光合成の鍵を握る光化学系Ⅱ複合体の結晶構造を解明
2015年1月22日
岡山大学大学院 自然科学研究科 地球生命物質科学専攻 構造生物学分野
沈建仁教授
岡山大学大学院 自然科学研究科 地球生命物質科学専攻 構造生物学分野の沈建仁教授、菅倫寛助教、秋田総理助教、理化学研究所らの共同研究グループは、このほど光合成による水分解反応の触媒である光化学系Ⅱ複合体の構造の詳細をフェムト秒X線自由電子レーザーを用いて明らかにした(Nature 517, 99–103)。これは光合成のメカニズムの解明、また人工光合成のための触媒開発の基礎となる大きな成果だ。さらに、この光化学系Ⅱ複合体は膜タンパクとしてこれまで2.0 Åを超える分解能で構造解析された最大のものとなったことから、今後の膜タンパク質の構造解析の手法としても注目される。

光合成に関わるタンパク質複合体には、光化学系Ⅱ複合体のほかに、シトクロムb6/f複合体、光化学系Ⅰ複合体、ATP合成酵素や電子を伝達するフェレドキシンNADP還元酵素があり、すべてがラン藻や植物の細胞にあるチラコイド膜に存在している。このうち光化学系Ⅱ複合体は膜貫通タンパク質16個と親水性タンパク質3個から成る単量体が2個結合した、総分子量が70万という大きな複合体で(図1)、光エネルギーを用いて水を酸素と水素に分解し、電子を伝達して膜内外の水素イオンの濃度差を供給する、いわば光合成のスタートの役割を担う。
沈教授らは、和歌山県の湯の峰温泉の50℃ほどの温泉に自生するラン藻から光化学系Ⅱ複合体を安定的に取り出す方法を1990年代に開発、その結晶化に成功した。その後、光化学系Ⅱ複合体の構造解析は世界的な競争となり、2011年に沈教授らが高品質の結晶を得て、大阪市立大学の研究グループとともに世界で最も強いX線光源であるSPring-8(Super Photon Ring - 8 GeV)の放射光X線の1.9Åの分解能で構造を示したことでほぼ決着した(Nature 473, 55–60)。この成果は“Science” 誌のこの年の「科学上の10大発見」に選出された。

O5とMn1あるいはMn4の距離が他の酸素原子とMnの距離よりも長いことが明らかになった。 | 拡大する
光化学系Ⅱ複合体には光エネルギーを吸収するクロロフィル、電子伝達を行う成分とともに、水を分解するための触媒となるMnCaO5クラスターが奥深くにあることがわかっていたが、沈教授らはこの研究でMnCaO5クラスターがMn原子4個、Ca原子1個、酸素原子5個、水分子4個から構成されていることを報告。「Mn3個とCaが酸素原子4個と結合しており、外側にあるMn1個とCaに水分子が2個ずつ付いている“ゆがんだ椅子”のような形でした」(沈教授)。また、膜の外側には2800個と大量の水分子が含まれていることも明らかになった。
この構造は実験によって提唱されたモデルや理論予測、X線吸収微細構造による測定とほぼ相違なかった一方で、強く明るい放射光X線を当てると試料が損傷し、構造が変わってしまうことに懸念があった。そこで、沈教授らは試料に損傷のない方法として理化学研究所の研究グループがSACLA(SPring-8 Angstrom Compact Free Electron Laser)で開発したフェムト秒X線自由電子レーザーによる解析法を用い、千個に上る結晶を用意して詳細に調べた。

反応前のS0に電子と水素原子が反応し、S1となる。S1では、Mn1DとMn4Aは+3の価数を持ち、O5と結合しており、ここから電子が引き抜かれ、S2ではMn1DとMn4Aのいずれかが+4となり、+4になった側にO5が引っ張られて構造がゆがむ。Mn1Dが+4になればO5の左側にスペースができるS2左型構造、Mn4Aが+4になればS2右型構造。さらに電子と水素原子が放出されたS3、S4では空いたスペースに近傍の水分子あるいは外から入った水分子とO5が結合してO2となり、O2が排出されてS0に戻る。「恐らく外から水分子が入るのではないかと考えています」(沈教授)。 | 拡大する
このX線自由電子レーザーは、1パルスが100兆分の1秒(10フェムト秒)と極めて短い継続時間で、かつ明るいため、1パルスの照射で結晶構造が壊れるまでにX線回折写真を撮影できる。そこで試料を移動させながら50μm以上の間隔で照射位置を調整して回折写真を撮り、1.95Åの分解能での結晶構造を見た(図2)。
すると、SPring-8での解析よりMn-Mnの距離が0.1~0.2Å異なり、X線吸収微細構造による測定結果とほぼ同等であることがわかった。さらに、5番目の酸素原子(O5)とMnの1番目(Mn1)及び4番目(Mn4)との距離は他の4個の酸素原子に比べて際だって長いというSPring-8での解析結果は今回のX線自由電子レーザーでの解析でも同様で、ただ距離が0.3Å程度短かった。「O5とMnの位置はSPring-8の放射線損傷によって長くなったのかとも考えていましたが、そうではなく、無損傷の構造でも距離が長くて不安定であり、ここでO=O結合ができてO2となっているのではないかと予想しています」(図3)。
沈教授は今後、タンパク質の時間的な構造変化を追える高精度高速時分割構造解析法を利用して、「この水分解作用の段階ごとにMn4CaO5クラスターの構造変化を観察したい」と抱負を語っている。人類の夢である人工光合成に向け、さらに大きな一歩が始まっている。
小島あゆみ サイエンスライター