医療・福祉・生活分野で人と共存する“次世代ロボット”の開発が進んでいる
2007年9月27日

世界で最もロボットが使われている国、日本。国際ロボット連盟の調べによる、主要国における2004年末時点での産業用ロボットの設置台数では、日本は35万6483台と、第2位のアメリカの12万1937台を圧倒的に引き離している。
ロボットのコンテストも世界に類を見ないほど盛んだ。ロボットによるサッカー大会は今や闘いの場を世界に移し、災害救助ロボットなどさらに種目を増やしており、そこでも日本は優秀な成績を収めている。ほかにも、迷路を走るマイクロマウス、制御装置やライントレース機能をつけ、人を乗せた自動走行車椅子のレースなどユニークなロボットのコンテストが目白押しだ。
1980年代から普及し始めていた、主に工場で使われる産業用ロボットに替わり、今後の成長が期待されているのは医療・福祉・生活分野で使われる、つまり人間がいる場所で働く“次世代ロボット”。すでに警備、掃除、お見舞い、病院内でのカルテ運びなど、多様な用途のロボットが開発されており、一部は商品化されている。千葉工業大学未来ロボット技術センター(fuRo)の先川原正浩室長は、「ロボットは人間と違って24時間働くことができ、盗難などの犯罪を起こす心配もないし、災害現場や厳寒地などの極限作業や点検にも使える。安全性が確保され、価格と使用コストが下がれば、人件費を払うよりも安くて使い勝手がいいと判断するケースも多いだろう」と次世代ロボットのメリットを語る。
パワーアシストをするロボットスーツの商品化が間近に
このような次世代ロボットの代表として注目を浴びているのが、筑波大学大学院システム情報工学研究科の山海嘉之教授が世界で初めて開発した“ロボットスーツHAL”だ(トビラ①)。高強度鋼とアルミニウム合金、FRP/CFRP(繊維強化プラスチック/炭素繊維強化プラスチック)樹脂製のサイボーグ型のロボットで、立ち上がり、歩行、階段昇降、スクワットや荷物の運搬といった身体運動を補助・増幅し、高齢者や運動機能障害のある患者などの自立やリハビリテーションを支援したり、介護者の動作を助けたりする。
人間が動こうとするときには脳から運動ニューロンを経て筋肉に信号が伝わり、筋肉が動作する。その際に生じる生体電位信号をHALの皮膚センサが読み取り、パワーユニットにあるコンピューターで制御する。HALは人の意思を読みとってパワーアシストをすると同時に、そのものが自律的に制御されている。また、装着者はHALの重量を感じない構造となっている。高さは全身一体型(23kg)で160cm、1回の充電で約2時間40分稼働できる。下半身型(15kg)もある。
脊髄損傷やポリオによる片脚まひの患者などへの装着で性能を確かめており、今年から医療現場での臨床試験を予定している。
山海教授は大学発ベンチャーであるCYBERDYNE社を2004年6月に立ち上げた。技術の悪用の危険性を排除するために、日本で初めて無議決権を条件に資金を調達。また、家庭内での使用を視野に入れ、住宅メーカーの大和ハウスとも業務提携した。「開発した技術は生みっぱなしでなく育てることが大切。企業を立ち上げたことで、モノの管理、流通、販売の流れがよくわかり、改良につながった。世界中から人や情報が集まることも予想外だった。運用ガイドラインの作成など、世の中にないモノを世に出すのには手続きが面倒だが、いいチャレンジになっている」(山海教授)。
今年8月にはオランダにも拠点を設け、12月には茨城県つくば市に研究開発センターと生産施設の建設を始める。また、来年11月にはつくば市にオープンする日本最大のショッピングセンター内にサイバーダインスタジオ(CYBERDYNE STUDIO)を開く。個人向けのニーズにはレンタルで対応する予定だリハビリやおむつ交換を支援する福祉ロボットも開発が進む東京電機大学工学部知能機械工学科の斎藤之男教授は、義手の開発からスタートし、医療・福祉の分野でのロボット開発を行っている。健常な片側の手をモデルに光造形技術を用いてコンピューターで計測・デザインを行い、手首から先のオーダーメイドの義手を作ることに成功。この方法に石膏による型取りを組み合わせ、世界でもあまり例のない0歳児からの電動義手の作成も可能にした。
今年中には持ち方や持つ物の条件の変化に対応するインテリジェンス義手が完成する予定だ。親指につけた触覚センサが人間の感覚よりも早く物体を認識し、筋電位の変化に合わせて義手を制御する。神経が切断されていて筋電位を捉えられない場合には、筋肉の硬直を感じるタッチセンサが使われる。丈夫で軽い特殊なアルミ合金製の義手本体と小型化したアクチュエータにシリコンゴムのコスメティックグローブをかけたもので、実際の手よりも軽い。
