこからキャンパスでの問題行動を特定し、介入を行うためのアプローチを考案し、1994年にはチームを始動させることができた。だがDeisingerの仕事がみるみるうちに増えたので、JaegerはDeisingerがこの職務に専念できるようにと大学の警備部門に専任職を設けた。さらにJaegerは、チームが発足して1カ月も経たないうちに、「今度は州の警察学校で訓練を受けてきてほしい」とDeisingerに言った。33歳の心理学者にとって、警察官になることは、キャリアのその段階でやりたい仕事ではなかった。けれども今は、その仕事を引き受けてよかったと考えている。「警察バッジと銃を持つ心理学者は、あらゆる場所に入り込めますからね」と彼は言う。

キャンパスの脅威評価チームはさまざまな分野の専門家で構成されていて、警察官、心理学者、大学の管理事務職員、学生支援室や人事管理部門の代表者、弁護士などが含まれている。学生による脅迫など、疑わしい行動の通報があれば、チームはしばしばその行動をとった本人に直接問い合わせることから始める。同僚、アドバイザー、教師と話すこともある。

研究者たちは、心理学のレンズを通して過去の暴力事件を検討することによって、暴力行為の前兆となる行動や、その引き金となり得る環境要因を特定した。キャンパスで暴力行為を起こす人は、事件の前に、極端な行動をとったり、それまでとは違った行動を突然とるようになったりする。他人から遠ざかったり、他人を遠ざけたりすることもある。武器や暴力行為に対して不健康な関心を抱くこともある。環境要因としては、職場でのいじめ、解決できない対立、派閥や序列の存在などがある。そしてしばしば、事件の引き金となる出来事がある。それは、個人的ないさかいや、仕事と生活の両方に関わるプレッシャー(例えば、終身在職権や主要な交付金を獲得できないこと)などの問題が生じて、それにうまく対処できない状況が続くことである。

実際に発生した暴力事件で得られたデータからは、「暴力への道」があることが示唆される。まずは何らかの形の不満があり、誰かに危害を加えようという意思が芽生え、犯行の下調べ・計画・準備に至る。例えばBourqueは、心理学者に「将来の襲撃の対象を確認するためにバスで町に出ていた」と語っているし、「殺害用具一式」は、彼女が犯行の準備の段階まで来ていたことを示唆している。しかし、大学キャンパスでの暴力行為は非常にまれであるため、データから言えるのはそこまでだ。簡単に判別できるチェックリストなどはなく、単純な犯人像もない。

対象者への懸念が正当なものであり、「暴力への道」を歩んでいる可能性があると判断されれば、脅威評価チームは脅威の管理に着手する。多くの場合、チームは、対象者を支援者やメンタルヘルスサービスと接触させたり、その状況を作り出した環境要因を解決するために動いたりする。チームのメンバーが対象者を定期的に訪問して、「お茶をする」とDeisingerが呼ぶところの接触を持つこともある。これらの働きかけは対象者の監視のために行われるが、対象者が法律や大学の規則に違反しないかぎり、対象者がそれを受け入れるかどうかは任意であると考えられている。ほとんどの場合、チームと対象者との関係は友好的だ。「対象者とは、少なくとも正面玄関から室内に招き入れられる関係を築くようにしています。これにより、対象者の生活状況を見ることができます」とDeisingerは言う。「室内に入ったら、精神疾患が疑われる異常がないか、部屋の隅に武器が積み上げられていないか、身の回りのことはできているか、食料はあるか、衛生状態に問題はないか、つぶさに観察します」。

まるで非行少年指導員のような介入の仕方だが、Deisingerはそのことを否定しない。「対象者は、私が脅威評価を行っていることを知っていますから、ほとんどの場合、私たちは駆け引きなどしないのです」とDeisingerは説明する。それでも、対象者のオープンさに驚かされることがしばしばあると彼は言う。Hartによると、Bourqueは自分の評価を行った脅威評価チームに何でも打ち明け、「殺害用具一式」の発見につながった寮の部屋の荷物の片付けについても、許可を与えたのは彼女自身であったという。

