Nature Careers 特集記事

シークエンシングの新たな時代

2007年12月20日

「安・短・速」のシークエンス時代が到来

昨年来、ゲノム研究を強力に牽引してきたシークエンサー(DNA配列の自動解読装置)の新世代タイプが相次いで商品化されている。シークエンサーとして圧倒的なシェアを誇ってきたABI社(米)製のSOLiD System(通称 ソリッド)、ロシュ社(スイス)傘下の454ライフサイエンス社製のGS FLX System(通称454)、Illumina社(米)製の1G Gemome Analyzer(通称Solexaソレクサ)の3機種だ。いずれも、短い配列をきわめて高速に読め、コストパフォーマンスが良いのが特徴で、従来とは方向性の異なるシークエンスの可能性を開くものとなっている。

現在までにヒト、マウス、線虫、ショウジョウバエ、シロイヌナズナ、メダカ、イネなど、約20種の真核生物で全ゲノムの90%以上が解読されているが、これらのゲノム解読では、ABI社のPRISM3700 DNAアナライザー(通称3700)が汎用された。3700は大きな断片を連続して読むには便利だが、すでに得られているゲノム情報を利用して特定の狭い領域だけ読む「リシークエンス(再解読)」を行うには、解読速度もコストパフォーマンスも、いまひとつだった。こうした背景のもと、次世代の新型には「小回りの利く」シークエンサーとしての期待が集まっていた。

サンガー法に始まるシークエンサー開発競争

1953年のワトソンとクリックによるDNA構造の解明以降、「3つの連続した塩基配列が一つのアミノ酸を指定していること」、「その組み合わせがアミノ酸の種類を決める暗号になること」、「制限酵素でDNAを切ったり貼ったりできること」などが、次々と明らかにされ、分子生物学の扉が開かれていった。1972年には、遺伝子組み換え技術が確立され、生物種の壁をこえて、さまざまなDNA断片をゲノムに組み込むことも可能になった。

1975年には、研究をさらに進歩させる画期的な技術が開発された。イギリスのフレデリック・サンガーとアメリカのウォルター・ギルバートが、それぞれの大学において独自に、DNAの塩基配列を解読する手法を完成させたのである。サンガーの方法では、まず、DNAの基本パーツ(ジデオキシヌクレオチド)の一部にちょっとした改変を加える。次に、基本パーツと改変パーツを混ぜたものを材料に、配列を調べたいDNAの片方の鎖を鋳型にして、もう片方の鎖を人工的に合成させる。このとき、改変パーツは放射性同位体で標識しておき、しかも、これが使われた場合に合成がそこでストップするように細工しておく。得られたDNAの断片を、電気泳動によって短い順に並べ、オートラジオグラフィーを用いて「最後尾の(つまり、改変パーツの)塩基」を順に読んでいけば、それが目的の塩基配列となる。

一方のギルバート法では、解読したい配列の4種の塩基に、それぞれ特異的な化学修飾を施すことで、特定の塩基部位でのみ配列が切断されるようにし、合わせて放射性同位体などで標識しておく。そのうえでサンガー法と同様に、1本鎖DNAを鋳型にして合成し、得られた各断片を短い順に読んでいく。

いずれの方法も世界中の研究者に広く受け入れられ、サンガーとギルバートには1980年にノーベル化学賞が授与された。ただし、安定性や精度の点でギルバート法がやや劣ったため、後に、サンガー法が国際的な標準規格となった。そのころ、時代は、ヒトの遺伝子(とくに疾患関連遺伝子)を突き止めて、その働きを調べる段階へと進んでいた。1985年、アメリカは「ヒトゲノム計画」の概要を発表し、つづく1988年に、ジェームス・ワトソンらが日米欧による国際組織(ヒトゲノム国際機構:HUGO)を設立、1990年に「国際ヒトゲノム計画」が正式にスタートした。

ただし、1980年代半ばの技術では、1000塩基の配列を一人で解読するのに3日も要した。「ヒトゲノム計画を成功させるには、サンガー法による解読を自動化し、蛍光させた塩基をレーザーで高速に読むタイプのシークエンサー(DNA蛍光シークエンサー)が必要」。そう考えたアメリカ政府は、大学などの公的研究所に巨額の資金を投じ始めた。アカデミアの場で技術を完成させ、そこから民間会社を設立して製品化させようとしたのである。その結果、カリフォルニア工科大で細々とシークエンサー開発をしていたマイケル・ハンカピラーらによって、ABI社が設立され、ネブラスカ大学ではライコール社が作られた。同様の状況は、ヨーロッパでもみられた。

