PRESS RELEASE

ユリウス・シュプリンガー奨学生、2021年は日本の博士課程の学生2人に

科学の力で社会貢献をしていきたいと授賞式で語った新たな奨学生。重たい扉を前に奮闘する2人からは、抱える不安や悩み以上に、希望が感じられた。

家計の状態が極めて苦しい中にあっても、学問を深め、科学の力で社会に貢献したいという大志を宿す学生たちは大勢いる。シュプリンガー・ネイチャー・グループの日本法人は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の影響が及び経済的に困窮する状況に置かれながらも、夢を追い続け、その実現を目指す大学生・大学院生を対象に、2021年2月から5月まで「ユリウス・シュプリンガー奨学生」を募集。同年7月、鈴木悠乃(すずき・ゆの)さん(帝京大学大学院薬学研究科博士課程3年に在籍)と島田了輔(しまだ・りょうすけ)さん(東京大学大学院数理科学研究科博士課程1年に在籍)の2人を奨学生に選出したことを発表した。

奨学生に認定した2人について、同日本法人代表取締役社長のアントワーン・ブーケは「学業に対する真摯な姿勢、指導教官からの力強い推薦、そして、これまでも逆境にめげずに道を開いて来られたことは素晴らしい」と、今後にも期待を寄せる。また、応募者について「彼らが置かれている境遇は、誰のせいでもない」と述べ、できることならば全員に奨学金を授与したかったと話す。

授与式で鈴木さんは、「コロナ禍だからこそ、この基金に出合えた。薬物送達の研究は、創薬ではなく既存の薬物に工夫を加えて活用の道を開く。この研究で医療を進歩させていきたい」と抱負を述べた。

鈴木さんは学部6年間を通して学業トップ、首席で帝京大学を卒業した。学部4年生の頃から指導に当たってきた帝京大学薬学部の鈴木亮教授は、推薦書の中で「コミュニケーション能力および問題解決能力に長けた研究者としての資質を有している」と述べ、鈴木さんが広域な知識・技能を習得するための努力を重ねていることを高く評価している。

また、島田了輔さんは、「数論幾何学を専攻していて、素数への興味から始まった。この分野ではフェルマー予想、ABC予想への提言がある。洋書の半分以上はSpringer。貴社から奨学金をいただけたことは大変な名誉。精進して日本の科学を発展させていきたい」と思いを語った。

島田さんの指導教員である東京大学大学院数理科学研究科の三枝洋一准教授は、推薦書の中で、学業成績が優秀なだけでなく、修士論文が数理科学研究科長賞を受賞したこと、また、人柄についても「困難な課題にも熱意を持って取り組み、簡単に諦めずに解決するまでそれを続ける忍耐力も有する」と述べている。

今回の奨学生の募集では、研究大学コンソーシアム(RUC)とNPO法人ケイロン・イニシアチブにご協力いただいた。RUCの小泉周氏(自然科学研究機構研究力強化推進本部特任教授)は「つらい時代だからこそ学問・学術が重要。学問が人類の強力な力となる」と励ましの言葉を送った。また、研究者とその家族を支援するケイロン・イニシアチブを代表して足立剛也氏(慶應義塾大学特任講師)は、「国や分野を超えた、さまざまな出会いに目を向けていってほしい」と述べた。足立氏は研究者として家族と共に海外赴任を経験し、理事長の足立春那氏とNPO法人設立に至った。

ユリウス・シュプリンガー奨学金プログラム

シュプリンガー・フェアラーク社の創業者であるユリウス・シュプリンガー(Julius Springer)も、大変な苦労人であった。出生直後に母を亡くし、父は病弱であったため、ユリウスは15歳になる前に中高一貫校であるグラウエン・クロスター・ギムナジウムを中退し、書店で見習いとして働き始めた。彼の名を冠したチャリティー基金は、自身の過失によらず、または特定の理由で支援を必要としており、自分自身または外部の手段でこの状況から逃れることができない人々を支援することを目的として、2004年にドイツで設立された。現在、シュプリンガー・ネイチャーが活動するドイツ国内外の地域で、さまざまな支援活動を行なっている。

その活動の1つである「ユリウス・シュプリンガー奨学金プログラム」では、2021年の対象国に日本が選ばれた。前回、日本が選ばれたのは2012年。奨学生に認定されたのは、東日本大震災で被災した、大学進学を希望する東北地方の高校生3人であった。

博士課程学生の経済的困窮

2021年は、博士課程に在籍する学生2人を選出した。日本の博士課程学生は、未来を担う重要な人材であるにもかかわらず、経済的に苦しい状況に置かれている。日本では大学への進学率が2020年度に54.4%と過去最高だった一方で、大学卒業後に大学院に進学する率は2010年度の15.9%をピークに減少を続け、2020年度は11.3%。修士課程修了後に博士課程に進学する率は、2000年まで17%程度を維持していたが徐々に減少し、現在は10%を切る1。博士号取得者が増加している欧米や中国とは対照的である2

博士課程に進学をしない大きな理由の1つが、金銭面の負担であることは明らかだ。科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の調査によれば、2020年度に修士課程を修了した学生の16.5%が、借入金を300万円以上抱えていた。

