Editorial

ネオニコチノイド系農薬は、もはや無視できない

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よくある質問の1つに「スズメバチを食べる生き物なんているのでしょうか」というのがあり、そこから一連のベストセラー本が生まれている(訳註:科学雑誌ニュー・サイエンティストのQ&Aコラム本の1つに「Does anything eat wasps?」がある)。ただ、その答えは思ったほどおもしろくない。「たくさんいますよ。まず、もっと大きなスズメバチです。それに、ハチクイという鳥もいます。その他、数百種類の鳥類がスズメバチを食べます」。これなら「スズメバチを食べない生き物なんているのでしょうか」という質問にすべきかもしれない。

このように多数の鳥類がハチやその他の昆虫を食べている。そのため、「昆虫が減れば、それを餌とする鳥類の数も減るのか」という質問が出ても不思議ではない。しかし、これは実は難問で、簡単には答えられない。

Nature 2014年7月17日号341~343ページに、一部のハチの個体数減少との結び付きが長い間取り沙汰されている一般的な農業用殺虫剤が鳥類にも悪影響を及ぼす、という刺激的な研究結果が報告された。しかし、問題が複雑であるため、この報告は論点の提起と捉えるべきものであり、最終的な答えと見なすべきではない。

この論文の著者であるCaspar A. Hallmannらの見解は、オランダの一部の農地において、鳥類個体群の個体数減少とネオニコチノイド系農業用殺虫剤の使用との間に相関が認められたことに基づいている。彼らの解析結果は、農業用殺虫剤の使用によって鳥類の餌となり得る昆虫の個体数が減少する可能性があり、ネオニコチノイドが野生生物に及ぼすリスクがこれまで考えられていた以上に大きいことを示唆している。また、Hallmannらは、鳥類の個体数に影響を及ぼす土地利用変化や農薬使用以前から見られた鳥類の個体数減少傾向による交絡作用は排除済みであると述べている。

ただ、相関関係は、因果関係と同義ではない。このことは、今後、Hallmannらの論文を取り上げる科学ブロガーが必ず指摘するであろう。今回報告された「鳥類の個体数減少の原因がネオニコチノイド系農業用殺虫剤であることを示す証拠」は、オランダ国内の鳥類の個体数減少率が最も高い地域ではイミダクロプリド(ネオニコチノイド系化合物の中で最も多用されている農業用殺虫剤)の水中濃度が最も高い、という状況証拠でしかないのだ。

昆虫は、多くの鳥類種にとって繁殖期間中の食餌の大部分を占め、幼鳥の養育に欠かせない。Hallmannらが調べた15種の鳥類のうち9種は昆虫だけを食べ、15種全部が幼鳥に昆虫を与えていた。この結果は、農業用殺虫剤の使用が鳥類の食料源を減らすことにつながり鳥類の個体数に悪影響を及ぼす、という学説を裏付けている。ただ、多くの鳥類がハチ類を食べるのは確かだが、Hallmannらの研究では、一定量のハチ類を日常的に食べる鳥類は確認されなかった。そのため、「農業用殺虫剤によって鳥類が死んでいるのなら、どのような過程でそうなるのか」という新たな疑問が浮かび上がった。

この疑問について、生態学者Dave Goulsonが前掲号のNatureのNews & Views(295~296ページ)で1つの仮説を示している。ネオニコチノイド系農業用殺虫剤は、使用後に汚染物質として土壌と水の中に残留するため、その一部が生垣の灌木などの作物以外の植物に取り込まれる可能性がある。そして、汚染された食料と水に取り囲まれた水生昆虫とバッタ目類、甲虫類、毛虫(チョウ・ガ類の幼虫)がハチ類と同じように死滅し、鳥類の餌が減る可能性があるというのだ。

ただし、全容は十分には解明されていないため、Goulsonが引き合いに出したレイチェル・カーソンの『沈黙の春』(生態系の破壊を警告した書物)のような状況だと断定するのは時期尚早と思われる。しかし、このような主張をしているのはGoulsonだけではない。2014年6月下旬、ネオニコチノイドの影響可能性に関して科学者(Goulsonを含む)による国際的な評価結果が公表された。その内容は、生物多様性と人類への食料供給に重大な影響が及ぶ可能性を警告するものであった(go.nature.com/gzhg94参照)。また欧州では、広く用いられている3種類のネオニコチノイド系農業用殺虫剤の顕花作物への使用を2年間禁止する措置がすでに実施されている。

「スズメバチを食べる生き物なんているのでしょうか」という質問に再び答えてみよう。スズメバチを食べる生き物は存在しており、そうした状況を確実に維持するための活動を強化しなければならない、というのが答えだろう。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2014.141030

原文

Be concerned
  • Nature (2014-07-10) | DOI: 10.1038/511126b