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胎児を拒絶しない免疫機構

ヒトをはじめとする有胎盤哺乳類の免疫系にとって、「妊娠」は難題だったに違いない。お腹の中の子は、母体にとって、父親の遺伝子を持つ「異物」だからだ。母体の免疫系は妊娠中、胎児が発現する父親由来の抗原に対して攻撃を抑制(寛容)しながら、病原体に対しては応答して母体と子を防御しなくてはならない。今回、Jared Roweたちによって、妊娠期間中、母体内では、胎児が発現する父親由来の抗原を特異的に認識する「制御性T細胞」と呼ばれる免疫細胞が増殖し、この細胞によって母体の胎児に対する免疫応答が抑制されていることが実証されたNature 2012年10月4日号102 ページ)1

そのうえ、こうした胎児抗原特異的な制御性T細胞の一部は、出産後も長期にわたって維持されており、父親が同じ場合の2回目以降の妊娠では、免疫寛容を促進して妊娠を助けていることも示された。今回明らかになった寛容機構から、子癇前症(妊娠高血圧腎症)の治療法や、免疫拒絶による流産の防止に利用できる方法が見つかるかもしれない2

進化の観点からみると、胎児が持つ「父親由来の抗原」に母体の免疫系が曝露されるという問題は、比較的新しいものだ。というのも、子はその遺伝子の半分を父親から受け継いでいるが、ほとんどの動物は卵生なので、問題は生じなかった。それはともかく、有胎盤類が獲得した妊娠の仕組み、すなわち胎児が胎盤によって母体の子宮壁に物理的に付着する仕組みは、多くの利点を備えていた。母体の血液循環を介したガス交換や栄養の摂取および老廃物の除去が可能であるため、胎児の成長に最適な環境を整えることができるのだ。課題は、異物である胎児の「着床」を促進することだが、そのために全身の免疫応答を抑制することは、母体と胎児が病原体に曝露される可能性が増すので、リスクが高すぎる。これを回避するために、有胎盤類は、局所的かつ特異的な免疫抑制機構を進化させる必要があった。

母体の免疫系が、胎児が異物であることを完全に認識しているにもかかわらず、それを寛容していること3、また、この寛容過程において「制御性T細胞」と呼ばれる免疫細胞が主要な役割を担っていること4は、以前からわかっていた。この制御性T細胞は、免疫応答を抑制する機能を持ち5、自己免疫応答の抑制や、病原体除去のために活性化された免疫応答を終結させる役割などを担っている。なお、制御性T細胞には、胸腺においてT細胞前駆細胞から分化する「内在性」制御性T細胞と、脾臓やリンパ節などの末梢免疫器官において、ナイーブ(naïve;抗原と出会ったことのない)ヘルパー(CD4+)T細胞から免疫応答の過程で分化する「誘導性」制御性T細胞がある。共に、Foxp3というただ1つのタンパク質の発現に応答して、免疫抑制性の機能を持つT細胞へと分化する5

今回、Roweの研究チームの成果によって、制御性T細胞が胎児に対する免疫寛容をどうやって促進しているのかが、実際に示された。彼らは、妊娠中のマウスが、ある抗原に出会うときに病原体抗原としてなのか、あるいは父親由来の抗原としてなのかによって、母体の「抗原特異的T細胞」の応答がどのように変わるのかを調べた。まず、その抗原を発現するリステリア(Listeria)菌をマウスに感染させると、異物を除去しようとする免疫応答である「抗原特異的なヘルパーT細胞の増殖」が観察された。しかし、同じ抗原を胎児に発現させると、抗原特異的な制御性T細胞の数が大幅に増加したのだ(図1)。これは、2種類の制御性T細胞数の増加、すなわちFoxp3をもともと発現している内在性制御性T細胞の増殖と、末梢器官で未分化の抗原特異的ヘルパーT細胞にFoxp3の発現が誘導されたことによる、誘導性制御性T細胞への変換を示していた。

図1:父親由来の抗原に対する免疫記憶
Roweの研究チーム1は、異物抗原に対するマウスの免疫応答が、状況によって根本的に異なることを示した。
a 妊娠経験のないマウスに、特定の抗原を発現させたリステリア(Listeria)菌を感染させると、抗原特異性がマッチした少数の制御性T細胞が存在するにもかかわらず、抗原特異的なヘルパーT細胞が感染に応答して増殖し、異物を排除しようとする。
b 対照的に、同じ抗原が胎児に存在すると、既存の制御性T細胞の増殖だけでなく、未分化のヘルパーT細胞からも制御性T細胞(誘導性制御性T細胞)の分化が誘導され、その結果、抗原特異的制御性T細胞が蓄積する。
c 抗原特異的制御性T細胞の一部は、記憶細胞集団となって、産後も長期間にわたって維持される。
d 父親が同じ場合の2回目以降の妊娠の際には、この「記憶」制御性T細胞が急速に増殖し、同じ胎児抗原に対しすばやく免疫寛容となる。

