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大腸がんの細胞増殖を抑制するmiRNAを発見

2007年11月22日

国立がんセンター研究所生化学部
中釜 斉 副所長
土屋 直人 研究員
田澤 大 研究員

miR-34aを導入した大腸がん細胞では、細胞の増殖が止まって肥大し、老化様に変化する。 | 拡大する

RNAの研究が進むにつれて、タンパクをコードしないncRNA(non-coding RNA)の役割が注目されるようになってきた。

代表的なncRNAの一つであるmiRNA(micro-RNA)については、細胞の増殖やアポトーシスなどとの関係が徐々に明らかになり、とくにがんの発生や増殖に関する研究が盛んだ。

実験的に用いるsiRNAは特定の遺伝子のmRNAに結合してmRNAを分解するのに対し、miRNAの場合は標的となる遺伝子が1種類のmiRNAにつき100~200種類あると推定される。

miRNA前駆体はヘアピン型のループ構造を持ち、最終的に成熟したmiRNA が、RISC(RNA induced silencing complex)と呼ばれる、タンパク・核酸の複合体とともにmRNAに結合し、mRNAからタンパクへの翻訳を抑制する。

ヒトmiRNAは現在500種ほどが同定され、データベースに登録されているが、未知のmiRNAがさらに同数ほど存在するのではないかといわれている。

国立がんセンター研究所の中釜斉副所長らのグループは、このほど大腸がんに関して、培養細胞の増殖を抑制し、患者のがん組織で発現低下しているmiRNAを同定した。

まず、大腸がんの培養細胞HCT116をアドリアマイシン100ng/mlで処理して細胞増殖を抑制し、16時間後に発現上昇しているmiRNAの同定を試みた。アドリアマイシンはDNAにダメージを与える作用があり、抗がん剤としても使われる。100ng/mlという濃度では、HCT116細胞の増殖は止めるが、アポトーシスは起こさないことが知られている。

解析したmiRNA157種類のうち、アドリアマイシン処理後に発現が2倍以上に上昇したものは7種類。反復実験により、再現性をもって発現誘導されるものとしてmiR-34a、miR-34b、miR-34cのmiR-34ファミリーを同定でき、最も安定的に発現していたmiR-34aは、アドリアマイシン処理後8時間で約3倍、48時間で約10倍にも増加することがわかった。この結果、miR-34ファミリーは細胞増殖と関係するmiRNAと考えられた。

この実験に使った大腸がん培養細胞HCT116では、がん抑制遺伝子p53が正常に働くことが確認されており、アドリアマイシン処理後にmiR-34aの発現量の増加に先行して、p53が蓄積してくることがわかった。

p53が変異している別の大腸がん培養細胞では、アドリアマイシン処理後もmiR-34aが誘導されないことから、「大腸がんでは細胞増殖の停止の際に、miR-34aがp53の蓄積に連動して働くことが示唆された」と田澤大研究員は話す。

続いて、miR-34aが細胞増殖を止める可能性を検証するために、HCT116と別の大腸がん培養細胞RKO(p53は野生型)にそれぞれmiR-34aを導入したところ、予想通り細胞増殖が抑えられた。

また、このときの遺伝子発現変化をマイクロアレイで網羅的に調べると、発現が抑えられた287遺伝子の中に、細胞周期や細胞増殖に関わるE2F転写因子E2F-1、E2F-2と複数のE2Fターゲット遺伝子が含まれていた。さらに、E2F-1のタンパク量についてHCT116とRKOで調べると、miR-34aの導入により発現が抑制されることが確認できた。

miR-34aを導入しない細胞(コントロール群)と導入した細胞を比べると、導入した細胞では細胞周期が止まり、細胞そのものが肥大化する(図版)。これは細胞老化に特徴的な現象であることから、細胞老化の指標であるSA-β-ガラクトシダーゼで染色すると、やはり老化様の変化を起こしていることが明らかになった。

これら一連の実験から、「miR-34aはE2F転写因子やそのターゲット遺伝子の発現を抑制することで、細胞の増殖を止め、がん細胞を老化様に変化させると考えられる」(土屋直人研究員)。

さらに、ヌードマウスに大腸がん培養細胞を移植して腫瘍を形成させ、miR-34aを導入したところ、HCT116細胞では6日間、RKO細胞では4日間、腫瘍の増殖がほぼ停止した。

国立がんセンター中央病院で施行された大腸がん手術で得られた大腸がん組織検体25症例中9症例(36%)でmiR-34aの発現低下が確認された。「大腸がんでのp53遺伝子変異の頻度が4~5割であることを考えると、36%というのは高い数値だろう」と田澤研究員は語る。

この成果が論文発表されたのとほぼ期を一にして、世界の6グループからp53による細胞増殖抑制やアポトーシス誘導作用へのmiR-34の関与を示唆する論文が発表され、miR-34のp53による発現制御に関しては意見が揃いつつあるが、miR-34aによる細胞増殖抑制や細胞老化・アポトーシスの誘導のメカニズムは未解明だ。

生化学部ではすでに大腸がん以外の培養細胞でもmiR-34aが細胞増殖を止めることを確認している。「今後は、miR-34aが細胞増殖を止める詳細なメカニズムと発がんとの関連を解析し、さらにmiR-34aによる細胞増殖抑制にRISCがどのように関わっているかを明らかにしたい」(土屋研究員)。miR-34aを突破口に発がんの新たなメカニズム解明に向けて、研究が始まっている。

小島あゆみ サイエンスライター

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