国立大学法人化から1年半 — 研究現場へのインパクトを探る
2005年9月29日
資金運用の自由度が増し、雇用形態も多様化
2004年4月、国立大学は国の行政組織の枠組みからはずれ、新しく国立大学法人として出発した。明治時代以来、約120年間保たれてきた官制大学制度に大鉈がふるわれた法人化は、まさに日本の大学教育・研究の大改革だ。
ねらいは、国家予算や国家公務員の雇用制度に縛られていた国立大学に自主性を持たせ、学長のリーダーシップのもとで自ら資産運用、資金の獲得、基金の設立等を行い、教育・研究の高度化や個性豊かな大学作りを目指すことだ。大学運営のための財源は右表のように大きく変わった。運営費交付金と施設整備費補助金は従来のように1年で使い切らなくてもよくなり、大学の自己収入、さらには経費の削減などで剰余金が出たら積み立てて使うことが可能になった。また学校・研究所・病院の組織別の管理が廃止され、会計もほぼ連結化された。人事面でも大きな変化がある。
各国立大学法人の職員は国家公務員ではなくなり、労働契約に基づく労働法の適用を受けることとなった。そして組織編成も大学が自由に決められるようになり、それによって雇用形態が多様化している。
岐阜大学では教員の定員制を廃止し、採用にも昇進にも使えるユニークなポイント制を施行。教授100、助教授78、講師73、助手60とポイントを決め(1ポイントはおよそ10万円換算)、学部の規模に応じた総ポイントの中での裁量を学部長に任せて、最終的に役員会が審議する。これによって助教授や教授のポストを学部の実情にあわせて設けることが可能になった。
定年制も、どの研究者も一律に適用されるのではなく、研究者の業績や希望に応じた形に変わりつつある。また、卓越し、かつ、外部資金を得られた研究者が定年後も特任教授などの身分で引き続き研究できる制度を設けた大学もある。京都大学では今年度実際にその制度が適用された。
また、職員は兼職や兼業が認められて企業の顧問等も引き受けられるようになり、起業もしやすくなった。
外国人を登用しやすくなったのも大きな変化だ。大阪大学蛋白質研究所では日本の国立大学では初めて公募によって併任外国人教授を採用、就労ビザの形態も新設されたという。このように組織が柔軟化する一方で、新しい問題も出てきている。
京大では競争的資金を用いて雇用される人はすべてほぼ長くて5年任期で、さまざまなカテゴリーに分かれている。成宮周医学部長は「実力で勝負したい人にはチャンスができたともいえるが、5年後には雇用を延長するための外部資金を組織か本人が持って来るか、昇進の機会がないと残れない。そういう人たちを定員化するには学部や学科のスクラップ&ビルドが必要で、それはなかなか難しい」と説明する。研究者にしてみると雇用が不安定であり、大学側にしても持続的な組織づくりがしにくくなるのだ。
これには運営費交付金の減額が陰を落としている。運営費交付金は少なくとも法人化後第一期の6年間は、2年目である今年度から毎年1%ずつ減る。成宮学部長は「手をこまねいていれば、大学の人員は毎年1%ずつ、5年で5%減ることにもなりかねない」と話す。「文部科学省は運営費交付金を減らす分、科学研究費補助金などの競争的資金を増やしている。こうした競争原理に基づく資金配分は必ずしも悪いことではない。しかし、最長でも5年という期限があるため、資金をつなぐために自転車操業にならざるをえない」。
国立大学付属病院では、さらに、経営改善化係数として2%の交付金が毎年削減されており、人員削減や収入増のための労働強化に対する危機感はさらに強い。
研究所、研究センターを軸に大学の個性化が進行中
法人化のねらい通り、研究分野の個性化は進んだのだろうか。
岐阜大学の黒木登志夫学長は、人獣感染防御研究センターの設立を昨年4月1日の法人発足記念式典でのスピーチで突然発表した。鳥インフルエンザやBSEが問題化し、社会的な意義がある、もともと強い獣医学をアピールしたい、また実力のある研究者の外部流出を防ぎたいという考えからの決断だった。その後文科省の特別教育研究経費が付き、同センターは9月に発足。「従来なら文科省や学内に説明や根回しをしているうちに2~3年はかかっただろう」(黒木学長)。これはまさに法人化を象徴するエピソードといえる。
文科省研究振興局学術機関課の芦立訓課長によると、各大学が持つ研究所や研究センターは個性化を図るうえで、先導者的な役割を果たしている。
