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バイオ燃料は温暖化防止の切り札か否か?

2008年6月26日

「オイルショックの再来か」とささやかれるほど、原油の高騰が続いている。日本では、道路特定財源のための暫定税率が再び引き上げられたことも重なり、ガソリンの市場価格が1リットル170円(レギュラーの場合)を突破したところが多い。高騰の理由には、アメリカのサブプライム問題、投機マネーの原油株式への流れ込み、イラク戦争、中国やインドの経済成長にともなう急激な需要増加などがあるとされる。また、原油や天然ガスなどのエネルギー供給源が、中東やロシアといった政治的に不安定な地域に集中しており、こうした地域で起きる事件が原油価格に直結してしまう傾向が強まっている。

さらに、原油をはじめとする化石資源の採掘量に限界がみえてきたとする報告もある。たとえばアメリカの石油専門誌のオイル・アンド・ガス・ジャーナル誌は、「石油の採掘可能年数はあと45年」としている。地中には未開の天然資源が残っているとする調査もあるが、現在の技術ではその採掘に膨大なエネルギーが必要とされ、コスト的に見合わないのが現状のようだ。

一方で、エネルギーの使用量は増加の一途をたどっている。身近なところでいうと、世界中で現在8億台もの自動車が使われており、間もなく10億台に達するだろうといわれている。ちなみに、8億台のうちの約1割(約7600万台、世界第2位)は、小さな島国である日本が保有しているという。また、中国やインドでは急速に工業化が進んでおり、エネルギー消費量増加の第一の要因となっている。当然のことながら、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量も増え続けている。現在は100年前にくらべて世界年平均気温が約0.75度高く、このまま化石燃料を使い続けると2100年にはさらに4度も上昇するといわれている(IPCC第4次評価報告書による)。

こうした状況を受け、石油に変わる代替エネルギーの開発が急務になっている。条件は、「生産技術がほぼ確立している」、「各国で比較的容易に大量生産できる」、「安価に供給できる」、「二酸化炭素の排出量を増やさない」、「現在の車にそのまま使える」などというもの。急浮上してきたのは、植物を原料にして作られる「バイオエタノール」だった。

バイオ燃料は代替になるのか?

「バイオエタノール」という言葉は連日のようにマスメディアに登場しており、一般にも広く知られるものとなっている。ただし、市民が「バイオエタノール」が何であるかを正確に理解しているかどうかは疑問で、「バイオテクノロジーを使って作るエタノール」と思っていたり、「食糧から作るエタノール燃料」と思っている人もいるようだ。正しくは、「植物由来の原料から作られる全てのエタノール燃料」ということになる。成分的には、トウモロコシから作られるウイスキーやサトウキビから作られる焼酎と何らかわりがない。

産業界や研究者コミュニティーでは、植物由来のブタノールや水素、ディーゼルなども含めて「バイオ燃料」と総称するのが一般的である。すでにアメリカでは、トウモロコシの実から作られたエタノール(以下、コーンエタノール)がガソリンに混ぜられて広く販売されている。含有率が10%までのエタノールガソリンであれば一般の車で対応でき、それ以上の場合は、エタノールの腐食性を考慮してゴム部品を他の材質に変えたり、点火や空気量をチューニングしたエタノール車(FFV)を用いる必要がある。といっても、FFVのエンジンや基本動作は、ガソリン車とほぼ同じである。

コーンエタノールの作り方は酒と同じで、トウモロコシの実に酵母菌を加えて発酵させ、糖分をアルコールに変換させるだけである。得られるのは4~5%ほどの低濃度のエタノールだが、蒸留すればほぼ100%のエタノールとなる。「実は、ガソリンのない100年前に、フォードがはじめて開発した車はエタノールで走るものだった」。(財)地球環境産業技術研究機構(RITE)理事の湯川英明博士はそう話す。アメリカでは、その後のガソリン普及によってエタノール車がマイナーになったが、サトウキビの産地であるブラジルでは、安いサトウキビ由来のエタノールで走る自動車が主流になった(ただし、ブラジルの例は環境問題とは関係なく、単にエタノールが利用しやすかっただけのこと)。

