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科学は不老をどこまで可能にするのか?— エイジング研究の最前線

2005年6月30日

「世界一の長寿国」の座を守りつづける日本。2002年のWHO(世界保健機構)の統計によると、男女合わせての日本人の平均寿命は81.9歳。同年の日本の高齢者人口(65歳以上)は、およそ2,287万人だ。全国民の18%を占める計算になり、前年より約86万人も増えている。こうした日本の超高齢化は、医療費の増大に拍車をかけ続けている。昭和60年に約16兆円だった国民年間総医療費は、平成12年には倍の約31兆円に上り、平成22年に66兆円に達するとの試算もある。このままでは、近い将来に日本の医療が破綻することは目にみえている。

一方、ヒトゲノム計画の完了後、ゲノム科学の手法が老化研究にも用いられるようになり、ある遺伝子の機能を抑制したり亢進したりすることで、個体の寿命そのものの変化を追えるようになった。歳を重ねても、肉体や脳の機能を維持できるようにすれば、高齢者も医療も救われる--今、老人医療や老化研究に携わる専門家の多くが、そう考え始めている。

遺伝子の強制発現で寿命遺伝子を探す

首都大学東京都市教養学部生命科学コースの相垣敏郎教授は、1980年代から個体の老化にこだわって研究を続けている。ただし、「若い個体と老齢個体を比べても、老化のしくみは見えてこない。遺伝学的な実験によって因果関係を証明できなければ、説得力がない」と考える。そこで始めたのが、ショウジョウバエをモデルに、遺伝子の発現量を操作する研究だ。といっても、遺伝子を壊して変異体を作るアプローチは、そのまま老化研究には使えなかったという。破壊した遺伝子が発生にも深く関わる場合には、誕生や生存が危うい事態になりかねないからだ。こうした経緯を経て、個体が成熟した後に遺伝子を強制発現させる手法の開発に成功した(Genetics Vol. 151 p725-737, 1999年2月号)。

手順はざっと以下のとおりだ。まず、酵母の転写活性因子である「GAL4」の標的配列を、ショウジョウバエのゲノムのどこか1か所にランダムに入れた系統を作る。一方で、飼育温度を変えることで、GAL4の標的となった遺伝子を強制発現させることができる別系統のショウジョウバエを作る。両者を交配させると、温度によって標的遺伝子の発現を自由に制御することのできるF1が誕生する。具体的には、F1を25℃の環境で正常に発生させ、成熟したら飼育温度を30℃に上げる。すると、ある一つの遺伝子だけが強制発現され、その遺伝子が寿命に関わるものだと、個体の寿命に変化が現れる。

この方法だと、成熟後に、ただ一つの遺伝子の発現量を増やすことができるので、寿命の長短と遺伝子機能の因果関係を検討しやすい。「老化が遺伝子に組み込まれたものだとすると、ある遺伝子を壊すことで不老不死の個体ができるはずだが、そのような遺伝子はない。私は、うまく機能すれば長命に、機能しなければ短命になる遺伝子こそが、寿命を左右する遺伝子だと考える。そのような寿命遺伝子を突き止めていきたい」。これまでに相垣教授は、ショウジョウバエが持つ計1万4000個の遺伝子のうちの、約3000個について強制発現させたという(成果については、Mech Ageing Dev. Vol. 123 p1531-1541, 2002年11月号、Genes Dev. Vol. 17 p2496-2501, 2003年10月1日号などに掲載)。「例えばPOSHという遺伝子を強制発現させると、寿命が14%延びることがわかった」。POSHは、複数のタンパク質が相互作用する時に、必要なタンパク質をある一定の場所に集合させるための「足場」となる。いくつかの説があるが、一般には、細胞がストレスを受けたときに活性化されるリン酸化のカスケード(JNK/SAPKストレス応答経路)をPOSHが制御しているのではないかと考えられている。

細胞にとって最大のストレスとなるのは、活性酸素(フリーラジカル)などによる酸化ストレスだが、こうしたストレスにより強い耐性をもつ個体ほど、長く生きられると考えられる。相垣教授は、ショウジョウバエに酸化ストレスを与えた環境で遺伝子を過剰発現させる実験も行っており、短命になるものを約100遺伝子、長命になるものを約30遺伝子見つけている。「長命になる遺伝子のうちのいくつかは、コエンザイムQ10やαリポ酸の合成系に関与しているのではないかといった結果も出つつある」。