規模の大きい旧帝大系の研究所や研究センターはもちろん、海洋温度差発電を研究する佐賀大学海洋エネルギー研究センター、地域の特性を生かす鳥取大学乾燥地研究センターや富山医科薬科大学和漢薬研究所、アジア大平洋域との連携を図る琉球大学熱帯生物圏研究センター、アフリカでの共同研究を行う長崎大学熱帯医学研究所など、地方大学でも「日本の研究の懐を深くする」(芦立課長)取り組みが多く見られるという。
共同研究やコラボレーションの機会も増えた。政策的な誘導もあり、とくに医学部と工学部の連携は盛んだ。京大では外部資金を獲得してナノメディシン融合教育ユニットという医工連携プログラムを作り、どちらの大学院の学生も単位を取ることができるようにした。
岐阜大学では岐阜市立の岐阜薬科大学の研究棟を医学部キャンパスに建築する。岐阜大学が土地(4000平方米)を岐阜市に有償で貸与し、できた研究棟の20%を岐阜大学が有償で借りることになっている。さらに、連合大学院、創薬推進機構の設立によって、両大学が教育と研究面で連携を強めようという構想だ。
法人化前から行われてきた産学連携やシーズの特許化も法人化によって加速された。「研究者の中にも自分の研究のPRが必要、あるいは産学連携や特許で形にしたいという意識が芽生えてきている」と成宮学部長。ただ、「実際に特許などによって潤うサクセスストーリーがないと、この意識や努力は続いていかない」と指摘する。
第三者評価制度が開始され、職員の評価制度も見直されている法人化により、大学そのものや職員も評価の対象になった

大学に対する評価は、文科省の国立大学法人評価委員会が行う法人の運営に関する評価と、文部科学大臣の認証を受けた第三者評価機関(認証評価機関)が行う、教育、研究、組織運営、施設や設備の状況の評価、の二本立てとなる。法人化初年度の文科省国立大学法人評価委員会による評価結果は先般発表されたところだ。教職員に対する個人評価も法人化をきっかけに取り入れられている。教育職員であれば、教育、研究、運営、事務職員であれば、実務など、すべてが評価の対象になり、評価の結果は給与、職階などに反映される仕組みが作られようとしている。
事務作業が滞ったり、煩雑になったりするのがストレス
現在、最も混乱しているのは事務作業かもしれない。
東京大学大学院総合文化研究科の黒田玲子教授は「法人化の理念に基づいた変化、その他細かい変化はたくさんある」と話す。
研究用試薬が登録制になってデータベース化に追われた、勤務時間の申告が細かくなった、決算が半期になったために書類提出が増えたなど、事務手続きが煩雑になったという声を聞くが、過渡期ならではの現象だろう。
反対に手続きを簡素化する動きも当然ある。もともと法人化前の文科省や会計検査院の監督下では、常識的な税金の使い方を逸脱しないようにと細かい取り決めがあり、例えば、海外出張は申請した場所以外には行けない、海外の研究室などからの招待状をあらかじめ示す、帰国後はパスポートやクレジットカードの使用明細を提出するといったことが求められた。
阪大の宮原秀夫総長は「自由裁量と自己責任が法人化の主旨なのだから、“性善説”に立って硬直した手続きをゆるめ、事務の仕事の効率化を図っている」と語る。阪大では早速コンピューターによる経理システムを導入し、海外出張でのパスポートのチェックなどをやめた。
これとは別に産みの苦しみとなっているのが、法人化にあたって細かい案件を一から議論するため、重職にある研究者たちが忙殺されることだろう。もちろんこれは一過性のことではあり、役職にある以上責任を全うしなければならないが、第一線の研究者たちにとっては貴重な研究時間を取られるというストレスは大きい。
学長や役員会の“目利き”がさらに必要になる

個々の研究者にとって、職場が法人化しても、研究テーマや内容は自らが決めて研究戦略を立て、研究経費は校費や科研費などを組み合わせて財務計画を練るという点では従来と変わらない。しかし、法人化によって、今度は組織としての研究戦略や財務戦略が求められるようになった。
芦立課長は、「ほかの国公立大学や私立大学、高エネルギー加速器研究機構のような大学共同利用機関法人、理化学研究所や物質材料研究機構といった研究開発独立行政法人との違いをどう捉え、研究者個人の研究戦略を法人組織の研究戦略としてどのように結びつけるか、そして国民や国立大学法人評価委員会、総合科学技術会議などの学外に対するメッセージ性をどう打ち出すか、が問われる。また、資金の合理的な組み合わせを追求し、財政当局などにアピールすることも必要」と話す。
つまり、執行部の目利きと判断が重要になるのだ。
法人化は、大学の存在価値や研究のあり方、事務の効率などを見つめ直すきっかけになったと評価する声は高い。
しかし、他方、運営費交付金の減額、競争的資金の獲得状況による財務の悪化と、それによる研究の衰退が懸念されている。
