EU、研究者のより高い弾力性と雇用の安定を目指す
2008年6月12日
Paul Smaglik
Moderator of the Naturejobs
Nature 453, 817 (4 June 2008) | 10.1038/nj7196-817a
1980年代の政治学の講義で、米国の財政赤字抑制策としてロナルド・レーガン元大統領が提唱した「フレキシブルフリーズ(歳出の弾力的凍結)」という構想が嘲笑されていたのを思い出す。この言葉は「逃げ口上」であり、故意に事実を歪曲し、操作したごまかし言葉の例であると当時の教授は切って捨てた。歳出を凍結しておきながら、歳入には弾力的に伸びる余地を与えるのは矛盾しているというわけだ。
だから、欧州委員会が「フレキシキュリティ(フレキシビリティのFlexとセキュリティのcurityの合成語)」という構想に基づき、より安定した科学職を欧州連合(EU)に創出する新たな政策について言及している記事を読むと、やや驚きを禁じえない。この妙な言葉からは崇高な目標が感じられる。高い雇用の安定を目指しながら、科学者の転職を容易にするというのだ。この政策は、短期請負契約を廃止して雇用の安定を図る一方、助成金のポータビリティ制度を充実させて弾力性を高めることを提唱しているのである。
レーガン大統領のフレキシブルフリーズとは異なり、この2つの目標は互いに両立し難いというものでもない。しかし、欧州のマルチファンディングシステムでは大規模な目標達成は難しそうに思える。EUは交付している助成金政策は強制できるものの、大半の加盟国にとって、その助成金は研究費のごく一部にしかならない。ドイツのマックス・プランク協会や英国の医学研究協議会(MRC)といった各加盟国の助成金の出し手には、助成金にどのような付帯条件を付けるかについて言及することができない。
フレキシブルフリーズという言葉と同様、フレキシキュリティも本当の問題を覆い隠している。目標を達成するためには現実的に予算が不可欠であるという点では同じである。EUでは、2010年には各加盟国が国内総生産(GDP)の3%を研究開発(R&D)に費やしたいとしている。2010年まで2年もないが、R&D支出の平均は2.5%あたりで推移しつづけている。助成金を補強しないかぎり、欧州の科学者に大きな弾力性を与えたうえで雇用の安定を確保するのは不可能である。米国が現在抱える経済問題はレーガン政権時とよく似ており(巨額の財政赤字と貿易赤字)、過去数年間の研究予算も横ばいに抑えられている。これはEUの目標、つまり現在米国で働いている10万人程度のEU出身科学者の一部をEUに連れ戻すという目標に弾みをつけることになりそうだ。米国でフレキシブルフリーズの第2ラウンドが始まれば、それを追い風にEUがフレキシキュリティという目標を達成する可能性があるというのは、何とも皮肉な話である。
英語の原文:Europe aims for more flexibility and job security for researchers