大きく出遅れた日本

実は、日本にも、DNA蛍光シークエンサー開発の重要性に気づいていた研究者が少なからずいた。とくに、当時、東京大学理学部物理学教室の教授だった和田昭允博士(現・理化学研究所ゲノム科学総合研究センター 特別顧問)は、世界に先がけてその必要性を訴え、(株)日立製作所(以下、日立)やセイコーウォッチ会社、富士フイルム株式会社などと共同して「和田プロジェクト」を立ち上げていた。

ところが、日本政府の対応は遅く、各省庁の足並みがうまく揃わなかった。また、欧米のように「政府資金→大学や公的研究所→そこで立ち上げた企業での製品化」という流れも生まれなかった。和田プロジェクトの一員でもあり、1982年ごろから一貫してDNA蛍光シークエンサーの開発を進めてきた日立製作所フェローの神原秀記博士は、1988年に自社1号機を発売したものの、業績は芳しくなかった。「当時、日本国内では、外国製品を買うようにとの行政指導もあった」と神原博士。

ただし、神原博士はその後、ヒトゲノム計画を成功に導く鍵となった「キャピラリー式シークエンサー」の普及にきわめて大きな貢献を果たすことになる。それまでの蛍光DNAシークエンサーは、平板のゲルを用いて電気泳動していたが、効率がよいとはいえなかった。そこで、平板のかわりに、内部にゲルを詰めた細いガラス管(キャピラリー)を何十本も使い、それぞれのキャピラリーに並行して大量のDNA断片を流して電気泳動する方法が模索されていた。「当時、キャピラリー式シークエンスが原理的に可能なことは示されていたが、何十本も並べたキャピラリー中のDNA断片を一括してレーザー照射し、高感度でDNA断片を計測する技術がなかった。そこで私は、キャピラリーからDNA断片を溶液流中に抜き出し、流れによりレーザー照射部にDNA断片を運ぶ技術(シースフロー法)を思いついた1」と神原博士。

日立は、さっそくシースフロー法を採用したキャピラリー式蛍光DNAシークエンサー(以下、キャピラリーシークエンサー)の開発を進めた。その後、日立は、神原博士の技術を高く評価したABI社の求めに応じるかたちで同社と技術提携を結び、ABI社は1998年にヒトゲノム計画でも汎用された3700を発売した。さらに日立はシースフローを用いない次世代の技術も開発し、2000年には製造を日立が、販売をABIが担当して3730が世に出され、3730は世界中で圧倒的なシェアを独占していった。

一方で、純国産としては、株式会社島津製作所が理化学研究所と共同で「RISA」というキャピラリーシークエンサーを開発して販売したが、売れ行きは芳しくなかった。結局、日本は技術面で大きく貢献したものの、試薬を含めた事業展開では欧米に大きく出遅れることになった。また、ヒトゲノムの解読そのものも全体の6%を担当するにとどまった。

新型と1000ドルゲノムプロジェクト

図1:ゲノム解析技術の開発史。 | 拡大する

最近市場に出た新型はキャピラリーシークエンサーとなにが違うのか? まずあげられるのは、鋳型となる1本鎖DNAを増やすための方法である。従来型ではオーソドックスなPCR法を用いていたが、454とソリッドはDNAをビーズのまわりに固定して増幅させる「エマルジョンPCR」を、ソレクサはDNA断片の両端をプレートにのせたうえでPCR法を用いる「ブリッジ増幅法」を採用している。さらに、キャピラリーによる電気泳動はせず、蛍光DNAの読み方にもちがいがある。「どの新型も、2次元の平面上で大量の1本鎖DNAを増幅し、塩基別に発光させた像を撮影してコンピューターに取り込み、画像処理して配列を読んでいく点で似ている」。東京大学大学院新領域創成科学研究科教授の森下真一博士は、そうコメントする。たとえば454では、1本鎖DNAが増える際に改変ヌクレオチドが取り込まれると発光反応がおきるようにして配列を読む「パイロシークエンス法」が用いられている。