コエンザイムQ10やαリポ酸は抗酸化サプリメントとして有名だが、その生物学的作用は十分には解明されていない。「ショウジョウバエ遺伝子の7割はヒトと相同性が高いので、ショウジョウバエで明らかになるアンチエイジングの基本的な原理は共通しているだろう」。相垣教授は、そう考えている。

さまざまな生物の老化とSir2遺伝子

A:左側のd/dは心臓のみでマンガンSOD遺伝子をノックアウトしたマウス(16週齢)。右側のf/fは正常マウス。d/dの心臓は老化により拡張していたが、それ以外の臓器で老化はみられなかった。
B:摘出された心臓。d/dではかなり拡張していることがわかる。 | 拡大する

提供:白澤卓二博士

相垣教授とは対照的に、ある一つの遺伝子に着目し、その遺伝子が異なるさまざまな生物種において、どのような機能を果たしているのかを探る研究者がいる。ワシントン大学医学部の今井眞一郎助教授だ。今井助教授が着目するのは「Sir2」とよばれる遺伝子である。1970年代に、出芽酵母の性別決定を制御する遺伝子として発見されたものだ。ゲノムのある領域において不活性なクロマチン構造を形成し、転写を抑える機能を担うと考えられている。

出芽酵母は、出芽を繰り返すと、「細胞が大きくなる」、「細胞表面にしわができる」、「分裂に必要な時間が長くなる」といった老化現象が現れる。およそ20~30回出芽すると、母細胞は分裂を停止して死に至るが、この分裂回数をカウントするのにもSir2が関与しているらしい。さらにSir2は、栄養が少ない状態において、母細胞の寿命を延長させる機能も持つという。

日本にいる時から細胞レベルでの老化を研究していた今井助教授は、慶應義塾大学医学部微生物学教室に所属していた1996年に、「ゲノム上の転写されない領域(ヘテロクロマチンアイランド)の制御と、その制御によって発現が変化する遺伝子群が、老化現象に重要な役割を果たしている」とするヘテロクロマチンアイランド仮説を立てた。この仮説を証明するために目をつけたのが、Sir2遺伝子だったのだ。

「実は、線虫にもショウジョウバエにもSir2によく似た遺伝子があり、ともに老化と深く関わっていた。まだ機能はよくわからないが、ヒトを含むほ乳類にも同様の遺伝子があることがわかっている」と今井助教授はいう。一口に老化といっても、出芽で増える単細胞生物の出芽酵母、生殖によって子孫を増やす線虫やショウジョウバエ、年単位の寿命を持つほ乳類では、老化にかかる時間や現れる現象などがまったく異なる。「多種多様な生物において、違う様相を見せる老化の背景に、共通の遺伝子による制御機構が存在していたとは驚きだった」。

2000年、今井助教授はSir2遺伝子による老化や寿命の制御に、Sir2タンパク質が持つ「NAD(nicotinamide adenine dinucleotide: ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)依存性脱アセチル化酵素」としての機能が重要であることを突き止めた(Nature Vol. 403 p795-800, 2000年2月17日)。「NADの量は、細胞内のエネルギー状態の指標になる。Sir2は脱アセチル化にNADを必要とすることで、細胞内のエネルギーセンサーとして機能していた。Sir2のこの機能こそ、老化や寿命の制御にとって重要な鍵だと思われた」。今井助教授は、当時の成果をそう振り返る。

その後のSir2研究の進展はめざましく、出芽酵母、線虫、ショウジョウバエのいずれにおいても、Sir2の量を増やしたり機能を高めたりすることによって寿命が延びることが明らかになっている。延命に至るメカニズムは種によって異なり、前述の相垣教授もショウジョウバエのSir2関連遺伝子を寿命遺伝子候補の一つにあげ、さらなる解析を加えたいとしている。

現在、今井助教授は、ほ乳類をターゲットに、Sir2の仲間でやはりNADを必要とする「Sirt1」という遺伝子の機能解析を始めたところだ。「ほ乳類には、臓器や細胞ごとに老化のコントロールセンターのようなものが存在するのかもしれない。存在するとしたら、どのような老化制御ホルモンが分泌されているのか、その分泌はどのような因子で制御されているのか。この一連のメカニズムを解明するためにも、今はSirt1の機能を解析したい」と語っている。

老化のバイオマーカー探し

「老化や寿命に関わる遺伝子の機能解析が進む一方で、こうした基礎研究と老人医療の現場がかかえる問題とのギャップがどんどん大きくなっている。なんとか、両者をつなげないものか」。東京都立老人総合研究所老化ゲノムバイオマーカー研究チームディレクターの白澤卓二博士は、遺伝子研究の成果を社会でダイレクトに応用する方法を模索し、バイオマーカーの開発に着手しはじめた。この研究開発は、NPOゲノムベイ東京協議会と東京圏ライフサイエンス協議会が平成17年度より共同で立ち上げた「ゲノムベイ東京プロジェクト」の一部にもなっている。

