Editorial

素晴らしき有機エレクトロニクス

Credit: Someya-Sekitani Group, The University of Tokyo

基礎科学から実用技術へ、一直線に進むケースなどめったにない。また一般の人々は、有望な発見が商業的成功に結びつくには、忍耐と勤勉とお金だけが必要だと思っているようだが、それが正しかったこともほとんどない。むしろ、ありとあらゆる技術的、経済的、社会的推進力が、同時に存在していなければならないことが多い。したがって、占い師の予言は外れれば消えるだけだが、優れたアイデアや発想は、環境が好転すれば再び表舞台に登場することがある。

今、そうした復活が起こっているのが有機エレクトロニクスだ。この分野では、高分子やその他の有機分子が、情報処理の活性材料として用いられている。1960年代後半、日本の白川英樹は、絶縁プラスチックであるポリアセチレン膜に電気を通す方法を発見した。そして、物理学者Alan Heegerと化学者Alan MacDiarmidと共同で、1976年に白川らは、ハロゲンをドープすることでポリアセチレンの電気伝導性を高めることに成功した。そしてそこから「ポリマー電池」の開発を目指した。

この初期の研究は、一部の企業から大歓迎を受けたが、間もなく行き詰まった。高分子の安定性が低く、処理が難しく、その特性を制御し、確実に再現することも難しかったからだ。この状況が変化したのが1980年代後半だった。ケンブリッジ大学(英国)のRichard Friendたちが、ポリ(p-フェニレンビニレン)がドーピングなしで電気を通し、電気刺激によって発光することを発見し、高分子発光ダイオードへの道を開いたのだ。その結果、こうした有機導電性物質を使えば、単純な印刷・被覆技術によって軽量で伸縮自在なデバイスが作製できると考えられるようになった。

東京大学のMartin Kaltenbrunnerの研究グループによる薄い有機電子回路の作製は、この研究分野における最新の成果だ(Nature 2013年7月25日号458ページ参照)。この電子回路には、新旧の材料と技術が巧みに織り込まれている。基板は厚さ1µmの超軽量プラスチックで、有機低分子がトランジスター用半導体として作用し、他の有機分子とアルミナが絶縁層を構成し、電極は非常に薄いアルミでできている。このプラスチックフィルムは、事務用紙の27分の1の軽さで、紙のようにくしゃくしゃにしても、倍以上の長さに引き伸ばしても、きちんと機能を発揮する。また、感圧ゴム層を付加すると触覚センサーとなり、電子皮膚や医療用補充部品として利用できる。

最近、装着可能で伸縮自在な「ウエアラブル・デバイス」が大きく進歩している。これには特にイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(米国)のJohn Rogersのグループの貢献が大きい。このグループが作製したデバイスは、安全に生分解する材料によって作られており、ヒトの皮膚にプリントしたり、直接装着したりすることができる。このデバイスによってさまざまな「その場モニタリング」が可能になり、創傷の治療、組織の修復、脳や心臓の機能、薬物送達などが監視可能になる。ポイントは、医療的処置を、技術の進歩に対して遅れないように着実に前に進めていくことだ。

こうした応用例をみれば、有機エレクトロニクスが、シリコン素子では絶対に応用できない新たな領域で、活躍してくれるであろうことが分かる。

有機エレクトロニクス技術は、時代を変える力を持っており、その力は現時点ではグラフェンなどよりも大きい。最新の研究でも、目に見えないような形でさまざまな機能を埋め込んでいく試みが続いている。将来、衣類、札や硬貨、果ては肉体や血液までもが、情報の送受信や処理ができるようになるかもしれない。また、日常生活のあらゆるものが、計算機能やセンサー機能を持つかもしれない。

そんな時代のプラス面としては、24時間検診・診断などが考えられ、マイナス面としては、監視社会への恐怖などが考えられる。議論は大切であるが、我々はまた、技術というものが、常に予想を超えていく存在であることを経験から学んでいる。技術は人間の行動を形作り、同時に、人間の行動によって技術は形作られていく。良いか悪いか判断は難しいが、少なくとも我々が予想した通りにはならない可能性は非常に高いと いえる。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2013.131034

原文

Plastic fantastic
  • Nature (2013-07-25) | DOI: 10.1038/499379a