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てんかんや多動にも関与する、「シナプスを変化させるしくみ」を新たに発見!

2014年9月11日

有賀 純
長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科 医科薬理学分野 教授

ヒトの脳では、膨大な数のニューロンが複雑なネットワークを作ることで、記憶、学習、思考、情緒などの高度な能力を発揮している。統合失調症やうつ病などはこうしたネットワークの不具合によると考えられており、ニューロンどうしの接続部位であるシナプスのメカニズムに注目が集まっている。このほど、長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科の有賀 純教授らは、海馬の特定のニューロンに発現するタンパク質がシナプスの変化(可塑性)を制御していることを突き止め、このタンパク質の異常がてんかんや多動症にも関与していることを明らかにした。

ELFN1欠損マウスにみられたmGluR7の分布異常(海馬のCA1領域)
+/+は正常マウス、-/-はELFN1欠損マウスのもの。緑はmGluR7の分布、赤は抑制性ニューロンを示す。 | 拡大する

シナプス部位では、一方のニューロン(シナプス前部)からグルタミン酸などの神経伝達物質が放出され、他方のニューロンの細胞表面(シナプス後部)にある受容体に受け取られることで、情報が伝達する。ニューロンには、ネットワークを活性化させる「興奮性ニューロン」と活性を抑える「抑制性ニューロン」とがあり、両者が協調してはたらくことでバランスが保たれるようになっている。

今回、有賀教授らは、海馬の抑制性ニューロンに発現するELFN1というタンパク質に注目した。「高次脳機能と関連する遺伝子をデータベースで網羅的に調べたところ、脊椎動物の中枢神経系の進化において、ある特定の膜タンパク質ファミリーが重要な役割を果たしたのではないか、との仮説に至りました。ELFN1もこのファミリーの一つだったので調べることにしたのです」と有賀教授。

ELFN1はシナプス後部にあって、シナプス前部からの神経伝達物質の放出を制御していることが知られていたが、どのような分子と結合し、どのような機能と関連しているのかは謎だった。有賀教授らは、ラットやマウスを対象にELFN1遺伝子を過剰発現させたり、逆に欠損させたりし、シナプスでどのような変化がおきるのかを調べた。さらに、行動の異常についても検討した。

「過剰発現によって、ELFN1の発現領域にグルタミン酸受容体(mGluR7)をもつ神経突起が集まってくることがわかりました。一方で、生化学的な実験によりELFN1とmGluR7の分子間結合についても解析し、ELFN1がmGluR7と結合することを明らかにしました」と有賀教授。また、ELFN1を欠損させたマウスでは、mGluR7が集積すべき部位にmGluR7が集まらなくなることも突き止めた。

さらに、ELFN1欠損マウスを対象に、さまざまな行動解析を行った。すると、ヒトのてんかんのようなけいれん発作を示し、意味もなく動き回る(多動)、警戒心が小さいなどの行動異常がみられることがわかった。「脳波計測と海馬のシナプス可塑性の電気生理学的解析を行ったところ、振幅の大きな異常脳波が頻発していました」と有賀教授。

一方で有賀教授らは、てんかんと多動症の患者を含む複数人を対象にELFN1遺伝子の変異の有無ついても調べた。その結果、患者でのみみられる変異が3種類みつかり、いずれもタンパク質のある特定部分の構造を異常にしていることがわかったという。これらの変異をもつELFN1はmGluR7をもつ神経突起を寄せ集める活性が低いことも確かめた。

一連の結果は、ELFN1がmGluR7と結合することがシナプス前部へのmGluR7の集積を促し、抑制性ニューロンへの入力のシナプス可塑性を調節していることを強く示している。有賀教授は「ELFN1が欠損すると抑制性ニューロンの機能が損なわれ、ニューロンの過剰な興奮が生じ、結果としててんかんや多動などの行動異常に結びつくものと予想できます」と話す。

細胞膜上の受容体は、さまざまな薬の標的分子にされているが、シナプス膜上には、未だに機能が未解明な受容体が多く残されている。今回の研究は、その一端を解明したといえ、今後の研究によって、シナプスの可塑性、高次脳機能、シナプス機能の異常と関連した疾患の理解や創薬が進むと期待できる。

「高校の頃にフロイトやユングなどの心理学に興味をもち、そこから医学部に進んで、ヒトの脳の研究に至りました。ひきつづき、遺伝情報がどのようにして高次脳機能を支えているのか、どのようにヒトが高次脳機能を獲得したのかといった謎の解明を続けたい」と有賀教授。さらなる研究の日々が続く。

西村尚子 サイエンスライター

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