細胞において、ストレス源となる活性酸素は、まず「マンガンSOD」とよばれる酵素で処理される。白澤博士は、このマンガンSOD遺伝子を特定の臓器のみでノックアウトしたマウスを26ライン作り出した。例えば、心臓においてのみマンガンSOD遺伝子が働かない個体、肝臓においてのみ働かない個体などを、次々に作っていったのだ。すると、心臓でノックアウトしたものは心臓肥大に(写真参照)、膵臓でノックアウトしたものは2型糖尿病にというように、高齢者によく見られる病態を示す個体が現れた。「心臓や脳などが活性酸素にやられると、他の臓器が全く健康でも死に至ることがわかった。膵臓や目などでは、高齢者特有の病気と同じ病態が現れた」と白澤博士は語る。さらに白澤博士は、さまざまな臓器ごとに、酸化ストレスを受けたことで発現量が変化する遺伝子を洗い出し始めている。発現量に増減が見られる遺伝子の産物をバイオマーカーにすれば、プロテオミクスの手法で臓器の老化レベルをはかる技術が確立できると考えるからだ。既に、心臓でマンガンSOD遺伝子をノックアウトしたマウスでは、発現量が増減する遺伝子が、それぞれ約60ずつ存在することを突き止めているという。

血液中の老化バイオマーカーを調べることで臓器の老化状態がわかれば、病気になる前に予防措置をとれるかもしれない。市場には、「アンチエイジング」をアピールしたさまざまなサプリメントがあふれているが、服用後のプロテオミクスを解析することで、科学的な効能を評価できるようにもなるだろう。

再生医療のアプローチを老化研究にも

「発生と老化は表裏一体の関係。これからは、発生研究が老年医療にも役立てられると思う」。そう話す、東京大学医科学研究所再生基礎医科学研究部門の渡辺すみ子客員教授は、幹細胞研究から老化領域に足を踏み入れたばかりの研究者だ。今の所属である再生基礎医科学研究部門は、この4月に寄付講座として立ち上がったばかりである。資金援助しているのは、先日マスコミをにぎわせたソフトバンク・インベストメントと、トミー精工、オリエンタル技研。いずれも、医療や医薬品開発には直接関わっていない。「これからますます重要になる老化や再生の研究に、異分野からサポートしてくれることは、この分野が学問領域をこえて取り組むべきものであることを考えると非常に重要だ」と渡辺教授はいう。

扱う細胞も血液から網膜細胞へと一転した。目は免疫学的に比較的寛容で、再生医療のターゲットとしての将来性があること、網膜が発生学的にも神経科学的にも興味深いこと、外部からもよく見えて扱いやすく、高齢化に伴って視覚障害者の数も増えていることなどが理由になったという。「血液学で進展してきた幹細胞や細胞移植技術を、他の臓器に生かしたいと思った」とも話す。

目下の課題は、存在が確かだといわれながらも同定されない網膜の幹細胞を探し当てることだ。そして、6種存在する網膜細胞の系譜制御メカニズムを解明することだ。実験には、マウスの他、再生医療研究ではあまり使われていないゼブラフィッシュを用いている。「ゼブラフィッシュは受精後2日であらゆる臓器が形成され、しかも透明なので観察しやすい利点がある。水晶体や網膜も透けて見える」。

解析には血液細胞とまったく同じ手法を用いている。血液細胞はある抗体を使って染色し、それをセルソーターで分別することができる。網膜の細胞についても同じ作業を行い、その中から、より未分化な細胞を探しあてようというのだ。

「未分化な網膜は、切片にしても同じ細胞が並んでいるようにしか見えない。しかし、それを抗体で染めると、さまざまに異なる染まり方をするので、その中から、より未分化なものを抽出することができる」と渡辺教授。幹細胞に近いと思われる細胞については、マウスの未分化網膜組織を用いた簡易移植系で移植実験を行っている。一方で、マウスのES細胞をこの系に移植すると、移植後2週間で網膜の一部の細胞に分化すること、分化した細胞がシナプス結合を形成して神経生理学的な活性をもつことなども確かめているという(Mol Cell Biol. vol. 24 (10) p4513-4521, 2004年5月)。