「1990年代に地球温暖化の傾向がより顕著になるにつれ、バイオエタノールの利用が二酸化炭素の削減につながるのではないかとの議論がなされるようになった。同時に、中東やロシアなどの原油産出国で情勢不安が続いたことから、欧米ではこうした国々への依存度を減らそうという動きも出てきた」と湯川博士。その後、1999年には、アメリカのクリントン大統領(当時)が、バイオ燃料開発を国家戦略に掲げるとする大統領令を発表した。

こうしてガソリンの代替燃料として注目されるようになったバイオエタノールだが、2007年以降に予想外の原油高騰が続いたことで、状況が急展開することになった。環境問題とは関係なく、安いバイオエタノールの需要が一気に高まったのである。その結果、バイオエタノールの取引価格も高騰し、アメリカやブラジルでは、本来、食糧の原料とすべきトウモロコシやサトウキビをバイオエタノールの原料に流用するという本末転倒の動きが頻出するようになった。

図1:RITE菌。 | 拡大する

画像提供:湯川博士

求められるのはセルロール由来のエタノール

現在、各国の有識者は、狂気的ともいえるトウモロコシやサトウキビ由来のエタノール産生は新たな食糧問題を起こすことを理由に、即刻やめるべきだとしている。また、アメリカのエネルギー省は2006年に、「トウモロコシエタノールの利用は二酸化炭素の削減にはほとんど寄与しない」との調査報告を発表し、一方で「非食糧の茎や葉などを原料にしたセルロース由来のバイオエタノールなら、二酸化炭素削減に有効である」と結論づけた(Fuel-Cycle Assessmentof Selected Bioethanol Production Pathways inthe United States)。

こうした状況のもと、湯川博士は、自らが開発した「ある微生物」を用いて、非食糧のセルロースからエタノール(以下、セルロースエタノール)を作り出す研究を続けてきた。ある微生物とは、土壌中などに広く存在するコリネ菌。微生物学者の湯川博士は、コリネ菌が空気のない嫌気状態で、増殖せずに最低限の代謝をしつづけることで長期間生きていられることを発見し、この性質を工業的に応用するための基礎研究を重ねてきた。「遺伝子を組み換えたコリネ菌は、アミノ酸生産などで広く産業に利用されていたが、いずれも好気条件で使われており、嫌気条件で増殖させずに有用物質を作らせることができるとは知られていなかった」。そう話す湯川博士は、ゲノム情報をもとに、コリネ菌に別の有用細菌の遺伝子を導入した、さまざまな改良コリネ菌を作り出した。それらは、湯川博士の所属するRITEにちなんで「RITE菌」と総称されている(*1)。

このなかには、「糖をエタノールに変換する遺伝子」を組み込んだものもあり、従来の酵母菌などに比べて格段に効率よく、平易にエタノールを作らせることができるという(*2)。「すでに基礎研究の段階は終わっており、現在はホンダとの共同研究で工業化を目指している」と湯川博士。車の老舗メーカーである本田技研工業株式会社(以下、ホンダ)は、以前よりブラジル向けのFFVを製造しており、同時にバイオ燃料や天然ガス、水素電池などの研究開発も進めてきた。「2005年くらいから、二酸化炭素削減を主眼においた燃料のリサーチを始め、その年末に湯川先生の研究グループと共同でセルロースエタノールの開発をはじめた」。本田技術研究所基礎技術研究センター 第1研究室のの藤澤義和室長は、そうコメントする。

図2:稲わらからエタノールを生産する過程。 | 拡大する

画像提供:本田技研工業株式会社

それまで燃料電池の研究をしていた藤澤室長は、RITE菌を扱うにあたって微生物やバイオテクノロジーについて一から勉強し、2007年10月に、稲わらからセルロースエタノールを作るための全工程を完備した実験プラントを完成させた。工程の第一段階であるセルロースから糖への変換は、市販のセルロース分解酵素を用いている。「セルロースを糖に変換するとブドウ糖(C6)だけでなくキシロース(C5)もできてしまい、ブドウ糖しか変換できない酵母菌では都合が悪いが、RITE菌は2種類の糖が混ざっていても、どちらも同時にエタノールに変換することができ、生産性が高い」と藤澤室長。また、稲わらを糖に変換する前の熱処理により副生成物ができ、これがアルコール変換を妨げることも問題だったが、RITE菌は、これらの物質に対しても耐性が高いという。

