Nature Careers 特集記事

昆虫や飛び魚、翅果を持つ植物など生物の飛行を科学する

2008年4月24日

日本大学理工学部航空宇宙工学科
安田 邦男 教授

高速度カメラで撮影したカジカエデの飛行。 | 拡大する

鳥や昆虫が自由に飛ぶさまはいつの時代も人類のあこがれであり、そのサイエンスの探究にはロマンがある。日本大学理工学部航空宇宙工学科の安田邦男教授もそのロマンに魅せられた研究者のひとり。ヘリコプターのローターやプロペラのような回転翼の空気力学の専門家だが、恩師に動物や翅果(しか)と呼ばれる翼を持つ植物の種が飛ぶのも同じような原理だと言われたのがきっかけで、生物の飛行の研究を始めた。

代表的な翅果を持つ植物であるカジカエデやボダイジュは、通常の葉とは異なる、空気力を発生できる特殊な葉を成長させる。そして、秋の乾燥した空気の中で種子と葉を乾燥させて軽くし、強風によって遠くに飛ばす。

右の写真は高感度カメラを用いて、カジカエデが飛ぶときにどのように回転しているかを撮影したもの。安田教授の調べたところでは、カジカエデの翅果に付いている葉は片側に光が当たると反り、右回りになるものと左回りになるものが半々だった。一方、トネリコやユリノキの翅果は2方向の回転軸を持ち、地面に垂直な方向の軸周りを回りながら、種の軸周りにも回転する。円柱状の空気の渦を作って揚力を増やし、降下速度をゆるやかにして、より遠くに飛ぶことができるような構造になっている。「種の保存や繁殖を効率的に行う方法を持った植物こそが生き残ってきたのではないかと考えられる」と安田教授。

飛ぶ動物や植物は、その大きさによって飛ぶ原理が異なる。流体の慣性力と粘性力の比であるレイノルズ数は小さい生物ほど小さく、空気の流れと平行の抗力を利用するのに対し、トンボやハチの大きさになると、流れに直角な流体力である揚力も利用している。鳥の翼や魚のひれは航空機の翼と似た形で、前縁が丸く、後ろの縁はとがっており、より揚力を使う比率が高くなる。「周囲の空気は小さい生物にとって粘っこく、大きい生物にとってはさらっとしている」と安田教授は表現する。

翅果についている葉やトンボの羽、鳥の翼の上下では表面の凹凸があることによって空気の流れが渦になり、それが飛行に関係している。「羽にある筋状の脈は羽の強度を高めるためにあるのではないかと考えていたが、紙とバルサ、糸で羽を作り、重心の位置を生物と同じようにしても回転しない。糸の太さや長さを変え、重心の位置を1mmずつずらして実験するうち、形はそれほど関係なく、凹凸があることによって回転して飛ぶことがわかった」。

また、トンボの羽の脈は空気圧で制御されており、「羽を打ち上げるときには空気の抵抗を少なくするように脈の空気圧を下げているようだ」。鳥の翼は1本1本が筋肉で動かせるようになっており、気象条件や高度などで最適な飛行方法を選んでいる。

昨今、動物を模したロボットを作る研究が進んでいるが、「飛行ロボットは材料や形、動力、制御をどうするかが大きな壁になり、なかなか困難だろう」と予想する。

安田教授は竹トンボの飛行も研究しており、航空力学の専門家3人とともに研究チームを組んでいる。1個50円の竹トンボを大量に買い、同じような形になるように削って、1000分の1g単位で測れる天秤で重さを揃え、1台1000万円以上する高速度ビデオカメラで撮影する。場合によっては風洞実験場も利用する。「以前、ブーメランも調べたが、竹トンボは軸がある分、3次元的な、より複雑な研究が必要なことがわかった。羽の前縁や後縁の形、厚み、軸の長さによって飛び方や落ち方が異なる。回転が止まりにくい(=慣性モーメントが大きい)デザインのものがよく飛ぶ」。

安田研究室の学生たちは、竹トンボを飛ばす練習をする。飛行を計測する際に手の影響を極力受けない飛ばし方が必要だからだ。より精密に計測するために、竹トンボを飛ばす器械の開発も試みたが、「竹トンボの軸に一定の摩擦を加え、瞬間的に離す仕組みを作るのは難しかった。人間の手で飛ばすのが一番(笑)」。

生物の飛行の謎を解くのと同時に、エコロジーが求められる今、効率よい飛行を生物やおもちゃに学ぶ研究の成果が待たれるところだ。

小島あゆみ サイエンスライター

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