このような義手や義足はロボットのアクチュエータともなりうることから、斎藤教授はその成果をロボットと双方向にフィードバックする形で研究を続けてきた。
現在、手の動きを22通りに分類し、コンピューターで制御するロボットハンドを試作実験中(図1)。当初は378個のセンサをつけていたが、これを必要に応じて減らす形で、より軽く、高性能のロボットハンドに改良していく。「かなり細かい動きができるが、義手としては実際の手に比べるとまだ大きすぎる。小型化、軽量化が課題」(斎藤教授)。
一方、ロボットの動力制御の装置として、2つの油圧シリンダの組み合わせで力と位置を制御するバイラテラルサーボを開発。「スレーブもモータも小さく、瞬発力があるにもかかわらず、ブレーキ効果もあって安全に使える」。
このバイラテラルサーボは、脊髄損傷や脳卒中で手足が不自由になった人のためのリハビリテーション支援ロボット、介護者に大きな負担がかかる、寝たきりの人のおむつ替えを楽にできるようにしたロボット(図2)に使われている。「4年間寝たきりであった頸椎損傷の患者さんがリハビリ支援ロボットでリハビリを続け、自分で食事ができるようになったケースもある。これらのロボットの安全性や材料を検討して、病院や福祉施設での利用を目指したい」と斎藤教授は話している。
実用化が待たれる手術支援ロボット

医療分野でのロボットには期待が高く、とくに手術支援ロボットには、①手術や手技を正確に行う、②低侵襲になる可能性が高い、③操作を止めることで執刀医が休憩できる、④感染のリスクを減らす、⑤遠隔操作で医療過疎地や災害被災地でも手術が可能、といったメリットがあるため、実用化が待たれている。
世界で最も普及している手術支援ロボットは、心臓外科用に開発された、アメリカ製の“daVinci”で、すでに500台ほどが欧米で使われている。
日本でも“da Vinci”の臨床試験が行われ、また国内でも多様な手術支援ロボットが開発されているが、内視鏡を把持するもの以外で実際に手術を行うロボットとして厚生労働省に承認されたものはまだない。現在、厚生労働省と経済産業省がナビゲーション医療(手術ロボット)の審査ガイドラインを策定すべく、準備している段階だ。
東京大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻の光石衛教授は、東京大学・大阪大学を中心とするグループで開発した大腿骨骨折の整復を支援するロボットで臨床研究を行い、好成績を収めている。通常、大腿骨骨折の整復では、医師が整復する位置をX線画像で確かめる必要があり、その際の医師の被ばくが問題となっている。光石教授らの開発したロボットでは、大きな力が必要な骨の整復作業を正確に安全に行うことができる。


2号機を試作した深部脳神経外科手術支援ロボットは、直径1mmの血管に0.1mmの針を通し、8cmの深さにある2cm×2cm大の脳腫瘍を摘出できる“神の手”クラスの手技が可能だ(図3)。低侵襲腹腔鏡下手術支援ロボットでは光ファイバー回線を用いた遠隔操作で、福岡の手術室にいるブタの胆嚢をバンコクにいる医師が操作して摘出することに成功している(図4)。どちらも、医師が操作するマスターマニピュレーターと鉗子がついたスレーブマニピュレーター2本、情報を送受信する部分の3つで構成され、腹腔鏡手術用ではもう1本スレーブマニピュレーターが付く。
人工膝関節置換手術支援ロボットも研究中。今はあらかじめX線やCT(コンピューター断層撮影)の画像から計算し、それをもとに手術室で医師が経験を頼りに骨を削る方法が採られているが、それを現場でのコンピューター制御に任せる。骨を削る厚みを10μmから6μmにすると断面がなめらかで人工関節の固定力も上がることが予想され、それもロボットに生かす予定だ。一方で、滅菌洗浄ができないモータ部分は侵襲部位からなるべく遠ざけ、全体にカバーをかける、磁性のない材料を選ぶといった医療用ならではの工夫もしている。
今後の開発や許認可の方向性は「手術の全行程を自動化できるとしても途中で医師が確認できること、自分専用の使い方ができることがひとつのポイント」と光石教授。また、医療現場では資金に余裕がないため、従来の手術と比べて手術成績がよく、時間もかからず、人件費やメンテナンスも含めたコストも安くないと導入してもらえない。「人工関節手術用であれば、ひざとひじの両方に使えるなど汎用性を高める必要がある。まずはある程度の自信を持って出せる製品を作り出すことが大事」と語っている。
未来の移動体は道路整備を必要としない環境融合型?
