リンパ球の全身移動の分子メカニズムに迫る!
2014年10月9日
片桐 晃子
北里大学理学部生物科学科 教授
生活環境中には無数の微生物が存在しているが、私たちはそう簡単には感染せずに済んでいる。免疫システムが病原体などの異物を監視し、侵入時にはすみやかに攻撃して排除するからだ。その際に重要なのは、攻撃部隊となるリンパ球が血管内皮細胞と接着し、リンパ組織や感染部位へ移動することだとされる。このほど、北里大学理学部の片桐晃子教授らは、接着の鍵を握る因子を突き止め、詳細な分子メカニズムの一端を明らかにした。

免疫システムが常に全身を監視できるのは、リンパ球が血流に乗って全身をめぐり、必要な時に適切な部位の血管内皮細胞に接着し、そこを通り抜けて目的部位に到達できるからだ。接着活性は、リンパ球が血管内に留まっている時にはオフになっているが、リンパ節や感染部位の血管内皮細胞からケモカインが提示されるとオンになり、活発な移動を始める。「こうしたしくみは、リンパ球上に発現する接着分子(LFA-1)がダイナミックに変化することで発揮されますが詳細についてはよくわかっていませんでした」。片桐教授はそう話す。
これまでに片桐教授らは、ケモカインの刺激を受けてLFA-1の活性を上昇させる細胞内シグナル伝達分子を探索し、低分子量Gタンパク質のRap1を同定。より下流の標的分子として、2種のタンパク質(RAPLとMst1)も単離した。「これらの分子の検討により、細胞側ではRap1の下流でMst1が機能し、このことが小胞輸送を介したLFA-1の局在化を促し、リンパ球の接着や遊走を促進させることを突き止めました。ただし、輸送の細かいしくみや、Mst1が輸送にどう関与しているのかといった点は不明のままでした」と片桐教授。
今回は、LFA-1を欠損したマウスを作製し、LFA-1の小胞輸送について詳しく解析した。その結果、ケモカイン刺激によって活性化されるMst1は、Rab13というタンパク質と相互作用することでLFA-1を特定部位に輸送していることがわかったという。「さらに、Mst1によって別のタンパク質(DENND1C)がリン酸化され、このことがRab13を活性化し、Rab13を荷札として機能させてLFA-1を極性輸送していることがわかりました。LFA-1が局在すると、リンパ球は血液に流されずに血管内皮細胞に強固に接着し、それを足場に移動できるようになるのです。この過程には『停止(arrest)』と呼ばれる接着の第1ステップが存在しますが、興味深いことに、そこにMst1は関与していませんでした」。片桐教授は、そうコメントする。
Rab13の変異とヒトの疾患との関わりはわかっていないが、Rab13欠損マウスでは2次リンパ組織(脾臓、リンパ節)の形成が不全になるという。今回のようなリンパ球の動態メカニズムは、免疫異常に基づくさまざまな炎症性疾患の治療に役立つと予想され、LFA-1に至るシグナル伝達系も新たな創薬ターゲットになると期待できる。
Rap1に着目し、一貫して免疫細胞の接着に関連するシグナル伝達系の解析を進めてきた片桐教授。「今後は、第1ステップがどのように生じるのか、そして第2ステップ以降においてMst1がどのように機能しているのかを検討し、リンパ球の生体内移動を制御する分子機構の全容に迫りたいと考えています」と意欲を燃やしている。
西村尚子 サイエンスライター