厄介者の巨大クラゲから、有用ネバネバ成分を抽出!
2007年11月8日
(独)理化学研究所 中央研究所 環境ソフトマテリアル研究ユニット
丑田 公規 ユニットリーダー

地球温暖化が影響しているのか、数年来、日本海で巨大クラゲが大量発生している。クラゲの傘の直径は1メートルにも達し、重さは100キロ以上。暖流の対馬海流に乗って日本海を北上してくるのだが、その際に、定置網や魚を傷つけ、漁業に深刻な影響を与えている。ミズクラゲなどの小さなクラゲが大量発生すると、海水を冷却水に用いている沿岸部の原子力発電所や火力発電所が運転停止に追い込まれることもあるという。その量と大きさから、駆除や解体、廃棄もままならないなかで、クラゲの体から、医薬品や食品添加物として使えそうな有用物質を抽出するのに成功した研究者があらわれた。(独)理化学研究所 中央研究所 環境ソフトマテリアル研究ユニットの丑田公規ユニットリーダー(以下、UL)である。
丑田ULらが抽出したのは、糖タンパク質であるムチンの一種。ムチンは動物の粘液や、ムチンは動物の粘液に含まれるネバネバ成分の総称で、何千種類もあるとされる。抗菌作用や保湿効果をもつことから、すでに化粧品などに利用されているものもあるが、構造が明らかにされていないものがほとんどだという。今回、丑田ULらが新たに発見したのは、ヒトの胃液などの主成分である「MUC5AC」とよばれるムチンによく似たものだという。古事記のなかに出てくる「久羅下」にちなみ、「国を生む」という日本語をもじって「クニウムチン」と名付けられた。
丑田ULは、10年ほど前に細胞の外側の骨格となる成分「ヒアルロン酸」の研究を始めた。「ヒアルロン酸も糖鎖高分子の一種で、その性質はよくわかってきていた。2004年の夏頃、大量発生するクラゲの質感をみて、その大部分がヒアルロン酸のような糖鎖高分子ではないかと直感した」と丑田UL。さっそく、一般的なヒアルロン酸の抽出法をクラゲで試したところ、大量のクニウムチンが出てきたという。
つづいて構造解析を行った結果、クニウムチンは8つのアミノ酸の繰り返し構造からなるペプチド鎖をもつことがわかった。「クニウムチンは、アミノ酸配列も糖鎖の構造も、きわめてシンプルかつ原始的な純度の高いムチンだった」と丑田UL。現状では、クニウムチンのような単純なムチンでも人工的に合成するのが難しい。
丑田ULは、クニウムチンを原材料にして改変を施すことで、免疫作用や粘膜の保護作用などの多彩な機能をもつムチンを人工的に作り出し、抗菌剤、保湿剤、人工胃液、食品添加物などの用途に用いたいと考えている。「クラゲは食用にもなっており、クニウムチンを経口投与しても毒性はないと思われる。また、きわめてシンプルな構造なので、生体に用いても免疫反応やアレルギー反応をおこす可能性が非常に低い」とコメントする。
クニウムチンは、エチゼンクラゲやミズクラゲなどの日本海側でみられるクラゲに共通して大量に含まれることがわかっており、クラゲ約1トンから300グラム程度抽出できるという。「現状では、日本全体で年間数十万トンは発生しているので、ほぼ無尽蔵に原料が存在することになる」と丑田UL。
「クラゲがムチンをもっていたのは幸運だった」と話す丑田ULだが、その幸運は、丑田ULが長年続けてきたヒアルロン酸の研究、ムチンの有用性とマーケット拡大を見抜く先見の明がもたらしたといえる。「回収作業で多少の収入が得られるようになれば、漁業関係者の“ただ働き状態”を軽減することにもつながる」とし、今後は研究者や民間企業の手を借りることで、できるかぎり多くの用途をみつけたいとしている。
西村尚子 サイエンスライター