2種類の原子が交互に並ぶ“原子の鎖”の作製に成功
2014年10月23日
独立行政法人 産業技術総合研究所 カーボンナノチューブ応用研究センター
千賀 亮典 研究員
原子を操作して、一次元に安定的に並べ、観察するという物理学や工学の研究者たちの長年の夢が実現した。独立行政法人 産業技術総合研究所 カーボンナノチューブ応用研究センターの千賀亮典研究員、末永和知首席研究員らのグループは、このほど2種類の原子が交互に1列に並ぶ鎖状の結晶を作製し、電子顕微鏡で観察することに成功した(Nature Materials 13, 1050–1054)。

これまで報告されている“原子の鎖”は、金、銀、炭素など、ある1種類の原子から構成される分子に真空下などで電子線やイオンビームを当てて少しずつ削り、一次元にしたものがほとんどで、数秒ほどで壊れるものであった。「今回のように荷電した2種類の原子が1列に規則正しく安定的に並ぶ現象は観測されたことがなく、実際にできるのかどうかもわかりませんでした。私たちは原子の鎖を作るには、原子を直線的な細い空間に閉じ込めるといいだろうと考え、カーボンナノチューブ(CNT)を用いました」と千賀研究員は説明する。
今回使った材料はヨウ化セシウム(CsI)で、低圧でガス状にしたものをCNTとともに置くことでCs+とI-が交互につながる鎖となった。CsIを選んだのは、原子番号が大きい=重い元素ほど電子線を当てたときに試料の表面から発生する2次電子の発生量が大きく、電子顕微鏡で明るく見える傾向があるからだ(Csは53、Iは55と原子番号が比較的大きい)。

Cs+の直径は0.34 nm、I-の直径は0.44 nmで、1列に並べるためには直径が1 nm(10億分の1 m)以下のCNTを作る必要があり、千賀研究員らはこの細くて不安定なCNTを補強するためにCNTを二重にすることにした。
CNTには細かい孔が開いていて、孔の部分はポテンシャルが低く、ファンデルワールス力によって周囲の物質を引き込みやすい。「CNTがどこから原子や分子を取り込むかには議論があり、両端だけでなく、表面上にも孔が開いていて、そこから周囲の原子や分子を取り込むという説もあります。今回の実験では内側の細いCNTのみに鎖ができていたので、両端からのみ原子が入っている可能性が高いと考えています」。
この極細のCNTの中にCs+とI-は交互に入り、「入ったときには自由度が高く、動いていても、逆の電荷の原子を引っ張り、結合することで安定し、これを繰り返して成長していくようです。実験では数時間反応させていて、実際にどのくらいの時間でどのくらいの長さの鎖となるのかは条件によって変わると考えられます」。また、この原子の鎖は半永久的に安定で、CNTが1 μm以上と原子の大きさに比べてかなり長い場合でも鎖が作製できることが明らかになった。
なお、物質をガス状にしてCNTと反応させることはCNTにフラーレン(C60)を入れる際に用いられる方法から発想したもの。CNT内での物質の挙動を見る研究では液状にした物質にCNTを浸けるという方法が主流だが、千賀研究員らの実験結果によると、CNT内に入るのはガス状の場合は入れた原子の9割以上、液状では1割くらいと効率が全く異なっていた。
このCNT内の原子の鎖を観察できるようにしたのが、末永首席研究員が開発した収差補正型電子顕微鏡システムだ。電子顕微鏡では電子線の加速電圧が強すぎると、CNTのような金属ではない試料は壊れてしまう。一方で加速電圧を下げると高い分解能が得られない。末永首席研究員らは60 kVという超低加速電圧を用いながら、球面の収差補正を行い、0.1 nm程度の分解能を持つ電子顕微鏡を作製。今回の研究では、電子が試料を透過する際に失われるエネルギーを測定して物質を解析する電子エネルギー損失分光法(EELS:Electron Energy-Loss Spectroscopy)と組み合わせることで、原子1個の観察を可能にした。「CNTの中に写っている白い点の並びをEELSで元素ごとに色分けした際、2色が交互に並んだのを見て驚きました」と千賀研究員は振り返る。今回の研究で、元素番号が大きいIよりもCsの方が明るく見えたことについては「CsはIよりも自由に動き回っていて電子の散乱が大きく、そのため明るく見えていると予想しています」。
もう一つ、観察から明らかになったのが、ところどころ1原子の欠陥が見られること、そして、I原子が抜けると電子の放出、Cs原子が抜けると電子の受け取りがしやすいことだ。「密度汎関数法を用いた光吸収スペクトルの理論計算上は、正電荷と負電荷のどちらの原子が抜けるかの割合は変わらないのですが、実験ではCs+のような正電荷の原子の欠陥が生まれやすい。その理由をこれから突き詰めていくところです。この理由がわかれば、積極的に欠陥を作ることもできるようになるでしょう」。
理論計算上では、Cs+の欠陥部分からは200〜300 nmの紫外線領域の波長の光を放出することができる。この電気エネルギーの光への変換が可能になれば、将来的には原子数個の並びの中に原子1個の欠陥を作ることでレーザー光源、光スイッチ、発光プローブ、光記憶デバイスなどにできるかもしれない。
千賀研究員らは、CsやIの性質を詳細に調べるとともに、フッ素、塩化ナトリウム、リチウムなど身近な元素でも原子の鎖を作り、その電気的な性質や化学的な性質、結晶の作られ方などを見ていく予定だ。また、「原子の鎖自体を電子顕微鏡のマニピュレーターで引き抜き、応用しやすくすることも考えています」。この画期的な研究の今後がますます期待される。
小島あゆみ サイエンスライター