「実験プラントの反応層は100リットルで、昼夜稼働させると濃度6~7%のエタノールが、1年あたりの換算で最大で1~2トンできることになる」と藤澤室長。蒸留して濃度100%に近いエタノールにすると、1キロの稲わらから250ccのエタノールができる計算だ。実用化するには、稲わらの産地、プラントまでの輸送やそのコスト、プラントの建設や運用費といった問題を考える必要があるが、藤澤室長は「日本では、まずは生産地に近いところにプラントを作り、できたエタノールはその地域で使う地産地消から始めるのがよいと思うが、今のところ、稲わらからエタノールを蒸留するまでの全工程をシステム化しているのは、国内ではホンダだけだろう」としている。

その次はブタノールと水素の時代?

藤澤室長は、次の研究としてプロピレンの原料にもなるバイオプロパノールの開発に着手しているという。湯川博士もまた、「アメリカが牽引するかたちで、セルロースエタノールの基礎研究は終わり、時代は次の段階に入ろうとしている」とコメントし、「ポスト・セルロースエタノールとして注目すべきは、大型の公共交通機関で用いる軽油に混ぜることができるバイオブタノールだ」とする。そこには、アメリカもまだ基礎研究段階にあるので、日本が開発競争に勝つ余地が残されているとの裏事情もある。アメリカのベンチャー企業は、すでに激しい開発競争を始めており、湯川博士自身もRITE菌を用いたバイオブタノール産生の研究を進めている。一方で、「将来を考えると、究極のクリーンエネルギーはバイオ水素だろう」考える研究者が少なくない。理化学研究所 環境分子分解科学研究チームの大熊盛也博士は、微生物の専門家としてシロアリと微生物の相互共生について研究を続けてきた。日本では体長数ミリのヤマトシロアリが知られており、腸の一部(後腸)の肥大した部分に十数種の原生生物と300種以上の細菌類を共生させているという(*3)。家の柱を食べてしまうことでも知られるように、シロアリは木材などのセルロースを餌にする。ただし、セルロースを分解して効率良くシロアリのエネルギー源(酢酸)を作り出しているのは共生している原生生物である。さらに、その原生生物の細胞内には、セルロースには乏しいアミノ酸やビタミン類を供給してくれる細菌が共生している(*4)。

「以前はどのような機能を果たす微生物が共生しているのか全くわからなかったが、最近になって微生物由来のゲノムDNAの一部を効率よく増幅して解析できるようになり、新規のものがたくさん確認されるようになった」と大熊博士。ごく最近には、ある特殊な手法(メタEST解析)を用いることで、共生する原生生物が常識では考えられないほどの高い効率で水素を作り出していることを突き止めた。「原生生物がもつ水素を作り出す遺伝子(ヒトロゲナーゼ遺伝子)を調べたところ、腸内の水素分圧が高い状態でもさらに水素を作る能力をもつことがわかった(*5)」と大熊博士。原生生物にとって、この水素は代謝の最終産物で捨てるべきものだが、大熊博士は「細菌類は、この水素と二酸化炭素を使って酢酸を作るなどの代謝を行っているのではないか」と考えている。

水素はシロアリの呼気とともに放出されるので、人工的にシロアリを飼って水素を集めることも可能だが、工業化するには現実的ではない。大熊博士は「稲わらや廃材などを原料にセルロースをまず糖に変換し、原生生物がもつヒドロゲナーゼ遺伝子を組み込んだ酵母などに水素を作らせるといった方法もありえるのではないか」とする。水素には、生産や供給の方法、自動車などのハード側の問題が多くあり、まだ基盤技術開発の段階にある。それでも大熊博士は「燃料をバイオ水素にシフトする時代が必ずやってくると思う」とし、自らも微生物を利用した環境に負担をかけない技術を模索してきたいとしている。

普及すれば温暖化は抑制されるはず

地球の温暖化傾向は、1980年代後半に顕著になり、事態を重くみた先進諸国は1992年に「環境と開発に関する国際連合会議(地球サミット)」を開いた。さらに、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)を立ち上げることで、防止策や気温上昇の予測などを始めた。その後IPCCは、気候システムのレベルで明確な温暖化現象が生じており、人為的な温室効果ガスの排出増加がその原因だと断定。さらに、過去50~100年間の二酸化炭素の濃度の増大が過去数千年とくらべて明らかに異常であること、冒頭で述べたように、このままだと21世紀末の気温が今より約4度も上昇することなどを報告してきた。