脅威評価対象となるのは、誰かに危害を加える意思を表示した人物のみである。幸い、このような事前の意思表示はよく見られる。1990年代には、米国シークレットサービスが、要人や有名人を実際に襲撃した、または未遂に終わったがもう少しで襲撃するところだった83人について調査を行った。その結果、襲撃の前から危害を加えようと狙っていた人間に直接意思表示していた者はほとんどいなかったが、63%が何らかの方法で意思表示を行っていたことが明らかになった1。「このタイプの事件を起こす人は、自分の計画について事前に誰かに打ち明けることが多いのです。ソーシャル・メディアは、多くの事例で、そうした意思表示の場になっています」とRandazzoは説明する。

暴力事件の内訳

2005年11月、バージニア州立理工科大学(米国ブラックスバーグ)の警備部門は、韓国生まれの学生Seung-Hui Choが女子学生にストーカー行為をしているという告発を受けた。Choのルームメイトからは、彼が自殺をほのめかしたことがあるという証言も得られた。3回にわたって脅威評価を受けたChoは、自殺をほのめかしたのは冗談であると言った。だが、短期間の入院措置となった。

Choはその後、2007年2月と3月に2丁の銃を購入し、同年4月に同大学のキャンパスで銃を乱射し、32人を殺害した。大学内で起きた銃乱射事件としては史上最悪のものであった。

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この事件をきっかけに、米国シークレットサービス、FBI、米国教育省が、キャンパスでの暴力事件に関する全国調査に乗り出した。調査では、1900年から2008年にかけて米国内で発生した272件の暴力事件に関する情報が集められた。その結果、こうした事件はまれであるが、頻度は増加していることが分かった2。例えば、報告書に列挙された事件は1970〜1979年の期間には25件しか起きていないが、2000〜2008年の期間には83件も起きている(「危険な傾向」参照)。確かに、学生数が増加したことが暴力事件増加の背景にあり、また、昔よりも今のほうが事件を報告しやすくなっていることもある。しかし、この報告書の追跡調査を行っているFBIの行動科学者Andre Simonsは、そうした変化だけではこの増加を完全には説明できないかもしれないと指摘する。

この調査は、大学での暴力事件のさまざまな性質も明らかにした。加害者の60%が、犯行の舞台となった大学の学生か元学生であり、11%が同大学の職員であった。しかし、残りの29%は大学の正式なメンバーではなかった。

加害者が犯行前に明確な脅迫をしていたかどうかを見極めるのは困難だ。30%近い加害者は、被害者に対するストーカー行為、いやがらせ、口頭または文書での脅し、物理的な攻撃などの脅迫行為をしていた。また、20%の加害者が、友人、家族、職場の同僚、警察官に対して、何らかの問題行動を示していた。しかし、そのような行動の意味は曖昧で、いかようにも解釈可能であり、全てが報告されているわけではない。

Choの事例では、常軌を逸した行動の徴候はあったが、彼を徹底的に追跡するような措置は講じられなかった、とDeisingerは言う。銃撃事件後、バージニア州立理工科大学は脅威評価チームを設置した。Deisingerはその創設に協力し、後に同大学の警備部門長に就任した。バージニア州立理工科大学での銃撃事件をきっかけに、同様の脅威評価チームを設置する大学が増えたとMeloyは言うが、その数は不明である。2012年からの自己報告調査によって、米国の大学とコミュニティーカレッジの92%に何らかのチームが設置されていることが分かっているが3、この数字には、警察との直接的な協力関係のない、別のタイプの行動介入チームも含まれている。この傾向は、米国内に限定されたものではない。心理学・脅威管理研究所(ドイツ・ダルムシュタット)の心理学者で、MeloyとともにInternational Handbook of Threat Assessment(Oxford Univ. Press,2014)の共同編集者となったJens Hoffmannによると、オーストラリアの大学が脅威評価の手順と手法に関心を強めているし、ドイツ語圏でも、10ほどの大学が脅威評価チームを設置したり、導入計画を持っていたりするようである。

本当に有効なのか?

