自己を攻撃しない免疫寛容のしくみを、分子レベルで突き止めた!
2015年2月12日
西川 博嘉
大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 実験免疫学 特任准教授
私たちの免疫系は、非自己のウイルスや細菌が進入してきた場合には速やかに排除し、自己の細胞や抗原に対しては免疫反応をおこさないようになっている。後者は「自己免疫寛容」とよばれ、制御性T細胞が中心的な役割を果たすことが知られていたが、どのような機構で機能を発揮しているのかはよくわかっていなかった。このたび、大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 実験免疫学の西川博嘉 特任准教授らは、「自己に反応するT細胞(CD8陽性T細胞)」が制御性T細胞によって免疫不応答の状態に誘導されることを突き止めた。
自己免疫寛容は、胸腺におけるしくみ(中枢性免疫寛容)と、末梢におけるしくみ(末梢性免疫寛容)とに大別される。前者では、胸腺中のCD8陽性T細胞が排除されることで、免疫反応がおきなくなる(免疫不応答性:アネルギー)が誘導されることが知られているが、後者の末梢における機構はよくわかっていなかった。

「アネルギーという言葉は以前からあるのですが、そのようなT細胞のフェノタイプや存在は十分に解明されてきませんでした。ただし一部で、免疫抑制に関わる分子群が関与していることが示唆されていたので、その実体に迫ろうと考えました」。そう話す西川 特任准教授は、もともと血液・腫瘍内科医で、制御性T細胞をターゲットにがん免疫療法の研究をしていた。がんはがん抗原をもつが、その多くは自己の抗原(自己抗原)で、「がん抗原に反応するT細胞」はアネルギーが誘導されることで免疫系の攻撃を逃れている。がんは、自己の正常細胞が悪性化したものであるからだ。
アネルギーの分子基盤を理解できれば、がん抗原に対する免疫応答も可能になると考えた西川 准教授は、ヒトのT細胞を対象に、制御性T細胞によるアネルギーの誘導のしくみを調べることにした。まず、健康人から末梢血単核球を取り出し、制御性T細胞を除去した。そのうえで、「ある特定の自己抗原」と特異的に結合するCD8陽性T細胞を分離し、それらに追跡可能なラベル(CFSEラベル)を施した。「このようなCD8陽性T細胞群を、制御性T細胞が全く存在しない状態から、同じ量だけ存在する状態まで、さまざまな条件で培養してみました。その結果、制御性T細胞が多くなるほど、CD8陽性T細胞の誘導率が低いことがわかりました」と西川 特任准教授。
次に、制御性T細胞存在下で誘導されたCD8陽性T細胞について、詳しく調べたところ、以下のような点が明らかになったという。
- 一度だけ分裂すると分裂を停止する。
- 制御性T細胞が存在しない状態で誘導されたCD8陽性T細胞にくらべて、自己抗原に対するT細胞レセプターの親和性が低い。
- 自己抗原により再度刺激を受けても、サイトカイン産生や細胞増殖が起きにくく、アネルギー状態にある。
さらに、アネルギー状態を示すCD8陽性T細胞の表面などに提示されている分子を網羅的に解析してみた。「結果として、非常に特徴的なフェノタイプをもつことがわかりました。とくに興味深かったのは、細胞表面にCCR7などのケモカインレセプターなどを発現している一方で、CTLA-4などの免疫抑制分子も発現していることでした。私たちは、アネルギー状態を示すCD8陽性T細胞は、このCCR7とCTLA-4の2種によって厳密に定義できると結論づけました」と西川 特任准教授。
膠原病などの自己免疫疾患の一因には、CD8陽性T細胞のアネルギー誘導の異常があると考えられる。西川 特任准教授らも、皮膚のメラノサイトが攻撃され消滅してしまう白斑症の患者において、CCR7とCTLA-4を発現したCD8陽性T細胞がみられず、アネルギー状態が誘導されていないことを確かめたという。
今回の成果は、自己免疫疾患だけでなく、臓器移植後の拒絶反応の制御や、がん治療にも応用できると考えられる。「私自身は、今回の知見も含めてさらにがん免疫応答抑制ネットワークを明らかにし、がん抗原に特異的なT細胞の活性化法、がん免疫療法の開発を進め、がんを治すことを目指したい」と話す西川 特任准教授。夢の実現に向けて精力的な研究を続けている。
西村尚子 サイエンスライター