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血液から病原体を除去できる人工脾臓

「バイオ脾臓」は、タンパク質(MBL)でコーティングしたナノビーズと磁石を使って血液を浄化する。

Harvard's Wyss Institute

体の中から病原体を除去するハイテク装置が開発された。しかも、正体の分からない病原体による感染にも使えるという。脾臓にヒントを得て作られたこの装置は、大腸菌からエボラウイルスまで、あらゆる病原体を血液から数時間のうちに排除できる。この成果はNature Medicine 2014年10月号1に発表された。

血液の感染は治療が非常に難しい場合があり、敗血症(しばしば命に関わる免疫反応)を引き起こすこともある。敗血症では、50%以上の確率で原因となった病原体を特定できないため、医師たちは広範囲な細菌を攻撃する抗生物質に頼るしかすべがない2。しかし、このやり方がいつも有効とはかぎらない上、抗生物質耐性菌の発生につながりかねない。

ハーバード大学ワイス応用生物学エンジニアリング研究所(米国マサチューセッツ州ボストン)の生物工学研究者Donald Ingberが率いる研究チームは、あらゆる病原体を排除する方法を求めて、血液をろ過する人工脾臓装置「バイオ脾臓(biospleen)」を開発した。この装置は改良型のマンノース結合レクチン(MBL)を使用する。MBLはヒトの体内にも存在するタンパク質で、90種以上の異なる細菌、ウイルス、真菌の表面に存在する糖分子、さらに、死んだ細菌から放出される毒素にも結合する。こうした毒素は、敗血症において免疫の過剰反応の引き金となる。

Ingberらは磁気ナノビーズをMBLでコーティングした。血液がバイオ脾臓に入って、MBLでコーティングされたナノビーズのそばを通ると、血液中のほとんどの病原体はビーズに結合する。そして、バイオ脾臓の上部に置かれた磁石によって、病原体はビーズもろとも血液から排除される。こうしてきれいになった血液を体内に戻すのだ。

脾臓のようにろ過

この装置を試験するために、Ingberらはラットを大腸菌または黄色ブドウ球菌のどちらかに感染させ、一部のラットの血液をバイオ脾臓でろ過した。感染させてから5時間後、血液をろ過したラットの89%は生存していたが、ろ過処置を受けなかったラットで生き残ったのはわずか14%であった。装置によってラットの血液から細菌の90%以上が取り除かれていることが判明し、また、血液をろ過したラットは、ろ過処置を受けていないラットよりも肺などの器官の炎症が軽度であったことから、敗血症が起こる可能性が低いことが示唆された。

Ingberらは次に、平均的な成人の血液量(約5l)をバイオ脾臓でろ過できるかどうかを試した。細菌と真菌が混ざったヒトの血液を毎時1lの速度でバイオ脾臓に通したところ、5時間以内に病原体の大部分を取り除くことに成功した。

この効率ならば感染を抑制するのにおそらく十分だろう、とIngberは述べる。バイオ脾臓で血液からほとんどの病原体を除去してしまえば、後は、器官内にとどまっているものなどわずかな病原体は抗生物質と免疫系によって撃退できる、と彼は言う。

また、バイオ脾臓は、HIVやエボラなどのウイルス性の疾患の治療にも役立つ可能性があるとIngberは言う。このような疾患では、患者の生存は、血液中のウイルス量を無視できるほど低いレベルに下げられるかどうかにかかっている。Ingberらは現在、ブタを使ってバイオ脾臓を試験している。

ロンドン大学ユニバーシティカレッジ(英国)の感染と免疫の専門家Nigel Kleinは、バイオ脾臓は診断にも役立つだろうと語る。この装置を使って血液から病原体を集め、それを培養して種類を特定して、治療に最適な薬剤を決定するのだ。輸血とろ過はすでに一般的な医療行為なので、バイオ脾臓は2、3年以内に人間の患者を対象とした臨床試験に進むことができるだろうとKleinは予想している。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2014.141105

原文

Artificial spleen cleans up blood
  • Nature (2014-09-14) | DOI: 10.1038/nature.2014.15917
  • Sara Reardon

参考文献

  1. Kang, J. H. et al. Nature Med. 20, 1211-1216 (2014).
  2. Jones, A. E., Heffner, A. C., Horton, J. M. & Marchick, M. R. Clin. Infect. Dis. 50, 814-820 (2010).