DNAメチル化が細胞分裂を経ても維持される仕組みを解明
2014年7月24日
名古屋市立大学 医学研究科 生体機能・構造医学専攻 細胞生化学
中西 真 教授
DNAの塩基配列情報(ゲノム)だけに依存しない遺伝の仕組み、エピジェネティックスには、主にDNAのメチル化と、DNAに巻き付くタンパク質であるヒストンの修飾の2つによるものが知られている。このうち、DNAメチル化について、メチル化された塩基が複製の過程で維持されるメカニズムを、昨秋、名古屋市立大学 医学研究科 生体機能・構造医学専攻 細胞生化学 中西 真 教授らが明らかにした。 (Nature 502, 249–253)。

図中:細胞分裂後の新生鎖ではヒストンH3がUhrf1(ヘミメチル化DNA結合タンパク質)によってユビキチン化され、それを目印にDnmt1(維持メチルトランスフェラーゼ1)がメチル化のパターンを複製する。
図下:明らかになったUhrf1のドメイン構造。 | 拡大する
DNAメチル化は細胞の分化や老化、がん化などに重要な働きを持つ。その多くはシトシンとグアニンのホスホジエステル結合(CpG配列)が連続している部分のシトシン塩基の5位炭素原子にメチル基が付くもので、DNAの二重鎖のうちの両鎖に認められる。しかしながら、細胞分裂の際の半保存的DNA複製過程においてはメチル化の複製は行われず、鋳型鎖のみがメチル化されたヘミメチル化DNAが生まれる(この時点で新生鎖はメチル化されていない)。メチル化のパターンは細胞の種類を決める鍵となる情報であるため、細胞分裂後に維持メチルトランスフェラーゼ1(Dnmt1)がヘミメチル化から両鎖メチル化への変換を触媒する。この複製直後のヘミメチル化DNAから両鎖メチル化DNAへの変換にはヘミメチル化DNAに特異的に結合するヘミメチル化DNA結合タンパク質(Uhrf1)が不可欠であることが知られている(図上)。ただ、このようにDNAメチル化のパターンを維持する主な役者は明らかであったものの、そのシナリオは不明だった。
中西教授や西山敦哉講師らのグループは、ヘミメチル化DNAに結合したUhrf1がヒストンの一種であるヒストンH3をユビキチン化し、これを標的として、Dnmt1がヘミメチル化部位に集積することがDNAメチル化維持に重要な役割を果たすというシナリオを解明した。
中西教授らが用いたのは、アフリカツメガエルの未授精卵から抽出した液に脱膜処理をした精子の核を入れた無細胞の実験系で、細胞の分裂間期(細胞分裂の決定や準備を行うG1期から、DNAを複製するS期、細胞が2つに分裂する準備期間であるG2期まで。有糸分裂と細胞質分裂が起こるM期と次のM期の間)の活性を持っており、細胞周期やDNAの複製などが観察しやすい。この卵抽出液にDNAメチル化に使われるS-アデノシルメチオニンのメチル基を放射性同位体で標識して加えたところ、DNAの複製とメチル化の維持が再現されることが確認された。さらに、卵抽出液からDnmt1を除くと、Uhrf1がクロマチンに蓄積し、ヒストンH3がユビキチン化されることがわかった(図中)。Dnmt1とUhrf1をともに除くと、この現象は起こらず、Uhrf1がユビキチン化に必須であることが明らかになった。また、ユビキチン化されたヒストンH3はDnmt1と特異的に結合することが示され、Uhrf1がヒストンH3をユビキチン化し、それを目印にDnmt1が結合して、メチル化の維持を行っていることが示唆された。さらに、Uhrf1によるヒストンH3ユビキチン化部位や、Dnmt1分子のユビキチン化ヒストンH3に結合する領域も同定した(図下)。
「ヒストンH3分子のユビキチン化される領域はメチル化やアセチル化という別のヒストン修飾も受けられる部位で、先にメチル基やアセチル基が付いているとユビキチン化されず、Uhrf1やDnmt1が寄って来られず、DNAのメチル化が維持されません。この領域の修飾をコントロールすることで脱メチル化を誘導し、DNAメチル化の書きかえに使える可能性があります」(中西教授)。
また、最近では、城村由和助教らとともに老化の分子メカニズムに関する新しい知見を報告した(Molecular Cell Volume 55, Issue 1, p73–84)。
老化は、がん抑制遺伝子であるp53やRbがその誘導に大きな役割を果たしており、逆にがん細胞が老化することなく増殖を続けるのは、この2つの遺伝子の欠損や変異が関係すると考えられている。ただし、p53遺伝子やRb遺伝子を遺伝子操作で強制的に細胞に入れるだけでは細胞は老化しない。そこで、中西教授らは、生きたままで細胞の老化過程を追ってみようと考えた。皮膚や網膜から採取した正常細胞に細胞周期の進行を観察できる蛍光プローブを入れ、紫外線を当てるなどの方法で老化を促進し、顕微鏡で観察した。同様に細胞老化を誘導する要素として、がん遺伝子やがん抑制遺伝子の活性化・不活化、細胞の分裂回数を決めるテロメア(特徴的な反復配列を持つDNAの端の部分)の長さ、DNA損傷、酸化ストレスなどについても解析を行った。
すると、老化した細胞はG1期、S期、G2期を経た後にM期を経ずにG1期に向かい、G2期で倍化したDNAがそのまま残っていた。そして、M期を回避させているのはp53遺伝子であり、p53遺伝子をG2期の細胞に強制的に一過的に発現させるだけで、ほとんどの細胞が老化することがわかった。p53遺伝子の働きは、細胞周期を同調して実験したことによって明らかになったわけだ。
さらに、中西教授らは、皮膚の良性腫瘍である母斑(黒子)の細胞を調べた。「母斑は、がん遺伝子Rasの活性化によって働く遺伝子BRAFの変異に関連して老化している状態であるという報告があり、老化を調べるのに向いているのです」。そして、母斑細胞ではG1期で通常の細胞の倍の量のDNAを持っていることも突き止めた。つまり、母斑の細胞では上記のp53遺伝子と同様の状態が起こっていることが示唆された。
この結果から、がん抑制遺伝子が細胞を老化させる仕組みの一端が明らかになり、中西教授は「この仕組みをがんの治療に活かしたい」と考えている。「通常のがん細胞にはp53遺伝子がありませんが、強制的にp53遺伝子を発現させたり、p53遺伝子の下流にあるp21遺伝子やG2期からM期のチェックポイントで働くサイクリン依存性キナーゼ(タンパク質リン酸化酵素)などを誘導できたりすれば、老化を介して、がん細胞の分裂を止められるかもしれません」。近く、このような性質を持つ薬剤をスクリーニングするシステムを構築する予定だ。また、早老症を起こすマウスの作製や患者さんの細胞を用いた研究も始めている。
「総説には断定的に書かれているような現象でも、実は証拠がないということはよくあります。そのような現象を見つけて、自分の手で技術を駆使して解析するのがおもしろい」と中西教授。「遺伝情報がどう正確に伝わり、分化刺激や誘導刺激によってどう書きかえられるかが大きなテーマ。これからもゲノムとエピゲノムの両面から研究していきたい」と話している。
小島あゆみ サイエンスライター