生殖細胞の存在が、性分化に深く関与していた!
2008年1月10日
自然科学研究機構 基礎生物学研究所 生殖遺伝学研究室
田中 実 准教授

人間の社会では、「男性」か「女性」かが、単に生物学的に区別されているだけでなく、役割としても明確に差別化されがちだ。ところが生物全般を見渡すと、性が不確定で揺らいでいるものも多くみられる。たとえば、カメやワニは温度で雌雄が決まり、クマノミは体の大きさで性が変化するという。基礎生物学研究所の田中 実准教授は、メダカでは、外見の性が「生殖細胞の有無」に左右されることを明らかにした。
東アジアに広く生息するメダカは、体長3センチほどの淡水魚で、流れのゆるい小川や水路などに生息する。日本では北海道をのぞく各地方でみられ、古くから人々に親しまれてきた。飼育が簡単、発生過程を観察しやすい、温度変化に強いといった点から、日本では独自のメダカ研究が進み、最近では東京大学理学系研究科の武田洋幸教授らのグループが全ゲノムの解読に成功している。
メダカの性染色体は、ほ乳類と同じようにXとYからなり、XYをもつものがオスに、XXをもつものがメスになる。田中准教授は、脊椎動物を構成する細胞の性がどのようにして順次決まり、その結果、生殖腺全体の性(精巣か卵巣か)や個体全体の性がどのように最終的に決まるのかを研究している。「メダカは体のつくりが単純で細胞数も少ないが、性分化に関わる遺伝子や基本的な機構がほ乳類と共通しているので、これは使えると思った」。そう話す田中准教授は、2001年に、メダカの生殖細胞を可視化する技術を開発し、その位置を生きたまま追跡する方法を見いだした。
メダカの発生において、生殖細胞(卵や精子になる細胞)は生殖腺の他の細胞が分化するよりもかなり前に出現し、生殖腺が形成されるべき位置に移動していく。今回、田中准教授は「生殖細胞の移動に関わりのある遺伝子(cxcr4)」の機能を抑制し、生殖細胞が生殖腺にたどり着けないようにして、メダカがオスになるか、メスになるかを、大学院生の黒川紘美さんとともに調べた。その際、メダカには生殖細胞で特異的に発現する遺伝子に蛍光タンパク質遺伝子を導入することで、生殖細胞だけが光るように細工しておいた。「実験の結果、生殖細胞のない空の生殖腺をもつメダカは、性染色体レベルの性にかかわらず(すなわちXY のオス型であろうと、XXのメス型であろうと)、外見がオスの形態になることがわかった」と田中准教授。
生殖腺はどうかというと、生殖細胞をもたないメダカは、性染色体がXY であろうと、XXであろうと、オスとメスの中間型の構造をもつ生殖腺に分化したという。「これまでは、生殖細胞がなくても、性染色体がオス型の場合は精巣様の構造を、メス型の場合は卵巣様の構造をもつとされていたが、そうではなかった。さらに、この中間型の生殖腺は遺伝子発現レベルではオス型だということもわかった」と田中准教授。詳細には解析していないものの、生殖細胞をもたないメダカの性行動は、いずれもオス型のようにみえたという。
さらに、性成熟期にみせる第二次性徴もオス型を示した。メダカもヒトと同じように、性成熟期を迎えると性ステロイドホルモンが作られることで第二次性徴が引き起こされ、ヒレの形に性差があらわれる。「性染色体ではオス型だったものも、メス型だったものも、生殖細胞のないメダカの第二次性徴は、すべてオス型を示した」と田中准教授。
今回の成果は、「性染色体によって性が決まる動物でも、体細胞は雄型、生殖細胞は雌型と、細胞固有の性を示すことがわかった。個体が自身の性を決定するにあたっては、この細胞がもつ相反する性を、いずれか一方へと制御することが重要ではないか」という、性分化の新しい概念を打ち出すことになった。「魚類などにみられる性転換は、体細胞と生殖細胞の性の制御機構を変えることでおきるのかもしれない」。そう話す田中准教授は、「性現象のおもしろさは『ゆらぎ』にある。決まってしまわないことが、ある生物にとっては重要なのだろう。こうした『ゆらぎ』の基盤が、ヒトなどのほ乳類にもあるのか。性の原理を追究していきたい」と抱負を語る。メダカによるこうした基礎研究が、ヒトの性分化異常や性同一障害などの解明にも生かされることを期待したい。
西村尚子 サイエンスライター