脅威を管理するためのこうした体制や方策は、暴力事件の全てを防げるわけではない。バージニア州立理工科大学では脅威評価チームが設置されていたにもかかわらず、2009年、同大学で農業経済学を専攻する大学院生が、交際を拒否した女性の首を切断する事件が発生した。当時、Deisingerはまだ着任していなかった。また、コロラド大学の場合も、Holmesが同大学の精神科医に人殺しをしたいと打ち明けたときにはすでに脅威評価チームが設置されていたのだが、Holmesがその後すぐに大学を去ってしまったため、追跡することができなかった。

サインの見落としは必ずあるとDeisingerは言う。そして、脅威評価は市民の通報に頼る部分が大きいため、市民がよく警戒していなければ、脅威評価で十分な成果を挙げることはできない。けれども近年、銃乱射事件がマスコミで大きく取り上げられるようになったことで市民の警戒心が高まり、「不審な行動をする人を見かけた市民が、迷わず通報するようになっています」とRandazzoは話す。多くの人が、2001年9月11日の米国同時多発テロ以降ニューヨークで展開されている「See something, say something(怪しいものを見たら通報しよう)」キャンペーンの影響が大きいと考えている。とはいえ、脅威評価チームの存在が市民に知られていなければ、情報は入ってこない。そこでDeisingerらは、ウェブサイトやちらしを作って周知を徹底したり、不適切な行動に対処するための訓練セッションを開催したりしている。

一方、米国の大学における市民的自由の擁護団体Foundation for Individual Rights in Education(米国ペンシルベニア州フィラデルフィア)の法律・政策担当理事のJoe Cohnは、警戒が強化されることで犠牲にされるものがあると指摘する。「大学が、安全の名の下に言論の自由を後退させる行動に出るのは、珍しいことではありません」。彼は最近の例として、駐車場の建設に異議を申し立てた学生が退学処分になった事例と、オフィスの外に攻撃的なメッセージを掲げるポスターを貼った教授が脅威評価チームに通報された事例を挙げた。彼は、大学が人権を侵害することがないように、市民的自由を擁護する立場の人々も脅威評価チームに含めるように主張している。

それに、脅威評価チームの設置によってキャンパスがより安全になったことを立証するのも難しい。成功例を報告するための標準的な方法が確立されていない上、プライバシーの問題もあるためデータの共有も困難だ。Deisingerによると、彼らのチームは現在、これまでに扱ってきた事例を追跡して、自分たちの介入により、対象者とその周囲の人々が置かれている状況が改善したかどうかを調べようとしているという。「ほとんどの場合、対象者の常軌を逸した行動を、よくある不適切な行動にまで軽減することはできています」とDeisinger。もちろんそれは理想的な解決ではないが、「ある程度の目標には達している」と彼は言う。

脅威評価に従事する人々は、介入の有効性について基準を定め、データを収集しようとしている。FBIでは、大学キャンパスでの暴力事件に関する研究の第2段階として、1985年から2010年までの事件を検討する予定であり、脅威評価の有効性についても新しいデータが得られるかもしれない。

脅威評価の有効性については、Deisinger自身も深刻に捉えている。しかし、彼が最も心配しているのは、誰かがどこかで、誰にも予期できないような犯罪を計画していることであるという。「私たちが扱っている事例に関して、私はよく、『夜は眠れるのですか?』と尋ねられます。私を眠れなくするのは、自分が知らない事例です」と言う彼は、自分たちのチームが特定した人々については、あまり心配していない。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140412

原文

Caught on campus
  • Nature (2014-01-09) | DOI: 10.1038/505150a
  • Brendan Maher
  • Brendan Maher は、ニューヨーク在住の Nature 特集記事担当編集者

参考文献

  1. Fein, R. A. & Vossekuil, B. J. Forens. Sci. 44, 321–333 (1999).
  2. Drysdale, D. A., Modzeleski, W. & Simons, A. B. Campus Attacks: Targeted Violence Affecting Institutions of Higher Education. http://go.nature.com/cbxfhy (2010)より入手可能。
  3. Van Brunt, B., Sokolow, B., Lewis, W. & Schuster, S. NaBITA Team Survey. www.nabita.org (2012)より入手可能。