「資金の調達に追われ、人員も減って現場が疲れ切ってしまうのが一番の心配。学部間、研究室間の資金の潤沢さに差が出て、それが研究成果に影響してくる可能性もある。外部資金を得にくい人文・社会科学系の学部を大学全体としてどうサポートするかの問題もある」(成宮学部長)、「競争意識も大事だが、そうすると研究テーマが時流に乗ったものだけになりがち。新しい概念を作り出すような研究をトップが見つけて応援しないといけない」(黒田教授)、「ノーベル賞になった研究は、誰も重要性を認識していないときに発見されて後に重要性がわかった研究と、誰もが重要であると思っていることを明らかにした研究の2つに分かれる。実際は前者が多い。重要と思われていない研究への寛容が必要。科研費を含む競争的資金の対象を、生命、材料、環境、情報などの重点テーマだけに絞り込むことがほんとうにいいのかが疑問」(黒木学長)といった意見が出ている。
研究者も大学も、研究テーマは種のうちに見つけて水や肥料をやり、育てていかなくてはならない。とくに基礎研究の根をしっかり張らせておかないと、近い将来に応用研究という花が咲かない。
やはり学長をはじめとして役員会が、今必要とされている、あるいは今後必ず有用と思われる研究テーマ、大学の個性化に向く研究テーマを見抜く力が鍵になる。さらには、目利きの必要性は資金配分を決める文部行政にも突きつけられている。
法人化しても厳しい国家財政の中で税金を投入されている事実は変わらない。財務も含めて大学運営や研究成果の透明性を増し、“研究にお金がかかること”も含めて、社会へのアピールも求められる。
学生へのサービスの充実、若手研究者の育成も急務
今後国立大学が力を入ると予想されるのは、学生サービスとしての教育や設備の充実だ。少子化の今、学生にとって魅力あるテーマ、授業内容、キャンパスがあり、就職までの面倒を見てくれるかどうかは大学選びの大きなポイントになっている。
阪大では、「研究や憩いのためのスペースの拡大、トイレの改善といった学生サービスに注力したい」と宮原総長は語る。このようなアメニティの改善は、劣悪な研究環境になじまされた国立大学の研究者にとっても朗報といえるだろう。
もちろん研究者の育成にも積極的だ。「法人化と同時に文科省の在外研修制度がなくなり、若手の研究者が海外へ行くチャンスが減った。大学で払う給料に少し上乗せすることで海外で学べるのなら、阪大本部での資金プールでそういう制度を新設したい」と宮原総長。公募によって優秀な研究を選び、若手の有望な研究者に奨学金や研究費が重点的に整備される制度なども要望が出ており、今後検討される予定だ。
また、これからは、研究に関する情報公開、地場産業との連携や市民とのふれあいといった、目に見える社会貢献も強化されるだろう。
インフラ整備のめどがつき、法人化のメリットを生かすべく、次のステップへ
大学改革の現場では、手探りが続いている。この1年半で改革が進んだ大学がある一方で、「人件費、人の配置を変えられない、学長の任期が迫っていて動けないという声も聞く」と芦立課長。「国立大学の法人化は行革的視点というより、高等教育振興の視点で行われたものだが、法人化に際してこなさなければならない業務量は多く、議論しながら動かしていかざるを得ない面が少なくない」と語る。
1年目は、職員と労働協約を結び、社会保険を支払い、新しい財務会計システムを導入しと、「極端にいえば法人移行当初からスムーズに職員に給与を払えるかを心配していた状況だった」。そして、2年目に入って移行業務が落ち着きつつある現在は、「教育研究の現場を活性化させるという“法人化のメリット”を生かすために、次のステップに進むべき時期」と芦立課長は言う。科学技術創造立国を標榜する日本。国立大学がほんとうに科学技術を創造できているかは、中期目標、中期計画の達成状況が総括される4年半後にひとつの答えが出る。しかし、科学研究の成果に注目するなら、その改革の是非の回答は少なくとも10年後くらいになるだろう。国立大学が第三者機関に評価されることになったように、この国立大学法人化そのものを国民が評価すべきときが来る。
個々の研究者も自分の研究を地道に続け、論文を書くという仕事に加えて、自己評価と大学や社会へのアピールをしていかなければならない。「大学が出す中期計画や中期目標を自分の問題として見るべき」と黒田教授は提言する。アンテナを張り、研究者同士でも情報交換をすることで、自分たちの大学や研究室が日本や世界のどの位置にいるのかを常に確かめていく必要がありそうだ。
サイエンスライター 小島あゆみ