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長寿遺伝子として知られるSIRT1の活性化で、ALSのモデルマウスが延命!

2014年11月13日

山中宏二
名古屋大学 環境医学研究所 教授

ヒストン脱アセチル化酵素の一つSIRT1は、抗老化作用や細胞のストレス耐性を高め、発現量を増やすことで実験動物の寿命がのびることが知られている。このほど、名古屋大学 環境医学研究所の山中宏二教授らは、SIRT1に運動ニューロンの保護作用もあることを突き止め、筋萎縮性側索硬化症(ALS)のモデルマウスに延命効果をもたらすことを明らかにした。

SIRT1の活性化が、変異SOD1タンパク質の蓄積や毒性を軽減するメカニズム | 拡大する

ALSは、大脳から筋肉に指令を出す運動ニューロンが変性し、死滅していく進行性の難病。認知機能や感覚は正常なままで、全身の筋肉だけが麻痺していき、発症2〜5年で自発呼吸ができなくなる。患者の運動ニューロンやグリア細胞には特定の異常タンパク質が凝集体をつくって蓄積するが、この現象がどのようにして運動ニューロンの傷害と結びつくのかについては、よくわかっていなかった。

「原因不明で、最も治療が困難とされるALSに興味をもち、2001年の米国留学を機に研究をはじめました」。そう話す山中教授は、帰国後もALSのモデルマウス用いて研究を続け、運動ニューロンにおける病的変化が発症の引き金となり、グリア細胞における病的変化が病気の進行に関与していることなどを明らかにしてきた。

今回は、細胞周期、老化、アポトーシス、代謝、炎症、ストレス抵抗性などに関与し、脳内でも発現しているSIRT1をターゲットにALSとの関連について調べた。最近になって、SIRT1の機能を高めることで、アルツハイマー病やパーキンソン病などのモデルマウスに治療効果がもたらされると報告され、ALSでも検証しようと考えたからだ。

まず、名古屋大学理学研究科の木下専教授と共同で、脳と脊髄でSIRT1を通常の約3倍多く作り出す遺伝子改変マウス(SIRT1マウス)を作出した。「SIRT1の発現増強がマウスの行動に影響するかを検証するため、記憶、認知、運動、不安など各種の行動解析試験を行いましたが、影響はみられませんでした。平均寿命も正常マウスと変わりませんでした」と山中教授。

次に、ALSモデルとして汎用されている「SOD1遺伝子変異を全身に発現するマウス(SOD1マウス)」とSIRT1マウスを交配し、得られたマウス(SOD1- SIRT1マウス)を用いて同様の実験を試みた。活性酸素を除去するSOD1遺伝子に変異(1アミノ酸の変異)があると、遺伝性ALSを発症することがわかっており、ALS患者の約2%は、この変異によるとされる。「異常なSOD1タンパク質が凝集して神経系に蓄積すると、神経細胞死が引き起こされるのですが、メカニズムはよくわかっていません。しかし、異常タンパク質を減らすことができれば治療につながると考えていました。」と山中教授。

実験の結果、SOD1- SIRT1マウスにおけるALS発症時期に変化はなかったものの、病気の進行が遅れ、生存期間が約15日も延長することがわかったという。分子レベルでも詳しく検討したところ、SIRT1が活性化することで、その下流の転写因子(HSF1遺伝子)が脱アセチル化されて活性型となり、HSP遺伝子(HSP70i)の転写を促進していることが明らかになった。HSP70iは、異常タンパク質の折りたたみを修復して正常化を促す分子シャペロンとして知られる。このとき、SIRT1の活性化にともなって、脊髄中の変異型SOD1タンパク質の蓄積量が少なくなることも確かめたという。

一連の結果は、SIRT1がHSF1とHSP70iの経路を活性化することで、変異SOD1タンパク質の蓄積と毒性を抑制し、運動ニューロンの保護作用と生存期間の延長をもたらしたことを強く示している。山中教授は「遺伝性ではないALSでは、別のタンパク質(TDP-43)が異常に蓄積しますが、ここでもHSP70経路が関与していると予想されます。SIRT1を活性化する化合物を開発できれば、ALSの治療薬開発につながるかもしれません」と話し、ALSのさらなる病態解明に取り組んでいる。

西村尚子 サイエンスライター

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