新しい分光計測装置の開発で、ホタルの発光の効率を測定
2008年1月24日
東京大学物性研究所先端分光研究部門
秋山 英文 准教授
東京大学物性研究所先端分光研究部門
安東 頼子 研究員

ホタルの発光は、発光物質ルシフェリンが酵素ルシフェラーゼやマグネシウムやATPなどの補因子の助けにより酸化され、反応エネルギーを光として放出することで起こる。定説となっているデータは、1959年にSeligerとMcElroyによって計測されたもので、ホタルの発光の量子収率(量子効率)は88±25%とされていた。これはルシフェリンの酸化反応が100回行われると88回光るというもので、発光の世界では驚異的に高い。
この定説を追試したのは、東京大学物性研究所の秋山英文准教授らのグループ。このほどホタルなどの生物発光やルミノールのような化学発光の絶対発光量を定量的に計測できる分光計測装置を開発、北米産ホタルの発光の量子収率は41.0±7.4%と定説を覆す結果を発表することとなった。
秋山准教授の専門は半導体で、2002年には、ガリウム(Ga)と砒素(As)を材料とする、断面寸法14 nm×6 nmの世界で最も細い量子細線半導体レーザーの開発に成功している。量子細線は、電子を閉じ込めて移動方向を制限する量子井戸を重ねることで電子を2次元方向で閉じ込めた構造で、半導体レーザーの発振性能を改善できるのではないかと期待されている。
このようなナノレベルで発光する半導体レーザーの開発にあたり、秋山准教授は、微小空間における微量の光に関して、発光の絶対量を計測する技術を10年ほど前から研究し始めた。「光ファイバーのような導線がある光やビーム状に進むレーザーの定量計測はできるが、いろいろな方向に放射散乱する微弱光については光の方向と強さを計測する方法がなかった」と秋山准教授。
そのころ、旧知の産業技術総合研究所セルエンジニア研究部門の近江谷克裕博士(現・北海道大学大学院医学研究科教授)からホタルの光の計測の話を聞き、生物発光の分野でも弱い光の強さの基準がないことを知ったという。
そして、2002年、安東頼子研究員が博士課程の大学院生として研究室に入り、近江谷教授やアトー株式会社とともに、ホタルの光をひとつのターゲットとする分光計測装置の共同開発を始める。
安東研究員がまずホタルの光の計測に関する文献調査を行ったところ、ルシフェリンの2つの光学異性体D体とL体のうち、ホタル生物発光に関与できるのはD体のみで、それがラセミ化(D体とL体が入れ替わり、等量化する現象)を起こすことが勘案されていないことから、SeligerとMcElroyの88%という数値は訂正が必要であること、また、ラセミ化の影響や追試の必要性についてはSeligerとMcElroyら自身の研究グループが認める報告を後にしていることが明らかになった。
2005年には新しい分光計測装置が完成。従来からの装置とほとんど変わらない形だが、発光物質を入れた溶液からあらゆる方向に放射される光の量を校正する方法を開発し、分光した光の全量を発光光子数として絶対単位で評価して、量子収率を計算することができるようになった。この分光計測装置では、すでにルミノールを計測しており、量子収率1.2%という定説と同じ数値を確認している。ただし、ルミノールで安定した数値を出すには条件を整えなければならず、安東研究員は何度も実験を繰り返したという。「溶液に泡があるとうまくいかないなど、測定してみてわかることが多かった」(秋山准教授)。
今回のホタルの計測では、溶液のpHの違いによる発光の違いも見ている。ホタルの発光物質はアルカリ性溶液中では緑色に、酸性溶液中では赤く光ることを、やはりSeligerとMcElroyが報告しており、これまでは緑と赤の発光が入れ替わると考えられて来た。ところが、安東研究員らの研究から、赤の光はアルカリ性溶液中でも出ており、溶液のpHによって変わるのは緑の光だけである可能性が高まった(図)。
次は同じホタルの仲間であるヒカリコメツキムシやテツゾウムシを調べる予定。ヒカリコメツキムシは緑、テツゾウムシは赤の発光が強く、発光の元になるのはルシフェリンだが、ルシフェリンの反応酵素ルシフェラーゼに違いがあるという。
秋山准教授は「絶対発光量が測定できると、今までわからなかった事実が明らかになり、また、いろいろな分野の研究者が共通の光の量の単位を用いて定量的に話せるベースにもなる。例えば、分子イメージングの蛍光物質の明るさはこの製品は○フォトンというように、技術的な基準にもなりえる。今後はこの装置を洗練させて市販品として完成させると同時に、どんな分野で使えるかという例を示していきたい。そうして、世界のいろいろな分野で使ってもらい、さらに改良して、分光計測のスタンダードにできれば」と語る。
光は通信、記録、医療の診断などさまざまな分野で電気に替わって使われるようになっており、今後もその傾向は強まると予想されている。光を測る新しい技術の今後に注目したい。
小島あゆみ サイエンスライター