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月最大の平原はクレーターではなかった

月の地球側にある、裸眼で見える暗い平原「嵐の大洋」の周囲には、重力異常をもたらす隠れた構造が地表下に存在する(赤色)。この重力異常から、大昔にできた谷の存在が明らかになったが、谷の描く線はクレーターの縁のように丸くない。

Kopernik Observatory/NASA/Colorado School of Mines/MIT/JPL/Goddard Space Flight Center

月の地球側(表側)には、「嵐の大洋」と呼ばれる広大な平原がある(日本では餅をつくウサギに例えられる暗い部分の一部)。凝固した溶岩でできていて、その直径は約3200kmに及ぶ。嵐の大洋はこれまで、数十億年前に月に小惑星が衝突したためにできた「巨大なクレーター」と考えられていたが、今回、新たな説が浮上した。

今回、月の重力分布の測定結果から地表下の地殻の様子が明らかになり、嵐の大洋の縁は直線状で、それがところどころで交わり、全体では長方形のようになっていることが分かった。小惑星の衝突によるクレーターなら、もっと丸い縁ができるはずで、このような形の領域の成因を小惑星衝突と考えることは難しい。真の成因は、月の地殻内部で起こった地質学的活動である可能性が考えられる。

今回の研究結果は、2012年末に計画が終了した米航空宇宙局(NASA)の 月探査機「GRAIL」(Gravity Recovery and Interior Laboratory)の観測データをもとに、GRAILの科学者チームの一員であるコロラド鉱山大学(米国コロラド州ゴールデン)の惑星科学者Jeffrey Andrews-Hannaらが明らかにした。この結果は、Nature 2014年10月2日号に報告された1

GRAILの2機の月探査機は、上空から月の重力場を測定し、地殻の密度と形状の変化を調べた。GRAILによって測定された重力場の分布図から、嵐の大洋の平原の玄武岩でできた地表下に、重力異常をもたらす構造が埋まっているのが見つかった。Andrews-Hannaらは、この重力異常が月の地殻が引き伸ばされて薄くなった「谷」によるもので、この谷が嵐の大洋の縁だと結論した。こうした谷は地溝(裂谷)と呼ばれ、地球ではプレートが互いに離れていくときに生じる。今回見つかった月の地溝は、その後溶岩流で満たされ、現在の姿に至った。

「この発見は予想外でした。大規模な地溝は、地球、金星、火星にはありますが、月では見つかっていませんでした」とAndrews-Hannaは話す。

嵐の大洋は、高度が低く、ウラン、トリウム、カリウムなどの元素を平均以上に含むなど組成が独特であり、表面地形の一部がクレーターの縁の名残のように見えることから、これまで科学者たちはこの平原を「衝突盆地」と考えてきた。それに対し、Andrews-Hannaらは今回、嵐の大洋の縁の新たな成因を提案している。この地域は放射性元素の濃度が高く、放射性元素の崩壊熱によって周囲よりも温度が高かったが、崩壊熱の減少により冷える速度も速かった、と彼らは考えている(nature news 2013年11月7日オンライン版「月の裏側がクレーターに覆われている理由が重力地図から判明〈Gravity maps reveal why the dark side of the Moon is covered in craters〉」を参照)。そして、この地域が冷えて収縮するとき、その端にある地殻は引き伸ばされ、長方形を描く谷ができたという。「このプロセスは、泥の水たまりが乾くときに周囲にできる割れ目に似ています」とAndrews-Hannaは説明する。

彼はまた、「このパターンは、土星の衛星エンケラドスにあるパターンととてもよく似ています。地球の衛星と土星の衛星では多くの相違点がありますが、同様の物理過程が起こったのかもしれません」と話す。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2014.141203

原文

Moon’s largest plain is not an impact crater
  • Nature (2014-10-01) | DOI: 10.1038/nature.2014.16041
  • Elizabeth Gibny

参考文献

  1. Andrews-Hanna, J. C. et al. Nature 514, 68–71 (2014).