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ゼブラフィッシュの繊毛のタンパク輸送メカニズムを解明

2008年5月22日

大阪バイオサイエンス研究所 発生生物学部門
大森 義裕 研究員

ゼブラフィッシュの野生型とelipsa変異体を比較すると、耳、鼻、眼、脊髄、腎臓の細胞で繊毛が異常になっていた。 | 拡大する

分子生物学によって細胞内小器官の研究が一通り進んだ今、細胞の表面にある繊毛の働きに注目が集まっている。

繊毛は、脊椎動物のほとんどの細胞の表面にある千分の数mmほどの毛で、細胞の外の情報をキャッチするアンテナとして働くと考えられている。とくに感覚器や腎臓などの細胞で重要な働きをしており、例えば、耳の有毛細胞では音、鼻の嗅細胞ではにおい分子、網膜の視細胞では光、腎臓の尿管細胞では尿の流量と、細胞のタイプによって物理的な刺激や化学的な刺激に反応する。また、心臓のような臓器の左右非対称性の形成にも繊毛が関わるとされる。

最近になって、網膜色素変性症、多指症、腎臓障害、肥満などが起こる、ヒトのbardet-biedl症候群は、この繊毛の異常と関係することが明らかになった。

大阪バイオサイエンス研究所発生生物学部門の大森義裕研究員は、ハーバード大学医学部などとの共同研究で、熱帯魚の一種であるゼブラフィッシュを使い、繊毛の形成・機能に必要なタンパクの輸送の仕組みを解析、elipsaという遺伝子が重要な鍵を握ることを発見した。

ゼブラフィッシュは多産で発生が速いため、マウスに比べて遺伝子解析がスピーディーに行えるというメリットがある。大森研究員が2007年9月まで4年間留学していたハーバード大学医学部では、十数年前からゼブラフィッシュの遺伝子変異を網羅的に解析するプロジェクトが始まっており、何千個単位の変異体が見つかっていた。その中に突然変異で背中が曲がり、腎臓が膨れて、ヒトの多膿疱性腎症と似た状態になるゼブラフィッシュがおり、大森研究員らは2004年ごろにこの変異体では網膜の視細胞が繊毛の損傷が原因で死滅することを突き止めた。

このころ、ゼブラフィッシュだけでなく、ヒトやマウスでも繊毛の異常が腎臓や目の障害に関係するという報告が相次ぐ。そして、大森研究員らが繊毛の異常を引き起こす遺伝子の特定に挑んでいたとき、タイミングよく、植物や酵母のように細胞に繊毛がない生物と鞭毛虫や線虫、ヒトなど細胞に繊毛を持つ生物のゲノムの比較から繊毛に関係すると考えられる遺伝子がリストアップされたこともあり、研究が加速、elipsaの特定に成功する。elipsaはヒト、魚、ハエ、線虫、鞭毛虫などに共通する、昔から保存されてきた遺伝子だった。そして、ゼブラフィッシュでelipsaが突然変異を起こすと、耳、目、脊髄、腎臓で繊毛がなくなり、細胞体に根元が残っていることを報告した(図:”Nature Cell Biology” Vol.10 No.4より転載)。

大森研究員らは、さらにelipsaは繊毛の形成とも関係すると推測。elipsaがコードするタンパクがどんなタンパクと結合するかを調べたところ、IFT(intraflageller transport:鞭毛内輸送複合体)や細胞内小胞輸送の制御因子であるRabのエフェクターRabaptin5に結合し、複合体を形成することがわかった。elipsaタンパクは繊毛の形成や機能に必要なタンパク分子の運び屋だったのだ。

「繊毛を建物とすると、IFT がエレベーターで、elipsaタンパクはエレベーターに乗る人(=繊毛に必要なタンパク)をエレベーターまで案内し、場合によっては自分もエレベーターに乗って、降りるべき階まで付いていく。そして用事が済むと降りてくる」と大森研究員。蛍光標識されたelipsaタンパクが動く様子は動画で見ることができる。

elipsaタンパクはエレベータに乗る人と乗らない人を選別しているが、大森研究員はこの選別を手助けしているのはRabではないかと考えている。また、elipsaやRabの変異によって起こるヒトの病気はまだ報告されていないが、「elipsaだけでなく、IFTを含めて、この複合体のどこが壊れても病気になるのではないか」と話す。繊毛の機能の解析からヒトの病気との関連が明らかになり、治療に結びつくことが期待される。

小島あゆみ サイエンスライター

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