Roweの研究チームは、妊娠中の免疫抑制機構が高い抗原特異性によって制御されていることを示した。この結果から、「病原体の侵入に対して免疫応答を開始する能力」が、妊娠によってなぜ影響を受けないのかを説明できる。

また、この結果は、「妊娠」という状況が、異物抗原を攻撃するか、あるいは寛容するかの決定にかかわっていることを示している。そこで疑問が生じる。この過程において重要な役割を担っている制御性T細胞は、胎盤を介した着床機構の進化に影響を与えたのだろうかということだ。

最近の2つの比較ゲノミクス研究6,7から、いくつかの手がかりが得られている。Foxp3様の遺伝子は、魚にも存在する。しかし、その遺伝子がコードするタンパク質は、制御性の細胞系譜への分化を決定したり、抑制性の機能を持ったりするために必要なドメインを持っていない6。また、興味深いことに、鳥類ゲノムはFoxp3を欠失しているのに、哺乳類では保持されていて、しかも追加の機能ドメイン6と、Foxp3発現を調節する追加のエレメント7を獲得している。また、単孔類(卵生哺乳類)のFoxp3には、全部ではないが、大部分の機能ドメインが存在する6ことから、制御性T細胞の進化は、胎児の着床機構が進化するよりも前に起こったと言える。したがって、制御性T細胞の獲得によって、侵襲性の胎盤形成の進化が促進されたと推測できる。母体の免疫系は、制御性T細胞の存在によって、病原体に対する応答を過度に障害せずに、胎児を寛容する機構を得ることができたという訳だ。

Roweの研究チームはさらに、胎児抗原特異的な制御性T細胞の数が、出産後も長期間にわたって増加した状態であること、また、それ以降の妊娠期間中に急速に増殖することも示した(図1)。こうした応答は、いくつかの自己抗原に対してもみられ、自己免疫の抑制に役立っていることから、制御性T細胞の「記憶」が連想される8。妊娠高血圧腎症(母親の免疫系が胎児を寛容できないことと関連のある疾患)は、主に最初の妊娠(2回目以降であっても父親が異なる場合はその初回)でみられる疾患だが、その理由を、こうした胎児抗原特異的な記憶細胞によって説明できるかもしれない。

免疫恒常性を維持する役割を担う制御性T細胞にとって、胎児抗原を記憶することは、妊娠が引き金となって生じる広範囲にわたる変化の一部でしかない。例えば、妊娠すると、関節炎などのいくつかの自己免疫疾患が一時的に軽減されるという「よい変化」があるが、この効果にも、制御性T細胞がかかわっていることが示されている9。しかし、こうした自己免疫疾患は産後すぐに再発することから、疾患の防御に機能する「記憶」制御性T細胞が生じても、残念ながら、それほど有益ではないようである。とはいえ、Roweの研究チームの成果をもとに、今後、妊娠後の制御性T細胞の持続についてさらに研究が進めば、将来、制御性T細胞を用いた免疫抑制によって自己免疫疾患の治療が可能になるかもしれない。

翻訳:三谷祐貴子、編集:編集部

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130126

原文

Tolerating pregnancy
  • Nature (2012-10-04) | DOI: 10.1038/490047a
  • Alexander G. Betz
  • Alexander G. Betzは、MRC分子生物学研究所(英国)に所属。

参考文献

  1. Rowe, J., Ertelt, J., Xin, L. & Way, S. S. Nature 490, 102–106 (2012).
  2. Sasaki, Y. Mol. Hum. Reprod. 10, 347–353 (2004).
  3. Tafuri, A., Alferink, J., Möller, P., Hämmerling, G. J. & Arnold, B. Science 270, 630–633 (1995).
  4. Aluvihare, V. R., Kallikourdis, M. & Betz, A. G. Nature Immunol. 5, 266–271 (2004).
  5. Sakaguchi, S., Miyara, M., Costantino, C. M. & Hafler, D. A. Nature Rev. Immunol. 10, 490–500 (2010).
  6. Andersen, K. G., Nissen, J. K. & Betz, A. G. Front. Immunol. 3, 113 (2012).
  7. Samstein, R. M., Josefowicz, S. Z., Arvey, A., Treuting, P. M. & Rudensky, A. Y. Cell 150, 29–38 (2012).
  8. Rosenblum, M. D. et al. Nature 480, 538–542 (2011).
  9. Munoz-Suano, A., Kallikourdis, M., Sarris, M. & Betz, A. G. J. Autoimmunity 38, J103–J108 (2012).