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Tリンパ球とBリンパ球は兄弟ではなかった!

2008年6月12日

理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター 免疫発生研究チーム
河本 宏 チームリーダー

新旧の血液細胞分化モデル。 | 拡大する

免疫機能を司るリンパ球は、造血幹細胞を出発点に段階的な経路を経て作り出される。その古典的なモデルは生物学や医学の教科書で頻用されており、「Tリンパ球とBリンパ球は共通の前駆細胞から作られ、両者は兄弟の関係にある」との考えが常識となっていた。ところが今回、理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター 免疫発生研究チームの河本 宏 チームリーダー(以下TL)らは、この学説を覆す研究成果をもたらした。

血液細胞には、赤血球、顆粒球、単球、Tリンパ球、Bリンパ球などがある。このうち顆粒球と単球は、合わせて「ミエロイド系(骨髄系)細胞」ともよばれる。1970年代後半に、これらの細胞の全てが骨髄中の造血幹細胞から作られることが示されたが、Tリンパ球とBリンパ球は「細胞の形態が似ており、両者とも抗原特異的な免疫反応に関わる」という共通性をもっていたことから、兄弟の関係にあるとされてきた。そして「似た者は共通の経路で分化してくるのだろう」との推測から、仮の分化経路図が作られ、教科書などで広く紹介されるようになった。この経路図では、造血幹細胞からの最初の分岐で、「Tリンパ球とBリンパ球の共通前駆細胞」および「赤血球とミエロイド系細胞の共通前駆細胞」が作り出されるとされた。

医学部卒業後の研修医時代に血液疾患に興味をもった河本TLは、京大大学病院血液内科系の大学院を修了後、1994年から胸部疾患研究所(現 再生医科学研究所)の桂義元教授の研究室に移り、リンパ球の初期分化に関する研究をはじめた。その3年後、桂教授とともにMLPアッセイ法という新手法を開発し、数々のブレイクスルーをもたらすことになった。

「MLPアッセイ法では、1個の造血系前駆細胞がもつTリンパ球、Bリンパ球、ミエロイド系細胞の3系列への分化能を同時に調べることができるのが特徴」。そう話す河本TLは、マウス胎仔の肝臓に含まれる造血系前駆細胞を材料に、その分化能を地道に調べ上げた。「すると、前駆細胞の中には、Tリンパ球・Bリンパ球・ミエロイド系細胞のうち一種類しか作らないものの他に、全てをつくるもの、ミエロイド系細胞とTリンパ球をつくるもの、ミエロイド系細胞とBリンパ球をつくるものがあったが、Tリンパ球とBリンパ球の両者だけをつくるものはないことがわかった」と河本TL。この結果は、Tリンパ球とBリンパ球が兄弟の関係にはないことを強く示唆していた。

一連の実験結果から従来のモデルが間違っていると推察した桂教授と河本TLは、「ミエロイド系の細胞はすべての細胞の基本型となっており、Tリンパ球、Bリンパ球、赤血球への分化経路の途中までミエロイド系細胞を作る能力が保持される」とする新しいモデル(ミエロイド基本型モデル)を作り上げた。その後、このモデルは胎生期における造血モデルとしては認められるようになった。ただし、河本TLらの発表後に、「マウス骨髄中でTリンパ球とBリンパ球の共通前駆細胞を同定した」の報告がいくつか出され、成体では従来のモデルが正しいとされ続けた。

2002年から現職に就いた河本TLは、和田はるか研究員とともに、ミエロイド基本型モデルが胎児期に限らず生体にもあてはまることの実証に乗り出した。そのために、前駆細胞を特殊な細胞(ストローマ細胞)とともに培養する新たな手法も開発した。「成体マウスの胸腺中にあるTリンパ球の前駆細胞が、Bリンパ球を作る能力を失っていることは分かっていた。今回、新しい培養法によってこの前駆細胞を1個ずつ培養してみたところ、その多くがTリンパ球とともにマクロファージをも作りだした」と河本TL。Tリンパ球前駆細胞由来のマクロファージは、胸腺中のマクロファージの約30%に達することも突き止めた。

こうして、T前駆細胞は、Bリンパ球を作れなくなってからでもミエロイド系細胞を作ることが証明された。この事実は、従来の造血モデルでは説明できず、ミエロイド基本型モデルが正しいことを強く支持している。「私たちの成果は、教科書の書き換えを迫るというだけでなく、免疫細胞の起源や進化についてのパラダイム転換をももたらすことになると思う」。そうコメントする河本TLは「同時に、白血病の病態理解やリンパ球を用いた再生医療にもつながるだろう」とし、すでにTリンパ球を体外で効率よく培養する手法の開発に着手している。「がんを根治できるような免疫療法の開発という究極の夢」に向けて走り続ける日々が続く。

西村尚子 サイエンスライター

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