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ここまでわかった、がんと慢性炎症ブックマーク

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経験的に、がんと慢性炎症との間には、関連性があることが知られてきた。例えば、C型肝炎ウイルス感染と肝細胞がん、ピロリ菌感染と胃がんなどである。これまでは、主に疫学調査や病理学的側面から研究されてきたが、最近になって分子レベルでの解明が進んでいる。炎症に関連したどのような分子ががん化に寄与するのか。研究成果は新たな治療や創薬にどのように応用されうるのか。がんの微小環境、シグナル伝達系、エピジェネティクスといった観点から、炎症とがんの関連を考察する。

サイエンスライター 西村尚子

疫学的に知られていた慢性炎症とがんとの関係

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最新の研究により、長期間、体内でくすぶり続ける「慢性炎症」が、メタボリックシンドローム、がん、自己免疫疾患といったさまざまな疾患に共通する基盤病態となっていることがわかってきた。例えば、肥満の状態では、肥大した脂肪細胞から分泌されるTNF-、PAI-1、HB-EGF といった生理活性物質が、血管や臓器にさまざまな炎症を引き起こすことでメタボリックシンドロームを発症させる、といった成果が報告され、注目が集まっている。

がんについては、古くから感染症などによる炎症が関与していることが疫学的に知られてきた。18 世紀には既に、イギリスの煙突掃除人に陰嚢皮膚がんが多いことが報告され、原因としてススに含まれる物質による炎症が疑われていた。 19 世紀に入ると、ドイツのウィルヒョーが、「がんは、何らかの刺激によって組織が損傷し、その局所炎症から生じる」とする説を提唱。20 世紀初頭には、ウィルヒョーに学んだ日本の山極勝三郎が、ウサギの耳にコールタールを塗り続けて炎症を引き起こすことで、人工的にがんを発症できることを示した。その後、アメリカでは、局所炎症から抽出した浸出液に腫瘍形成につながる細胞増殖作用があることなども報告された。ただし、これらは病理学者や生化学者が断片的に研究を行った結果であり、確固たる概念としては確立されてこなかった。

ところがこの5、6 年で、C 型肝炎ウイルス感染と肝臓がん、ヒトパピローマウイルス感染と子宮頸がん、ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)感染と胃がん、住血吸虫感染と膀胱がんといったように、がんの症例の一部に感染症が関与していること、慢性潰瘍性大腸炎やクローン病と大腸がんのように自己免疫疾患による炎症の一部も発がんにつながること、胃液の逆流による逆流性食道炎のような単純な炎症でもがん(食道がん)を発症させうることなどが、分子レベルで明らかになってきた。

慢性炎症とは?

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図1:慢性炎症を基盤とするさまざまな病態 | 拡大する

出典:実験医学 Vol.28 No11 2010 p.1681 の概念図1 を一部改変

炎症の原因は、感染、外傷、毒性物質の暴露、自己免疫の破綻など、さまざまである。「炎症」と聞くと、真っ赤に腫れた患部や発熱を思い浮かべるが、このような炎症の多くは「急性炎症」で、比較的短期間に炎症反応が沈静化する点で慢性炎症と区別される。古典的には「発赤、発熱、腫脹、疼痛、組織の機能不全を兆候とする病態」が急性炎症だとされている。

ただし、臨床の場で、急性炎症と慢性炎症とを明確に区別する定義はない。例えば肝炎では、便宜上、数か月で病状が収束するものを「急性肝炎」とし、6 か月以上にわたって肝機能の異常が続く場合を「慢性肝炎」としているにすぎない。多くは、炎症が数年以上にわたって続き、炎症部位の線維化(組織リモデリング)、血管の新生、特定の免疫細胞の集積などが顕著な病態を「慢性炎症」としているようである。

このように、原因も病態も炎症の継続期間もさまざまな慢性炎症だが、一部に、特定の受容体を介した細胞間の相互作用、炎症性シグナル伝達経路の活性化、ある転写因子や遺伝子の発現誘導といった共通の分子機構が存在することが示唆され始めている。そして、こうした機構こそが、発がんにも関与しているらしいのである。

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