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生きたマウスの脳のシナプスを観察する「ラボ・オン・ブレイン」を開発

2014年11月27日

東京大学大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻
一木 隆範 准教授

脳機能の解明に欠かせない、生体の脳細胞をありのままの状態で観察する技術は、その実現が期待されている。このほど東京大学大学院工学系研究科の一木隆範准教授は、同大学院医学系研究科の河西春郎教授、長岡陽氏、奈良先端科学技術大学大学院の竹原宏明特任助教らとともに、生きたマウスの脳の神経細胞の樹状突起(シナプス)を観察する方法を開発し、シナプスにあるスパイン(棘突起)を外から光や薬物によって刺激して、スパインの情報伝達の強度の変化やその変化が2日間以上持続することを明らかにした。(Scientific Reports 4, Article number: 6721 )。

マイクロオプト流体デバイスの仕組み
観察はマウスに麻酔をかけて行う。マウスがふだん動き回っているときにはアルミニウムの蓋がかぶせられ、チューブの先端には滅菌効果のある銀のワイヤが詰められている。 | 拡大する

一木准教授らは、微細加工技術を用いて、髪の毛の細さほどの試薬用の流路や、試薬の導入と排出のためのチューブが付けられた、直径2.7 mm、厚さ450 ㎛のマイクロオプト流体デバイスを作製し、マウスの頭部に装着した(図上、中)。「マウスの脳はピーナツの大きさくらいです。頭蓋骨の穿孔用ドリルはドイツ製の直径2.7 mmのものが最小だったため、この直径を目安としてデバイスの大きさを決めました」と一木准教授。

このマイクロオプト流体デバイスの上部には、2光子レーザー顕微鏡で観察できる直径2 mmのガラス窓がある。2光子レーザー顕微鏡は、生体中の細胞を1 ㎛未満の高解像度で観察できる光学顕微鏡。一木准教授らはマイクロオプト流体デバイスと2光子レーザー顕微鏡を用いて、1カ月以上にわたり、神経細胞のネットワークやスパインの微小な構造の変化を観察した。「シナプスの電気的な情報伝達の効率とスパインの体積には正の相関があることが知られており、この方法によって神経細胞の機能評価ができるようになります」。

さらに、マイクロ流路に流した光解離性試薬(光で離れる物質を付けたグルタミン酸など)をレーザー光で分解させて、スパインを繰り返し刺激し、任意のスパインの大きさを変えることにも成功した(図下)。

装着にあたっては、さまざまな課題があり、工夫を凝らした。頭蓋骨やその下にある硬膜をはずすと、そこから脳脊髄液が流れ出てしまったり、感染や炎症が起こったりする。そこで、頭蓋骨はドリルでなるべくゆっくりと切除し、脳へのダメージを抑えた。また、硬膜の切除にはタンパク分解酵素を使用。「硬膜の表面のみにタンパク分解酵素を付けるためにゲルビーズにタンパク分解酵素を担持させて、切除したい部分にそっと接触させて柔らかくし、ゆっくりとはがしました。ヒトの脳手術のような方法では炎症が起こって、炎症細胞など別の細胞が増え、目的とする神経細胞1つ1つを見ることができません。また出血するとガラス窓が曇って見えなくなります。そのため、あらかじめ硬膜の血管を焼灼して止血しています」。

光解離性試薬(ケージドグルタミン酸)で特定のスパインを継続的に周期刺激した結果
刺激前(-4分)、刺激してから61分後、2日後に観察した。左がケージドグルタミン酸で刺激した場合、右はケージドグルタミン酸を阻害する薬剤を使った場合(レーザー光による物理的刺激の影響を確認するための参照実験)。左はスパインの大きさが変化しているのがわかる。 | 拡大する

脳が拍動するため、デバイスと脳の隙間にアガロースゲルを敷き、2光子レーザー顕微鏡で観察する際の画像のぶれを防いでいる。「液体を通すアガロースゲルは硬膜の替わりにもなっています」。入れる試薬の量の加減や管をつなぐ際の空気の排除などもノウハウを蓄積した。

このマイクロオプト流体デバイスを使う「ラボ・オン・ブレイン」(脳の小さな実験室)には、脳へのダメージが少ない、空間と時間の情報を同時に取れるという特徴とともに、省エネルギー、省物質というメリットもある。

「今後は、記憶や学習のメカニズムといった脳機能の解明だけでなく、統合失調症や躁うつ病などの疾患マウスの観察から病態研究や薬の効果・副作用を調べるのにも使えればいいと考えています」。

一木准教授は体液に含まれるエクソソーム(細胞内の代謝物を含み、細胞外に排泄される小胞顆粒)中のマイクロRNAをバイオマーカーとするマイクロチップ型の迅速がん診断デバイスについても研究している。

「ラボ・オン・ブレイン」のような体内への侵襲を少しでも抑えて生体を観察する方法は、今後、体外診断デバイスやウェラブルコンピューターのような体表面から情報を得るデバイスと機能や仕様が近づいていくかもしれない。一木准教授らのこれからの研究の発展が期待される。

小島あゆみ サイエンスライター

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