植物の根が細長く成長するしくみを解明!
2008年5月8日
奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科
武田 征士 特任助教

自らの意志で動くことができない植物は、生きるために必要な物質のすべてを、生まれ落ちた環境で入手する必要がある。葉や茎、根、花などが特徴的な形態をもつのは、それぞれの細胞のかたちや機能を柔軟に変えることで、限られた資源を効率よく利用するためだといえる。たとえば、根に生える根毛は、土壌中の水分や養分を効率よく吸収するために、一つ一つの細胞が細長く成長することでできていく。奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科の武田征士 特任助教は、シロイヌナズナを用いて、根に生える根毛の細胞が一方向に細長く伸びていくしくみを明らかにした。
根毛は根の表面に生える細かな毛のことで、陸上植物のほとんどがもつ。「土壌中の水分や無機栄養分を体内に取り込む」、「植物体を支える」、「土壌の微生物と相互作用を行う」といった、さまざまな役割を果たしている。毛の一本一本が細長いのは、根の表皮細胞の一部だけが細胞分裂をせずに、先端方向にのみ成長した結果である。
根毛の先端だけが成長するのは、なぜなのか。これまでに、シロイヌナズナの根毛の先端では「NADPHオキシダーゼ」という酵素が活性酸素を作り出していること、作り出された活性酸素は細胞膜上のカルシウムチャネルを活性化して、カルシウムイオンの細胞内流入を促すことが知られていた。今回、武田特任助教は、イギリス、ジョインネス研究所のリアム・ドーラン教授のチームの一員として、東京理科大学の朽津和幸教授らとともに、細胞に流入したカルシウムイオンに「NADPH酸化酵素を活性化して活性酸素の量を増やす機能」があることを突き止めた。
RHD2遺伝子はNADPH酸化酵素をコードし、この遺伝子が働かない突然変異体では根毛が作られない。この点に着目した武田特任助教らは、RHD2タンパク質の発現(局在部位)を調べ、それが根毛の先端部分に限られることを明らかにした。「NADPH酸化酵素は、活性酸素がたまる先端に蓄積し続けていた」と武田特任助教。さらに、活性酸素によって細胞内に流入したカルシウムイオンが、今度はRHD2タンパク質を活性化させることも突き止めた。「つまり、根毛の先端でRHD2活性化→活性酸素発生→カルシウムイオン流入→RHD2活性化→活性酸素発生→……という正のフィードバック機構が回り続けることによって、根毛が一方向に成長し続けられるのではないか」。武田特任助教は、そう結論づけた。
活性酸素は、ヒトでは免疫低下やがんを引き起こす。そのような有害物質を根毛はなぜ利用しているのか。「活性酸素は酸素が不対電子をもっている状態で、エネルギーが高く、きわめて不安定。このエネルギーが細胞膜やDNAを壊すことから、人体などに有害とされている。ところが、植物の根毛ではこのエネルギーを逆手にとって使うことで、カルシウムチャネルを刺激したり、かたい細胞壁の構造をゆるめたりして成長を促していると考えられる」と武田特任助教。根毛組織では、活性酸素が存在する先端でのみ細胞壁がゆるみ、植物細胞としてはかなりのスピードで伸びていけるようになるというのである。
根毛が有害物質である活性酸素を利用している点について武田特任助教は、「生物が害のあるものや毒のあるものを上手に使う例は、たくさんある」とコメントする。実は、動物にもRHD2遺伝子とよく似た遺伝子があり、病原体を殺すための活性酸素や、身体のバランスを保つ耳石を作るための活性酸素を作り出しているという。動物もまた、活性酸素の毒性を都合のよいように利用しているらしい。
「根毛はある程度伸びると成長しなくなるが、今回発見した正のフィードバック機構を人為的に活性化させ続けることができれば、これまでにない長い根毛をもつ植物を作ることができるかもしれない」と武田特任助教。そのような植物は、やせた土地や乾燥した土地でも効率よく水分や養分を吸収できる可能性がある。受精卵というたったひとつの細胞から、さまざまな組織や器官ができていくしくみに魅せられて、発生の研究を選んだという武田特任助教。生物の基本となる「細胞のかたちづくり」を探求することで、基礎研究の大切さをアピールしていきたいと意気込む。
西村尚子 サイエンスライター