幹細胞医療は、事故などで失われた組織や臓器を再生するだけでなく、老化によって減少する細胞を補うためにも応用できると考えられる。例えば、80代の30%が侵されているといわれるアルツハイマー病は神経細胞が死滅する病気だが、新たな神経細胞を補うことができれば症状の改善や予防に効果が期待できる。「ただし、神経幹細胞などは抽出や培養がきわめて難しい。幹細胞医療は、集めやすく拒絶のない自己骨髄幹細胞や間葉系幹細胞から、必要な細胞に分化させる方向にいくのではないか」と渡辺教授はいう。網膜の細胞についても、網膜幹細胞から再生する道を探りつつ、その知見を生かして、間葉系幹細胞などから分化させる方法が現実的だろうと考えている。

テロメアを操作した不死化細胞の利用

神経や筋肉、網膜などの細胞は、分化・成熟後には分裂しない「一回限りの細胞」だが、それ以外の多くの細胞は分裂することで常に新しい細胞が供給されている。しかし、細胞分裂は多くても50~70回で限界に達する。その分裂回数をカウントしているとされるのは、染色体の先端部分に位置する「テロメアの長さ」だ。テロメアは、ある繰り返しの配列からなり、分裂を重ねるごとに短くなっていく。

徳島文理大学香川薬学部の三井洋司教授は、前職の産業技術研究所在籍時代から、7年近くテロメア研究を続けてきた。「テロメアでは個体の老化を説明できない」とする厳しい意見が出されるなか、正常では不死化することのないヒトの血管内皮細胞や皮膚細胞でテロメラーゼを強制発現させ、不死化細胞の樹立に成功した。テロメラーゼは、テロメアを付加することで、その長さが短くなるのを防ぐ酵素だ。がん細胞、幹細胞、生殖細胞、活性化したリンパ球などで見られるが、多くの正常な細胞には発現していない。

「今、テロメラーゼ遺伝子の導入で不死化させた細胞を、治療に使えないか検討を始めたところだ」と三井教授は語る。例えば、高齢者に多く見られる動脈硬化は、血管内皮細胞の寿命が問題となる疾患だ。機能の落ちた老齢細胞を増殖の旺盛な若い細胞に置き換えることができるとしたら、その恩恵ははかり知れない。

培養実験では、不死化細胞の分裂回数以外の生理機能について、例えば増殖因子への反応などは、正常な若年細胞と同じだったという。さらに、このほど、不死化過程の遺伝子変化についても詳細な解析を終えたという(Int J Oncol vol. 27 p87-95, 2005年7月号)。「生体に移植した後で、がん化などの異常をきたさないか、長期の観察や解析が必要だが、なんとか医療への応用を実現させたい」。三井教授の挑戦が続いている。

抗老化の技術を確立するための基盤づくりを

個体の老化は、あらゆる臓器、組織、細胞が多様に変化して現れる。したがって、老化研究のターゲットやアプローチも実に多様だ。一朝一夕にできるものではない。にもかかわらず、今の日本では腰を据えた老化研究がしにくいとの指摘がある。

競争的研究資金の大半を占める科学研究費補助金の平成16年度予算は、厚生労働省、文部科学省、日本学術振興会の合算で、約2950億円あまりだった。予算はさまざまな研究領域に配分されるようになっているが、多くの老化研究者が「老化」を前面に打ち出すと研究費を得にくいと感じている。このほか、文部科学省では、ライフサイエンス分野の国家プロジェクトとして、「ゲノムネットワーク研究の戦略的推進」、「革新的ながん治療法の開発にむけた研究の推進」など15以上の領域に計908億円もの予算を割いているが、「老化」と名の付くものはない。

このような状況で、老化研究者は、遺伝子を扱っていればゲノム領域の予算を、幹細胞の範疇であれば幹細胞領域の予算を、がん研究に近ければがん領域の予算を得て研究を続けている。しかし、老化研究が多くの領域の境界に位置するために、ある特定領域の研究費としても得にくい実態がある。

「本来の老化研究は、生理学的視点、分子生物学的視点、生化学的視点などが多様に組み合わさってなされるべきだが、アメリカに比べると日本にはそのような環境が整っていないように思う」。アメリカで研究を続ける今井助教授は、そうコメントする。とくに日本では、「個体としてのヒトの老化」に直結しない基礎研究の場合に、予算がつきにくい。

高齢者人口が増加の一途をたどることを考えると、老化研究の歩みを止めるわけにはいかない。早急に、「老化」という枠組みで、研究支援体制を確立することが望まれる。

西村尚子 サイエンスライター

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