Turning Point

電波天文学者にあこがれて

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2013.131211

井口 聖

数十個ものアンテナからなる巨大な電波望遠鏡「アルマ」が、南米チリの高原に建設された。その国際プロジェクトを率いてきた1人、井口聖氏。小さいときから抱いてきた「電波天文学者になりたい」という思いをどう実現してきたのだろうか。

井口 聖
国立天文台 電波研究部主任 東アジア・アルマプロジェクトマネージャ

国際プロジェクトのリーダーとして活躍されていますね

井口:学生時代、英語のテストは、ほぼゼロ点。英語は、私の「天敵」でした(笑)。そんな私ですが、今では国際会議に明け暮れる日々です。2001年に国立天文台のアルマ望遠鏡計画に携わり、助手であるにもかかわらず、2年目に日本のエンジニア部門のリーダーになり、その6年後に、東アジアを代表するプロジェクマネージャに選ばれました。

アルマ望遠鏡計画は、東アジア、北米、欧州の共同プロジェクトで、南米チリの標高5,000mの高原に巨大な電波望遠鏡を建設し、遠方の銀河から惑星の誕生の現場までを観測しようというものです。電波望遠鏡のアンテナは大きいほど有利なわけですが、複数のアンテナをつなぐと、大きなアンテナに相当する能力が得られます。その原理のもとに、アルマ望遠鏡が計画されたのです。

苦手な英語はいったいどのように克服されて?

最初は、英語での討論になかなか加われなくて。ある程度議論が終わった頃になって、「実は、こう思います」と発言するのがやっと。でも、後から話を蒸し返しても、私の意見は採用されない。3〜4年過ぎた頃、ようやく気がついたのです。大事なのは、発言のタイミングなんだと。

会議では、国益と国益がぶつかるときもあって、意見を主張することは極めて重要です。自分が日本あるいは東アジアの代表なのだと自覚したとき、「負けられない」と戦闘モードになり、下手な英語でもかまわずに、タイミングよく発言するようになりました。

結局、コミュニケーションで最も大切なのは、話す内容そのもの。そして、情熱と信念なのだなって思います。

その情熱と信念は、そもそもどこからきたのでしょうか?

小さい頃の思い込みって、案外大事ですよね。中学生のときにテレビ番組を見ていて、電波天文学に出会いました。「特別なアンテナを使うと、何十台もの望遠鏡が1つの大きな電波望遠鏡になる」という解説の言葉が頭から離れず、それについて知りたいと思い、電波天文学者になろうと決めたのです。これは、まさにアルマ望遠鏡の原理ですね。

大学は電気通信大学に入り、電子工学を専攻しましたが、大学4年からは、近所の国立天文台に通いました。大学の教授に、「天文学をやりたい」と伝え、知り合いの方を紹介してもらったのです。その後、電通大の受託院生という制度を利用し、天文台で博士課程まで研究しました。30歳までは好きなことに挑戦し、見込みがなかったら、やり直せばいいという思いでした。

電子工学と天文学は一見、遠い分野にも思えますが

そんなことはありません。電波望遠鏡は宇宙からの電波を捕らえるものですから。電気回路学や電磁気学といった基礎力が重要なのです。

博士課程後期のときに、遠くに離れたアンテナを光ファイバー網でつなぎ、大きな望遠鏡の実現をめざした研究開発を行いましたが、そうした基礎力が大変役立ちました。そのときは、学生の身でしたが、「設計をやらせてください」と手を上げたのです。「好きにやらせてください。自分で考える力を身に付けたいから」なんて、ナマイキなことを言ってましたね。

国立天文台に就職しアルマ計画に携わりましたね

大学院修了後は、公募に応募し、運よくアルマ計画に採用されました。

まずは、望遠鏡の設計が大きな課題。我々は、外気温が20℃から−20℃まで変化する環境の中で、アンテナの熱膨張・収縮をいかに抑えるか、構造や設置法を決めるといった難題に取り組みました。そうした際にも、やはり電気回路学や電磁気学などが役立ちました。それから、物理学や数学を物作りに応用する工学的な発想も極めて重要ですね。アンテナ製造にあたる企業の技術者ときちんと議論できるようになりますから。

2013年3月に、アルマ望遠鏡は開所式を迎え、今後は、その運用が課題となってきます。生命物質の探索など、天文学の枠を飛び越えて、さまざまな学問にも応用し、新しい科学の扉を開いていきたいと思っているところです。

聞き手は、藤川良子(サイエンスライター)。

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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