欧米の博士課程学生の9割は、リサーチアシスタント(RA)として学費や生活費を賄えるだけの給与が支給される。一方、日本の博士課程学生は半数以上が無給であり、RAとして給与をもらえる場合でも月に数万円程度。博士号取得後の道も険しく、就職率は7割程度で、その半数以上が大学での任期付き採用だ。文部科学省も現状に危機感を持っていて、博士号取得を目指す学生への経済的な支援拡充に取り組むと2020年12月に発表した。

鈴木さんと島田さんはどのような研究者となるのか。関係者一同、2人の成長が楽しみであるのと同時に、未来を開く一助となれたことを心からうれしく思っている。そして、多くの研究者が日本で生まれ、世界の未来を切り開いていくことを願っている。

  1. 文部科学省「学校基本調査–令和2年度 結果の概要–」
  2. 科学技術・学術政策研究所「科学技術指標2020」

プレスリリース:シュプリンガー・ネイチャー・グループが日本の大学院生に奨学金を授与


鈴木悠乃さん

医療系の学部が集まり、附属病院が隣接しているキャンパスにある研究室で、鈴木さんは、指導教員の鈴木亮先生をはじめとする教員や研究員や学生、秘書の皆さんと過ごしているという。また、家族をはじめ、鈴木さんを応援してくれる人たちには、「睡眠や食事などの健康面に関していつも心配をかけてしまい申し訳ないですが、私は元気ですので応援していただければ幸いです」とのこと。

―― Springer Nature eBooksは何を選びましたか?

鈴木さん:Metathinking”と“The A-Z of the PhD Trajectory”です。

―― 研究者を目指すきっかけとなった出来事は?

鈴木さん:小学生のころ母が事故により下半身不随となり現在、車椅子で生活しています。その事故から数年後、両足を全く動かすことができない患者さんの下肢運動が一部回復する先進医療の存在を知りました。母はこの医療の治療条件に当てはまらなかったのですが、このような医療の進歩を担う研究者に強い憧れと興味を持ちました。

―― 進学するか悩みましたか?

鈴木さん:進学に関しては、特に悩みませんでした。研究室への配属が学部4年次にあり、3年間の卒業研究の中で、講義などで習った知識を生かしながら研究を進めていくことや、研究室で行われるセミナーなどで先生方と議論をして研究の楽しさに魅了され、進学を決めました。 進学に当たり、指導教員の先生や、家族、周囲の友人など、私の周りにいる全員が背中を押してくれました。大学院の進学に関して特に否定的な意見はなかったことは、私にとって幸運だったと思います。学業に対して真摯に向き合っていたことや、経済的な支援を求めなかったためかもしれません。

―― 指導教員の先生に伝えたいことや研究での抱負を教えてください。

鈴木さん:指導教員の鈴木亮先生には研究室に配属された学部4年次から大変お世話になっています。研究の方向性などの話し合い際には、時間をかけて相談に乗っていただきまして大変感謝しています。今後もより一層お世話になるかと思いますので、よろしくお願いいたします。


島田了輔さん

研究場所は主に自宅や院生室、研究道具は紙とペン、(文献調査などで)ときどきパソコンという島田さん。研究は基本的に1人で行うものの、キャンパスで知人と合えば情報交換をし、数理科学研究科の「コーヒータイム」には、コモンルームと呼ばれる黒板のある共同研究室に集まった学生や教員と雑談をするという。「こうしたコミュニケーションは研究の重要な一部分です」と島田さん。また、家族をはじめ、島田さんを応援してくれる人たちには、「これまで多くの方々にさまざまな形で支援を頂いており、大変感謝しております。いまだ道半ばですが、引き続き精進して参りますので、これからも温かく見守っていただけると幸いです」とのこと。

―― Springer Nature eBooksは何を選びましたか?

島田さん:Philosophy of science for Scientists”と”Game Theory”です。

―― 研究者を目指すきっかけとなった出来事は?

島田さん:私は、数学とは人工的なものであり、将棋やチェスのように人間が決めたルールの中で何が起こるかを調べる学問だと思っていました。しかし、15歳ごろに、『ある数学者の生涯と弁明(シュプリンガー数学クラブ)』という本と出会い、私の考えは完全に覆されました。この本で「317が素数であるのは我々がそう思うからでなく、それがそうだからである」というような数学的実在の哲学に初めて触れ、数学の体系とは豊かな自然と同じものであると気付くことができました。以降、真理の探究を数学において行うことに強く興味を惹かれ、研究者を志すようになりました。

―― 進学するか悩みましたか?

島田さん:私は生活保護世帯の出身で、生活保護世帯はそのままでは大学へ進学できません。この事実を知ったのは高校に入ってすぐで、その時自分は、大学進学できないのだと思いました。

私は研究者を目指していたため、進学する方法を模索していたところ、世帯分離という措置をとれば大学進学できることを知り、そうすることにしました。大学の受験費用や進学費用など、問題は他にも山積みでしたが、私は進学の機会が誰にでも平等にあるべきだと強く信じていましたから、当然自分も進学できるべきだし、私が進学することで次の世代にも希望を持って欲しいという思いがありました。

―― 指導教員の先生に伝えたいことや研究での抱負を教えてください。

島田さん:数学では全く独立に研究されてきた2つの理論が結び付くということがよくあります。自分でもそうした結び付きを発見し、深く理解するような研究をすることが、当面の目標です。

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