Nature Careers 特集記事

国は違ってもポスドク過剰は同じ

2007年11月1日

Gene Russo
Naturejobs editor

Nature 449, 1083 (24 October 2007) | 10.1038/nj7165-1083a

多くの政府がGDPの大部分を研究開発に投資し、活気ある科学文化を構築、維持しようと努力している。最終的に国家、経済および社会全体に利益をもたらす科学研究を奨励することがその目的であろう。雇用機会創出にも目が向けられている。ところが、過ぎたるは及ばざるがごとしということもある。

2000年までにポスドクを1万人にするという日本の大胆なイニシアチブの目的は、科学関連の雇用創出を改善し発見を促すことであったが、それは極めて重大な問題に直面した。今やポスドクが過剰となり就職口が不足しているのだ(1084ページ参照)。日本政府は1995年当時、若い研究者らが以前よりも独立性を高め、独自の研究を行う機会を増やすために、ポスドクの数を増やす必要があると認識していた。計画より1年早い1999年にその目標は達成され、2005年にはポスドクは1万5千人となった。そのうち61%は理工学専攻であった。そしてアカデミックな正規雇用ポストの枯渇が始まった。

生物医学を初めとする米国の科学者にとって、この一連の出来事は非常に身近であろう。数年来、米国の学会および科学界のメンバーは、ポスドクの過剰および新参者向けの研究職需要の不足を認識していた(Nature 422, 354–355; 2003を参照)。

日本と米国では文化は異なるものの、ポスドク問題を解決しうる共通のテーマを持っている。全米アカデミーによる「独立への架け橋」(Bridges to Independence)と呼ばれる2005年の報告では、いくつかの解決策が提言されている。ポスドクは自身の研究のための資金をできるだけ多く獲得し、個々の研究責任者の下で働く時間には制限を課され、そのタイムリミットを過ぎたら別の形態の正規従業員になるべきである、というものである。

革新および発見、そして優秀な科学者のために持続可能な研究機会を最大限に促進することを目的とした科学分野の労働力の調整にあたって、各国は共通の課題に直面しているように思える。

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