こうした工夫の結果、解読速度が格段に速まった。たとえば、ソレクサやソリッドでは「1台あたり1日に約3億塩基」と、3730の約100倍も多く読むことができ、解読にかかるコストも安い。ただし、連続して読めるDNA断片の長さは、454で100~250塩基、ソリッドとソレクサで25~36塩基と、3730の800塩基にくらべてかなり短い。

このような新型シークエンサーの開発は、アメリカのNIH(国立衛生研究所)が進める「1000ドルゲノムプロジェクト」に裏打ちされている。プロジェクトの名が示すとおり、30億塩基対にもおよぶ一人分の全ゲノムを、たった1000ドル(約15万円)で、短期間に読むシステムを作るのが目的だ。NIHは、現在約2000万ドルかかる解読コストを2009年までに10万ドルに削減し、その後、2014年までに1000ドルを達成することを目標にしている。

ただし、「全ゲノム」といっても、ヒトゲノム計画のときのように、全てを端から読んでいくわけではない。すでにプロトタイプとして、きわめて精密なヒトゲノムデータがあるので、各個人では、ゲノムを短くバラバラにしたものを新型シークエンサーで素早く読み、それを既存のヒトゲノムデータと照らし合わせていけばよいのである。あとは、ゲノム上重要な領域だけを詳細に解析すれば、その人が病気になりやすい遺伝子をもっているのかどうかといった情報が得られる。

日本の研究者が求めるシークエンスとは

図2:ゲノム解読の高速化。 | 拡大する

日本国内には、1000ドルゲノムプロジェクトを疑問視する声もある。たとえば神原博士は「このプロジェクトは遺伝子探索や機能解明のためには重要だと思うが、自分のゲノム情報を全て明らかにすることで幸せになれるとは思えない」とコメントし、「それよりも細胞の応答に目を向けるべき。今後、私は、細胞一つを単位として、その内部変化や応答をまるごと計測する機器を開発してみたい」と話す。実際、個人のゲノムデータを誰がどのように保管するのか、保険に入る際にデータの提示を求められたらどう対応すべきか、といった倫理・社会的な問題が山積みである。

日本には、1000ドルゲノムプロジェクトに匹敵する計画はない。常にアメリカ主導の下で進んだヒトゲノム計画の二の舞を踏みたくないとの思惑もありそうだが、「各個人に対応するためとはいえ、すでに解読済みのヒトの全ゲノムを再度読むことに重きをおかない」というのも本音のようだ。

その一方で、文部科学省は1990年ごろに始めたいわゆる「ゲノムプロジェクト」を続行しており、現在、4代目にあたる「ゲノム4領域プロジェクト」を推進している。参画しているのは、生物学、医学、バイオインフォマティクスなどの研究者、約450人。それぞれが4領域に分かれ、進化や多様性を探るうえで重要でありながら未解明のままの生物ゲノム、医科学や産業への応用が期待される微生物ゲノムなどを対象に、変異体やcDNAライブラリーの作製、シークエンス(国立遺伝学研究所が担当)、データベースの構築、他種間ゲノムの比較・解析、基本的な生命現象の解明などを進めている。森下博士もメンバーとして、各班があげてきた情報の解析を担当している。

これまでに、領域代表を務める国立情報学研究所教授の藤山秋佐夫博士らの班が、ヒトとチンパンジーではゲノム情報の差が1.23%しかないことを明らかにする2など、多くの成果をあげている。ごく最近では、2007年6月に、森下博士、国立遺伝学研究所の小原雄治博士、東京大学理学系研究科教授の武田洋幸博士らのグループが、メダカの全ゲノムの解読に成功した3

また、現在進行中の研究として、東京大学大学院新領域創成科学研究科教授の服部正平博士らによる「メタゲノム解析」が注目を集めている。自然環境中にはまだまだ多くの有益な細菌類がいると考えられるが、その99%以上は分離や培養が困難なために、ゲノムの実体は未解明のままだった。そこで服部博士らは、土壌中や生物の腸内などに生息する細菌類をそのまま塊として採取し、分離や培養をせずに、そこから直接DNAを分離・断片化してシークエンスする技術を確立した。服部博士らは、この技術を用いて3人分の腸内の常在菌のメタゲノム解析を終えており、約400種もの菌種が存在することや、その約8割が未知のものであったことなどを突き止めている。

