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川崎病の関連遺伝子、世界ではじめて同定!

2008年2月14日

理化学研究所 遺伝子多型研究センター 消化器系疾患関連遺伝子研究チーム
尾内 善広 上級研究員

T細胞内におけるITPKCタンパクの役割病原体の感染などにより、T細胞受容体を通じて抗原のシグナルが細胞内に伝わると、セカンドメッセンジャーであるIP3が増加する。IP3は小胞体膜上の受容体(IP3R)に結合し、IP3Rを介した小胞体からのカルシウムイオン(Ca2+)の流出を促す。すると今度は、細胞膜上のOrai1タンパク質を通じたCa2+の流入がおき、Ca2+/NFAT経路が活性化され、最終的にインターロイキン2などの転写が促進される。ITPKCは、IP3をIP4へとリン酸化することにより、この一連の経路のシグナル伝達を調節していると考えられる。 | 拡大する

1歳前後の子どもに多く発症し、心臓に後遺症を残すこともある川崎病。約40年前に川崎富作医師が発見したことからこの名がついた。この10年は患者数が増え続け、とくに平成17年と18年には2年連続で患者数が1万人を越えている。「なんらかの病原体感染が引き金になって免疫系が暴走するのが原因」との見方が主流だが、詳細は未解明のままである。今回、理化学研究所 遺伝子多型研究センターの尾内 善広 上級研究員は、川崎病の発症とその重症化に関連する遺伝子を世界ではじめて突き止めた。

川崎病はアジア諸国で多くみられ、日本人の罹患率はとくに高い。年や地域によって発症数が大幅に増減することから、なんらかの感染症が関与しているとされるが、詳細はわかっていない。ただし、海外に移り住んだ日系人や兄弟どうし・親子どうしでの罹患が多いことから、遺伝的要素も発症の引き金になっていると考えられている。

症状は、5日以上続く発熱、両眼の結膜の充血、四肢末端の発赤や腫脹、皮膚の不定型発疹、唇や舌の腫れ、リンパ節の腫脹と多彩で、これらのうち5つを満たす場合に川崎病と診断される。通常は、ガンマグロブリンやアスピリンなどによる治療で治癒するケースが多いが、これらの薬があまり効かない重症例もあり、その場合には心臓の冠動脈に病変が生じて動脈瘤などの深刻な合併症が生じることが多い。医師でもある尾内上級研究員は、12年前の小児科の研修時代に兄妹で川崎病を発症した例を経験し、紆余曲折を経て、大学院時代に川崎病の遺伝要因の解明に取り組みはじめた。

まず、尾内上級研究員は、川崎病に関連した遺伝子(感受性遺伝子)が存在する染色体領域を特定するために、兄弟どうしで罹患した患者を対象に染色体の連鎖解析を行った。「その結果、10か所の候補領域を見つけ、それぞれの領域の一塩基多型(SNP)と川崎病の罹患の有無(罹患感受性)との相関を調べてみた。すると、19番染色体上に有意な相関を示すSNPが4つあった」と尾内上級研究員。

これら4つのSNPは、隣り合った異なる4つの遺伝子(NUMBL, ADCK4, ITPKC, FLJ41131)のイントロン内に位置していたが、尾内上級研究員らは3つの要点を検討することで、本命の川崎病感受性遺伝子がITPKC遺伝子であると結論づけた。ITPKCはイノシトール3リン酸(IP3)をイノシトール4リン酸(IP4)へと変換するリン酸化酵素(ITPK)のひとつである。ヒトのITPKC遺伝子は2000年に発見されたが、これまで、川崎病を含めたヒトの疾患との関係については知られていなかった。

尾内上級研究員が検討した要点の内容は、以下のとおり。1点目は、「なんらかの病原体に感染するとT細胞が活性化され、インターロイキン2などのサイトカインを産生するが、そのとき同時にITPKCの発現も増えること」。2点目は、「SNPをもつ(つまり、川崎病罹患感受性の高い)ITPKC遺伝子では、その発現がSNPをもたない場合よりも約30%低かったこと」。3点目は、「T細胞系細胞株でITPKC遺伝子の発現を抑制したところ、インターロイキン2の発現が高まったこと」である。つまり、ITPKCはT細胞が過剰に活性化しないためにブレーキをかける役割をしており、SNPによりブレーキ機能が減弱することが分かったのである。こうした結果は、川崎病の発症時には血中のインターロイキン2の濃度が高いという事実ともマッチするものだった。

ITPKC遺伝子でみられたSNPは、「イントロン1」の9番目の塩基がGからCへと置換するものだった。「さらに検討した結果、この置換のためにスプライシングで除去されるべきイントロン1が除去されにくくなり、未成熟で不安定なITPKC遺伝子のmRNAが増えることが、ITPKCの発現量変化の原因になっていることもわかった」と尾内上級研究員。

ただし、C型のSNPをもつ人が必ず川崎病になるわけでも、G型をもつ人が川崎病にならないわけでもない。尾内上級研究員は「C型をひとつ以上もつ人の川崎病のかかりやすさは、G型をホモでもつ場合の1.89倍。日本の川崎病罹患患者の約40%がC型を持ち、罹患したことのない日本人も27%はC型を持つことがわかった」とコメントする。

一方、C型のSNPをもつ人がもたない人にくらべて川崎病にかかりやすいだけでなく、罹患した際に重症化しやすいということもわかったという。人種にかかわらず、冠動脈瘤を合併した患者にC型のSNPをもつ人が有意に多かったのである。ただし、尾内上級研究員は「川崎病には、ITPKC遺伝子以外にも複数の感受性遺伝子が存在するはず」と考えており、その同定を急いでいる。発症のメカニズムは依然として謎のままだが、今回のような研究が積み重ねられることで、重症化を防ぐ新たな治療やリスク診断が確立することが望まれる。

西村尚子 サイエンスライター

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