科学に挑む女性研究者たち
キャリアパスの現状と課題にせまるブックマーク
広告企画
Nature
理系に進んだ女性に「リケジョ(= 理系女子)」という愛称がつけられている。結婚や子育てをしつつ、第一線で活 躍する女性の科学者や宇宙飛行士などの姿が報道される機会も少なくない。ただし数値的には、理系学部や研究者における女性の割合はかなり低い。日本政府は1999年に『男女共同参画社会基本法』を制定し、現在は「第3次男女共同参画基本計画」において「2020年までに、社会のあらゆる分野で指導的地位を占める女性の割合を30%に」とする目標を掲げている。女性にとって、「理系を選択する」、「研究の中心的立場をこなす」とはどういうことなのか。リケジョ研究者のキャリアパスや支援の現状を探り、課題を浮き彫りにする。
理系における女性研究者のあゆみ
意外に思われるかもしれないが、近代科学の扉は、権力を握り、時間をもてあましていた中世ヨーロッパの上流階級や聖職者たちによって開かれてきた。ロシア皇帝やドイツ皇帝が若い科学者たちのよきスポンサーであったことや、エンドウ豆の観察によって『遺伝の法則』を見いだしたメンデルがオーストリアにある修道院の司祭だったことなどはよく知られるとおりだ。科学研究はこうした男性社会のなかで育まれ、日本に入ってきてからも、長く「男性のもの」としてとらえられてきた。
日本における女子教育がはじまったのは1872年(学制発布)と、その歴史はきわめて浅い。しかも、女子が学校教育を受けるようになってからでさえ「女子にとって科学は害になる」とされてきた。1900年前後になり、東京、奈良、広島に開設された女子高等師範学校、日本女子大学などで女子の科学教育が始まり、帝国大学をはじめとする国立大学、津田塾専門学校や京都府女子専門学校などの女子専門学校などが後に続いた。たとえば、女性科学研究者のパイオニアの一人である黒田チカは、東京高等師範学校を経て、女性としてはじめて東北帝国大学に入学。植物の色素構造に関する研究により、1916年に「初の女性理学士」、1929年に「初の女性理学博士」となった。
第二次大戦後、高等師範学校や大学、専門学校は新制大学として再編成され、女子大学を除き、すべてが共学となった。ようやく、理学、工学、農学、医学、薬学等の研究の道が、男性と同じように女性にも開かれたわけだが、数、研究の質、役職、待遇などのにおいて、今なお男女の差が残されている。なかでも数については、科学技術分野の研究職における女性の割合が約12%、大学教員における女性の割合が約15%、理系学部における女子学生の割合が約20%と、先進各国のなかで最低レベルとなっている。
女性が感じる「理系進出の壁」
いったい何が、理系分野の男女共同参画を阻んでいるのか? 誰もが真っ先に思うのは「女性には、出産や育児という、避けて通れないライフイベントがある」ということだろうが、今回、取材して感じたのは「問題だと感じている内容」が女性研究者によってさまざまで、しかも、一人一人が「絡み合う複数の要因」を持っているということである。こうした背景をふまえたうえで、その内容を整理してみると、おおよそ以下のようになる。
- 中学や高校の理科で、実体験として科学への興味をもつ機会が少ない。
- 「 理系は男子の学部」といった昔のイメージに縛られている。
- 理系学部で何をするのか、理系出身でどのような職業に就けるのかといったことに対し、不安がある。
- 理系だと就職できないのではといった漠然とした不安をもつ両親が、理系(医薬系を除く)に進むことに反対する。
- ポスドク問題や就職難を心配した教師が、理系に進むことに反対する。
大学や研究機関での男女共同参画について
- 男性研究者のなかに、「理学部は男社会」といった昔のイメージがいまだに残っている。
- 研究職の募集や採用数が少ない(男性にもいえる、との声もある)。
- 男性の上司が「女性研究者は結婚や出産でやめてしまうのではないか」と思いがち。女性採用に積極的ではない場合がある。
- 男性上司が、女性の学生、ポスドク、助教などを秘書のように扱うケースがある。
- 競争や昇格をめぐってパワーハラスメントやセクシャルハラスメントがおきるケースがある。
- 出産にともない、研究が一時中断される。休職中の支援が十分ではないと感じる。
- 保育園になかなか入れない。入園後も、病児保育などが充実していない。
- 出張および、実験や会議等が夜間におよぶ場合の保育が不安。
- 夫婦で研究者の場合に、別々の勤務地となり、別居せざるを得ないことが少なくない。
- 女性研究者の育成プログラムや支援事業が十分だと思えない。
もちろん、男女共同参画に理解を示す男性研究者も大勢おり、逆に女性側の意識に問題があるケースもあると思われる。また、約10年前から、国が政策として女性研究者の支援事業を行うようになり、大学や公的研究機関における女性支援体制は、格段に充実しつつある。次項において、その具体例を紹介しよう。
政府の方針と支援の大枠
「日本政府として女性研究者を支援する取り組みは、平成11年に制定された『男女共同参画社会基本法』に端を発するものです」。そう話すのは、文部科学省 科学技術・学術政策局 基盤政策課の板倉周一郎 課長。同法にもとづき、5年を1単位とする「男女共同参画基本計画」が作られ、現在は第3次に入っている。科学分野についての具体策や目標数値が盛り込まれたのは、平成17年度の第2期以降だという。板倉課長は「男女共同参画基本計画は、日本の科学技術政策の舵ともいえる科学技術基本計画と同調しています。現在は第4期科学技術基本計画が推進中ですが、ここでは自然科学分野の女性研究者の採用目標として早期に25%を達成し、さらに30%にまで高めることが明記されています」とも話す。
目標達成に向けた支援事業は文部科学省、(独)日本学術振興会、(独)科学技術振興機構(JST)が行っており、私立を含む大学法人、公的研究機関、これらで活躍する研究者を支援している。支援総額は年間20億円ほどで、事業内容は以下の3本柱に大別される。第1 は、文部科学省による、女性研究者を雇用する機関に対する支援。該当機関が女性研究者を支援するためのコーディネーターなどを雇う場合に適応される「女性研究者研究活動支援事業(7.27億円。事務業務はJSTに委託)」と、女性研究者の採用割合が低い理・工・農学系の機関が女性研究者を採用する場合に適応される「女性研究者養成システム改革加速事業(5.78億円)」とからなる。
第2は、出産や育児などで研究を中断した研究者に毎月定額の研究奨励金を3年間給付することで、研究復帰を支援する「特別研究員事業(RPD)(6.08億円)」で、(独)日本学術振興会によるもの。第3は、「女子中高生の理系進路選択支援事業(1500万円)」で、女子中高生と女性研究者との交流会、実験教室、出前授業などを支援するもの。平成24年度は9機関に資金が配分されている。