以上のゲノム4領域プロジェクトでも、一部で新型のシークエンサーが用いられはじめているが、東京大学大学院医学系研究科助手の橋本真一博士らは、ABI社と共同して、新型シークエンサーでしか実現し得ない「5ダッシュエンド・トランスクリプトーム解析」を進めている。これまで橋本博士は、DNAからの情報が転写されたmRNAを再度DNA(cDNA)に変換したうえで、その末端の14塩基くらい(タグという)を切り出してシークエンスする「SAGE法」を用いて研究を進め、2004年には、その改良版として、末端ではなく先端の19塩基を切り出す新手法(5’SAGE法)を完成させた4。いずれも、どのような配列の遺伝子が、どの程度発現しているのかを調べる手法である。

「5’SAGE法を用いれば、遺伝子の読まれ始める領域(転写開始点)を突き止めることができる。これまでは微量のcDNAの拾うことが難しかったが、新型シークエンサーを使うと理論的には1分子でも拾え、1細胞あたり常時30万個も存在するといわれるmRNAの種類と量を正確に計測することができる」と橋本博士。ABIとのプロジェクトでは、大腸がんの細胞内で発現している全てのmRNAを増幅し、1億2000万にもおよぶタグをシークエンスした。そのうち4000万個について、ゲノムのどこに由来するものかを突き止めたが、その解析結果の感度は、旧SAGE法でのものより100~1000倍も高かったという。

さらに橋本博士は、「今後は、新型シークエンサーのデータと、DNAのヒストン修飾・メチル化領域などのデータを組み合わせることで、がん細胞でのメチル化の異常や、エピジェネティックな遺伝子発現制御メカニズムの解明が進むだろう」とコメントする。

日本の技術を独自に生かす道

ゲノム研究としては、独自の路線で世界トップのレベルを維持している日本。ただし、繰り返しになるが、その成果は欧米の機器に頼ってもたらされたものである。島津製作所は、その後、従来のキャピラリー式ではなく、384本もの流路を刻んだガラスプレートにポリマーをつめてゲルを流すタイプの蛍光DNAシークエンサー(DeNOVA-5000HT)を独自に開発し、すでに販売をはじめているが善戦しているとは言い難い。

「シークエンサーだけでなく、研究者が使う解析ソフトも大半が欧米製のもの。また、日本は、スーパーコンピューターの分野では地球シミュレーターという、世界一の演算能力(2002年当時)をもつ計算機を開発したが、ゲノム分野ではそれが生かされていない」。総合科学技術会議 科学技術連携施策群 主監補佐の柴田一浩博士はそうコメントする。

一方、外資系企業でソフト開発に携わったことのある森下博士は、「アメリカでは、大学や公的研究所の研究者と民間企業の技術者が同等の立場で互いの職場を頻繁に行き来するが、日本では研究者が企業に出向いて議論することが少ない。また、日米では大学研究者の企業への研究依存率にも大差がある。こうしたことが、日米に格差をもたらしたのかもしれない」と指摘する。

今、シークエンサー開発は「1分子のDNAを読む」という、さらに新しい時代へと進みはじめている。すでにカリフォルニア工科大学のチームが元ABI社の社員とともにHELICO SBIOSCIENCESという会社を設立し、実用化を目指している。日本では、岡崎国立共同研究機構 統合バイオサイエンスセンター 戦略的方法論研究領域教授の永山國昭博士らが、電子顕微鏡を用いて1秒間に10万から100万塩基の解析が可能な「テラベース・シークエンサー」の基本技術開発を進めている。永山博士らは、2006年にテラベース社というベンチャーを立ち上げているが、製品化への道のりはやはり険しいとみられている。

「1細胞などのように極微量のDNAやRNAを、増幅せずに、しかも長い配列を連続かつ高速、低コストで読めるようになるのがシークエンスの究極の課題だろう」。理化学研究所横浜研究所ゲノム科学総合研究センターシーケンス技術チーム上級研究員の豊田敦博士は、そうコメントする。アメリカの真似ではなく、日本になじむ産学の連携方法を早急に確立することこそが、日本独自の技術を生かす最善の道のようである。

西村尚子 サイエンスライター

【引用論文】

  1. Kambara,H et al. Nature 361, 565-566 (1993)
  2. The International Chimpanzee Chromosome 22 Consortium, Nature 429, 382-388 (2004)
  3. Kasahara, M. et al. Nature 447, 714-719 (2007)
  4. Hashimoto, S et al. Nucl. Acids Res. (2005) 33 (suppl 1): D550-D552

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