このような憂慮すべき状況のもと、石油をはじめとする化石資源に頼らず、二酸化炭素の排出量を増やすことなく、世界中に存在するバイオマスを原料に燃料や化学製品を生産しようとする「バイオリファイナリー」に注目が集まり出した。セルロースエタノールは、この筆頭に挙げられているといえ、WWF(世界保護基金)などの環境保護団体も開発に賛同する意向を示している。

ただし、バイオ燃料の生産をはじめとするバイオリファイナリーへの取り組みは、日、米、欧でかなりの温度差がみられる。たとえばアメリカは、バイオ燃料分野で世界をリードし、新たな産業を興すべく国をあげて取り組み、すでにセルロースを使う目途を立てている。政府は、「バイオマスプログラム関連予算」として簡単には集計できないほどの巨額を投じている。

日本では、経済産業省と農林水産省が共同で「バイオ燃料革新協議会」を立ち上げ、これからバイオ燃料の開発に取り組んでいくことを発表したばかりの状況にある。両省は具体的な開発目標として、バイオ燃料技術革新計画を発表したが、経済産業省資源エネルギー庁の広報担当者は「国として目指すべきロードマップを提示しただけで、どこで誰がどのように研究開発を進めるのか、その予算をどうするかといった具体的なことはまだ決まっていない」とコメントする。市民のバイオ燃料に対する関心も高いとはいえず、たとえば、すでに販売されているバイオガソリン(バイオエタノール由来の成分が3%含まれている)も全く普及していない。

一方、ヨーロッパはもともと環境に関心の強い国が多く、バイオ燃料の開発はさかんである。たとえば、ドイツのニーダーザクセン州南部のユンデ村は、ゲッチンゲン大学が国家プロジェクトとして進めるバイオマスの村である。ここでは、村の電気と熱供給をすべてバイオマス由来のエネルギーでまかなうことを目標に、メタン発酵による発電や、セルロース部分の多いエネルギー作物の栽培を行っている。ヨーロッパ各国は、先進国が中東とロシアへの燃料依存度を減らせば、世界平和にもつながると考えているところもあり、このこともバイオ燃料開発を進める原動力になっているようだ。ちなみに、2007年から進められている「第7次欧州研究開発フレームワーク計画」では、2350万ユーロがエネルギー分野の研究予算(2007~2013年)にあてられている。

最も重要な点は、このような各国の取り組みによって、本当に二酸化炭素の排出量に歯止めがかかるかどうかということである。「仮に、10年後のアメリカで年間2億トンのセルロースエタノールができるようになるとすると、アメリカでは年間3.5トンの二酸化炭素が減る計算になり、年間60億トンにおよぶ原アメリカの排出量の5%削減になる。これはたいへんな数値だ」。湯川博士はそうコメントする。

二酸化炭素などの温室効果ガスの削減目標は1997年に開かれた地球温暖化防止京都会議で「京都議定書」として決められ、2005年に発効された。日本はいかにしてこの数値目標(2008年から2012年の間に温室効果ガス総排出量を1990年基準年比6%削減すること)を達成するかに頭を悩ませているが、主要排出国であるアメリカや中国がこの議定書に参画しておらず、今後、両国がどのようにして国際社会と足並みを揃えるのかが注目されている。

温暖化を食い止める切り札としてだけでなく、生物多様性の維持、世界平和、新たな産業と雇用拡大、化石枯渇後の資源確保と、実に多岐にわたる効果が期待されるバイオリファイナリーの実現。その布石として、セルロースエタノールが広く普及するかどうか。その動向を見極めたい。

西村尚子 サイエンスライター

【引用論文】

  1. Yukawa, H. et al. Microbiology 153, 1042-1058(2007)
  2. Inui, M. et al. Journal of Molecular Microbiologyand Biotechnology 8, 243-254 (2004)
  3. Ohkuma M. Trends Microbiol. 16, in press(2008)
  4. Hongoh Y. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA105, 5555-5560 (2008)
  5. Inoue J. et al. Eukaryot. Cell 6, 1925-1932(2007)

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