自動車とは異なる特徴を持つ、移動体としてのロボットも研究が進んでいる。
fuRoが、工業デザイナーの山中俊治氏が率いるリーディング・エッジ・デザイン(LED)と共同開発した“Halluc”(ハルクツー)はロボット技術と自動車技術を融合したロボットだ(トビラ②)。先端に車輪がついた脚ロボット8体が車体を支える。脚ロボット1体につきモータ7個で構成されており、全部で56個ものモータが使われている。段差をなめらかに上り、タイヤを横にしての縦列駐車もお手のもの。実用化されれば、道路のインフラ整備にかかるコストや手間を省くことが可能になる。
fuRoでは、すでにロボット用の超小型コンピューターを開発しているが、人をよけて高速で移動するひとり乗りのロボットの開発を視野に入れ、ロボット技術者が共通で使えるモジュールの開発を行う予定だ。
人間を知るツールとしてのコミュニケーション・ロボット
人工知能やカメラ、センサの発達とともに、人とコミュニケーションできるロボットの開発が進み、このようなロボットが人間の認知機能や感情を調べるツールとして使われるようにもなっている。
大阪大学大学院工学研究科知能・機能創成工学専攻の石黒浩教授は、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)知能ロボティクス研究所客員室長を兼任しており、ロボットを通して人間を知りたいという思いを込めて、自分と同じ姿形をしたアンドロイドをATR知能ロボティクス研究所で作成し、“ ジェミノイド” と命名した(トビラ③)。
このジェミノイドはふだんはATRに置かれている。阪大の研究室でジェミノイド自体と周囲の環境を映す2つのモニタを見ている石黒教授の唇や体の動きをモーションキャプチャーが読み取り、ATRにあるジェミノイドが言葉や動作として反映する。会議や取材は時折ジェミノイドを通じ、“自分自身を遠隔操作”して行うというから驚きだ。
アンドロイドやジェミノイドを用いて医学者や心理学者と共同研究をする中で、人間の脳や行動に関して興味深い知見が出てきている。「心理学者からは、ビデオ、モーションキャプチャーに続く、第三のツールとして期待できると言われている」と石黒教授。
例えば、“人は視線をどの程度合わせると視線が合っていると感じるか”は人間での実験が難しいが、アンドロイドで多様な視線をセッティングして実験したところ、人間の視線の動きのパターンだけを模倣して顔の左右各7~8度の間で視線を動かしても、相手は視線が合っていると感じることがわかった。
また、ジェミノイドのどこかをつつかれると、遠く離れている石黒教授も同じ部位を触られているように感じるという。その脳の仕組みを脳科学者と解明しているところだ。
皮膚センサや全方位視覚センサ、人工筋肉(直動の電動アクチュエータ)などの開発にも取り組み、その成果をアンドロイドやその他のロボットに生かすとともに、人間行動の研究にも取り入れている。
また、阪大の“生体ゆらぎに学ぶ知的人工物と情報システム”プロジェクトでは、従来の現象をモデル化してロボットに反映するという方法ではなく、生物の細胞・分子ネットワークなど生体のゆらぎを手本にしたロボットの開発を目指している。
石黒教授は2000年にベンチャー企業ヴイストンの創設に参加。阪大石黒研究室、ATRなどとともにTeam Osakaとして大阪市の支援を受け、二足歩行ロボット“VisiON4G”を制作、ロボカップ世界大会で今年を含めて4年連続ベストヒューマノイド賞を受賞している。現在、“VisiON4G”は市販され、「ノウハウを明かしたので、来年からが大変」と石黒教授は笑う。
普及には安全性の確保や法整備、そして人間の“慣れ”が必要
次世代ロボットの普及には新しい産業の創成が期待されている。先川原室長は「操縦免許、修理、中古ロボット販売、保険業など周辺産業も盛んになる。自動車産業がモデルになるのではないか」と話す。
ただ、医療・福祉・生活分野でロボットが普及するためにはいくつかの壁がある。製造物責任法(PL法)や道路交通法のような現行法では、街中で使用されるロボットは想定されておらず、事故が起こったときの責任を誰が取るのかが問題になる。
経済産業省は今年7月『次世代ロボット安全性確保ガイドライン』を発表した。今後はこれがひとつの目安になるだろう。
リスクマネジメントの観点からの慎重論、またそれに対する開発者側からの抵抗がある中で、石黒教授は「交通事故というデメリットがあっても自動車は普及し、電磁波の危険性がはっきりしなくても人は携帯電話を使う。ロボットが今あるシステムよりもメリットが大きいと判断されたら、普及していくだろう」と楽観している。
医療ロボットや介護用ロボットは厚生労働省の承認が必要になるが、普及のためには、まず臨床試験のためのプロトコルなどを整備しなければならない。また、世界各国の承認事情が異なること、遠隔操作を行う場合は例えば外国人医師の医師免許をどうするのかといった点もクリアにしなくてはならない。光石教授は「daVinciなどを導入している国、とくにロボット手術が進んでいるドイツなどで先に臨床試験を行い、日本に導入するほうが早いかもしれない」と話している。
ロボットの仕様や材料などの標準化も競争になってきており、開発段階からのインターフェイスの規格化が必要になる。ロボット開発はリスクが大きく、大手企業がなかなか手を出さない分野といわれている。ベンチャー企業の活性化も次世代ロボットの開発や普及の鍵になる。
この10月には東京・国立科学博物館で『大ロボット博』が開催される。ここでは、からくり人形、アニメ、次世代ロボットと日本が世界に誇るヒューマノイドやロボット文化が紹介される。また、『国際ロボット展』でもさまざまなロボットを見ることができる。多くの科学分野の知見の集大成であり、日本のモノづくりを象徴するロボットを間近で見てみてはどうだろうか。
小島あゆみ サイエンスライター