細胞内小器官の中心子がもつ「9」の謎を解く
2008年3月13日
東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻
廣野 雅文 准教授

膜のカプセル内に「おりたたまれたさらなる膜構造」をもつミトコンドリア、鏡餅のようなかたちのリボソーム……。私たちの細胞内には、実に不思議なかたちをした小器官がいくつもある。「中心子」とよばれる小器官もまた興味深い。「微小管」とよばれる細い管が、決まって9本、美しい円筒状に配置した構造をもつのである。なぜ「決まって9本」なのか。どうやって「円筒」ができるのか。東京大学大学院理学系研究科の廣野雅文准教授は、中心子の形成メカニズムを探ることで、謎の解明への糸口をみいだした。
中心子は、被子植物や菌類以外の多くの真核細胞にみられる構造で、光学顕微鏡では小さな顆粒として観察される。電子顕微鏡で細かく見ると、顆粒は9本の微小管が並んでできる円筒形の構造(9回対称性構造という)をしている。その機能は、細胞骨格の形成に働く「中心体」を形づくることと、べん毛や繊毛の基底部となること。中心体は、細胞分裂の間期に糸のような微小管を放射状に伸ばし、分裂期になると2つに分かれて紡錘体を形成する。また、基底部の中心子は、9本の微小管をさらに伸長することで、べん毛や繊毛を作り出す。中心子は「微小管構造を形成するための司令塔」としてはたらいているのである。
「べん毛をもつクラミドモナスという単細胞緑藻を使って中心子の研究ができないかと漠然と考えていたが、1997年に環境が整った」と話す廣野准教授。中心子形成の研究には突然変異体を使った遺伝学的な解析が欠かせないが、クラミドモナスはべん毛を使って接合するので、べん毛がなくなる中心子変異体は次世代を残せなくなってしまう。ところが、アメリカのあるチームがべん毛をもたないクラミドモナスを接合させることに成功し、廣野准教授もその技術を伝授してもらうことになったのである。
解明すべき謎は2つあった。第1に「あらゆる生物の中心子がなぜ9回対称形なのかということ」、第2に「どのようにして9回対称形がつくられるのかということ」である。「正常なクラミドモナスの中心子ができるようすを電子顕微鏡でみると、カートホイール(車輪の意味)という傘の骨のような放射状構造が現れて、その後に各骨の先端に微小管ができるようにみえた。これが正しいとすると、9本の骨からなるカートホイールが足場とるために9回対称になるのではないかと思われるが、一方で、カートホイールよりも微小管の方が先にできるという報告もあった」と廣野准教授。
廣野准教授はまず、中心子が全くできなくなってしまう変異体を単離し「bld10変異体(bldは毛をもたない(bald)という意味)」と名付けた。そして、変異の原因を追求した結果、カートホイールに局在するあるタンパク質(Bld10タンパク質)がなくなっているためであることを突き止めた。さらに、遺伝子導入により「末端を削ったさまざまな長さのBld10タンパク質」をbld10変異体に発現させてみたところ、末端の一方(C末端)を35%ほど削った場合には、中心子ができてべん毛を生やす細胞と、中心子ができずにべん毛を生やさない細胞が混在していることがわかった。このとき、カートホイールの骨が短く、微小管8本からなる「8回対称形」を示す中心子が多くみられた。「カートホイールの直径と円周が短くなったために、円周上に9本の微小管が並べなくなったからではないか」。廣野准教授はそう分析した。
一方で廣野准教授は、カートホイールがなくなって、中心子の微小管が7〜11本までのいずれかの本数になる(つまり9回対称性を失った)変異体を単離し、「bld12変異体」と名付けた。「調べてみると、bld12変異体の原因遺伝子は、線虫のSAS-6遺伝子と同じものだった。SAS-6遺伝子は中心子形成に必須と考えられていたが、そうではなく、カートホイールの9本の骨が放射状に配置されるのに必要だったことがわかった」と廣野准教授。ただし、bld12変異体には9回対称性を維持しているものも多く、9回対称性に関与する因子はカートホイールのほかにもあるようだという。
一連の研究により、カートホイールが中心子の微小管形成の足場となっていたことが明らかにされた。つまり、第二の謎は解明されつつある。残されたのは「なぜ9回対称なのか」という問題だが、廣野准教授は「カートホイールの軸に9の起源があると思う。カートホイールがどのようにして9本の骨をもつようになるのかを探れば、答えがみつかるかもしれない」とし、解析を続けたいと考えている。
原核細胞にはない中心子は、生物進化の重要な鍵を握っていると思われる。また、中心子の数の異常が細胞のがん化につながることが知られており、研究の進展は医学的にも注目されている。「複雑な構造がどのようにして組み上がるのか」。廣野准教授の謎解きが続く。
西村尚子 サイエンスライター