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臨床試験データ公開に立ちはだかる壁

医薬品企業、規制当局、それに研究グループは、臨床試験から収集された、慎重な取り扱いが必要なデータ群を公開する計画をめぐって膠着状態に陥っている。3者間の争いが頂点に達し緊迫するさなか、制限されたその情報が研究者にとってなぜそれほどの価値を持つのか、ある研究が詳細を明らかにしている。

2013年10月にPLoS Medicineに発表された臨床試験情報の分析結果(B. Wieseler et al. 10, e1001526)によれば、死亡率や重篤な副作用のように極めて重要な情報は、多くの公表データに含まれていないという。しかしそうした情報は、企業が作成する「治験総括報告書(CSR)」と呼ばれる業界では一般的な非公開の文書には記載されていることが多い。今回の研究で発見された欠落情報には、抗うつ薬試験のうつ症状の詳細もあれば、糖尿病薬試験の心臓発作や脳卒中の詳細も含まれている。この論文の筆頭著者であり医療サービス評価研究所(IQWiG;ドイツ・ケルン)で薬剤評価部門を率いるBeate Wieselerは、「公表されていない情報には大変重要な変数や転帰が記されています」と語る。

Wieselerは全てのCSRを公開させることを強く支持している。「それはオプションではなく強制です。そうした文書は問答無用で公開させるべきです」と言う。

評価に必要なCSR情報が共有されていないこの問題は、公開される臨床試験データを増やそうと最大限の努力を払ってきた欧州にとって、大きな障害となりつつある。医薬品企業は製品販売の承認を申請する際、欧州連合の機関である欧州医薬品庁(EMA)にCSRを提出しており、EMAは透明性向上への一助としてCSRを公開したい意向を表明している。現在は、その発効に向けて政策を詰めているところだ。透明性向上推進派は、この政策によって薬剤の功罪に関する監視の強化がもたらされ、疾患治癒を目指す研究者の助けになると主張する。

医薬品大手のロシュ社(スイス・バーゼル)やグラクソ・スミスクライン社(英国ロンドン)をはじめとする一部の企業はすでに、審査を通過した研究者にCSRを提供することを表明している。しかし業界は、さらに透明性向上を目指すEMAの動きに抵抗している。

欧州製薬団体連合会(EFPIA)理事長のRichard Bergströmは、Natureへの電子メールの中で、現段階ではCSRは公表に不向きだと述べている。CSRの多くに企業秘密や個人情報が含まれているからだ。EFPIAとしては、EMAが提案する仕組みではこうした情報の保護が十分にできないと考えており、情報の特定を不可能にした上で、真の研究目的に限って提供される仕組みにする必要があるというのだ。CSRを公表するには、そのような個人データは適切に編集しなければならないとBergströmは話す。

「EFPIAの会員企業はこの点をとても心配しています。EMAが我々の編集を受け入れるならば、我々としては何も問題ありません」とBergströmは話す。逆に、EMAがEFPIAの懸念を無視すれば、EMAに対する提訴が続く可能性がある、とBergströmは警告する。

というのも、EMAはすでに、バイオ技術企業2社から訴えられているのだ。アッヴィ社(米国イリノイ州ノースシカゴ)およびインターミューン社(米国カリフォルニア州ブリズベーン)は、EMAに対し、どんな研究者でも情報が請求できる現在の規則の下では、自社の情報を開示しないよう請求した。この訴訟は継続中であり、他の請求データの公開は厳しく制限されている。

しかし透明性向上推進派は、EMAの全データ公開を支持して活動中で、彼らはデータの匿名化は容易だと主張する。

今回の研究でWieselerらは、製薬企業から提供された101報のCSR情報を検討し、当該臨床試験に関して、発表論文や臨床試験レジストリーの報告書などのパブリックドメインにある入手可能な情報と比較した。

SOURCE: B. WIESELER ET AL. PLOS MEDICINE 10, E1001526; 2013

非公開の情報源であるCSRからは、評価対象の治療法について、死亡率や有害事象など重要な知見や転帰に関する情報が極めて多く得られた。そして研究チームは、当該臨床試験に関する患者関連の転帰情報を合計1080件発見した。CSRではその86%について完全な情報が得られたが、公開記録では39%にとどまった。有害な薬物反応などの「危害」に関係する転帰に限ると、CSRでは転帰の87%に関して完全な情報があったのに対して、公開記録ではわずか43%であることが分かった。極端な例では、CSRに対応する公開記録が全くない場合もあった。しかし、CSRと公開記録が共に存在する例に限ると、公開記録で欠落している情報の比率は同程度だった(「医薬品企業の情報保管庫の内側」参照)。

「この結果は意外ですか? そんなことはありません。隠された情報は本当に重要でしょうか? もちろんです」と語るのは、オックスフォード大学(英国)のEBM(根拠に基づく医療)センターの所長であり、臨床試験の透明性向上を目指して活動する組織「オールトライアルズ」の共同設立者であるCarl Heneghanだ。「論文の世界で書かれたことが真実の全体を表しているわけではないことが、明らかになりつつあるのです」。

先週終了した公的な会議の中で、EMAの提案は他の出席者から支持を集めた。英国医薬品庁はEMAの提案を歓迎し、「足並みをそろえたい」と表明している。

ウェルカムトラストや医学研究評議会など、英国の生物医学研究を資金面で支援する団体の統一的な反応は、やはりEMAの構想を支持している。しかし、患者個人のデータの提供については懸念を示し、臨床試験の結果に「不当な反論」を行わない信頼できる研究者に限ってデータが提供されるよう、さらにしっかりした対策を講ずるべきだと主張する。

EMAは、2014年頭にはこの政策を実施したいと考えている。個人データなどを含む文書は、匿名化処理後、審査を通った研究者にだけ提供されるが、そうした個人データを含まない文書であればウェブサイトからダウンロードできるようになる予定だ。つまり当面は、企業秘密を含む文書の公開は切り離して実施されることになる。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140114

原文

Secrets of trial data revealed
  • Nature (2013-10-09) | DOI: 10.1038/502154a
  • Daniel Cressey