Nature Careers 特集記事

卵子2つから作られた「二母性マウス」が誕生!

2007年10月11日

東京農業大学応用生物科学部バイオサイエンス学科
河野 友宏 教授

二母性マウスのKAGUYA。 | 拡大する

ほ乳類には、雄と雌の2つの性がある。生物学者は、その理由を「多様な遺伝子の組み合わせをもつ方が生存に有利だから」、「細菌やウイルスなどの有害遺伝子を排除するため」などと説明してきたが、いずれも確証は得られていない。このほど、東京農業大学応用生物科学部バイオサイエンス学科の河野友宏教授は、有性生殖の進化やその制御メカニズムを解く鍵になると思われる大きな成果をあげた。精子を使わず卵子2つから、確実にマウスを誕生させることに成功したのである。

ほ乳類では、雄の精子と雌の卵子が受精して、両者のゲノムからなる2倍体の次世代が誕生する。つまり、子はその遺伝子を、父親と母親から等しく半分ずつ譲り受けることになる。ただし、その発生過程では、精子からの遺伝子と卵子からの遺伝子がまったく同じようにはたらくわけではない。ある特定の遺伝子は、精子からのものだけ、あるいは、卵子からのものだけが使われる。このとき、使われない方の遺伝子は「メチル基」が付加されることで不活性化されている(メチル化という)。こうした遺伝子の発現調節は「ゲノムインプリンティング」とよばれ、発生学の重要な研究テーマになっている。

「私は、精子と卵子のゲノムインプリンティングが、いつ、どのように成立し、それが個体の発生にどう影響しているのかを検討したいと考えた」。そう話す河野教授は、研究を進めるには卵子の遺伝子だけから発生するマウス(二母性マウス)を作ってみるのがよいと確信したという。そのために、まず、卵子(卵母細胞)と精子のゲノム中でどのような遺伝子がインプリンティングされているかを調べ、卵子のインプリンティングのパターンを「精子のパターン」に変換するシステムを開発した。「この手法を用いてマウスの未成熟な卵母細胞のゲノムを精子のパターンに変換し、それと成熟卵子の細胞を融合させることで、13.5日まで胚を発生させることに成功した」と河野教授。

その後、河野教授は、精子のパターンに変換した未成熟卵母細胞のゲノム中で、7番染色体のメチル化領域(父性メチル化インプリント領域)を欠損させると、成熟卵子と細胞融合させた際の成長率が高まることを突き止め、2004年に第1号の二母性マウスを誕生させることに成功した。「日本人なら誰でも知っている女性の名前で、ロマンを感じさせるものをと考え、かぐや(KAGUYA)と名付けた」と話す。

さらに2007年には、7番染色体とともに12番染色体の父性メチル化インプリント領域を欠損させると、ほぼ確実に個体にまで発生させることが可能なことも突き止めた。「生まれた二母性マウスはやや小ぶりだが、生体機能はまったく正常で、通常の交配で子どもを産めることも確認した」と河野教授。現在までに27匹が誕生しているという。

インプリンティング遺伝子は200以上もあると考えられ、これまでに精子側(精子アレル)からと卵子側(卵子アレル)から発現する遺伝子が、それぞれ約40ずつ明らかにされているという。「インプリンティングがなぜあるのかはまだ不明だが、単為発生を防ぐことで母体を保護している可能性などが考えられる」と河野教授はコメントする。

ヒトでは、インプリンティング遺伝子の異常による疾患が多く知られている。河野教授の成果は、インプリンティングの制御機構の理解を促すだけでなく、こうした疾患の解明や治療法開発の糸口にもなりうるだろう。また河野教授は、「ヒトに応用することは許されるべきではないし、技術的にも全く不可能だ」としたうえで、一連の研究が再生医療や不妊治療の基礎的な情報を提供しうるとしている。謎の尽きないテーマに、どこまで迫ることができるか。今後の成果に期待がかかる。

西村尚子 サイエンスライター

「特集記事」一覧へ戻る

プライバシーマーク制度