別の染色体のDNA損傷が、正常な染色体にも影響を与えることを確認!
2014年6月12日
漆原 あゆみ
大阪府立大学大学院理学系研究科生物科学専攻 放射線生物学研究室 客員研究員
紫外線や放射線がDNAを傷つけることは、よく知られている。DNAの二重鎖が共に切断されるタイプの損傷(DSB型損傷)は、細胞死を誘発し細胞もろとも抹殺されるが、ある程度までの傷には修復機構が働き、細胞は生き延びることになる。一方、DSB以外の損傷(非DSB型損傷)の場合では、細胞死を免れて分裂を続けることがある。今回、大阪府立大学大学院理学系研究科の漆原 あゆみ客員研究員らは、染色体上に生じた非DSB型損傷が、後になって「自らの染色体」だけでなく「別の染色体」にともに異常を引き起こすことを明らかにした。

放射線照射による非DSB型損傷には、DNA鎖の切断を伴わない塩基の損傷(酸化型塩基損傷)などがある。照射後の生存細胞の中には、染色体の異常は見られず、その細胞が数回から数十回分裂を繰り返した後で異常が誘発されるものがある。このように、細胞分裂の世代を経て生じる異常は「遺伝的不安定性」とよばれるが、そのメカニズムはよく分かっていない。
一方、実験室レベルでは、ある細胞(ドナー細胞)に放射線を照射して修復機構を働かせ、その後で染色体のみを別の正常細胞(レシピエント細胞)に移入すると、移入染色体に遺伝的不安定性が見られることがあると分かっていた。「このことは、細胞死を引き起こす損傷(DSB型損傷)を修復した後にも何らかの痕跡が残っており、それが染色体異常を誘発することを示唆しています。私たちは非DSB型のDNA損傷こそが痕跡の実体なのではないかと考えました」と漆原客員研究員。
今回、漆原客員研究員らは、ヒトの21番染色体に紫外線(UV-A)を照射して非DSB型損傷を誘発させた後、それを紫外線照射していないマウスの不死化細胞中に移入する実験を行った。UV-AはDSBを誘発することはないが、放射線照射したときと同様の酸化型塩基損傷を効率よく引き起こす。また、ヒトとマウスでは、染色体の区別が可能なため、「移入された照射ヒト染色体」と「レシピエント細胞の照射されていないマウス染色体」の染色体変化を容易に観察できる利点を持つという。
「移入に成功した細胞を20日〜1か月にわたって分裂させ、クローン細胞株として樹立しました。これらのクローン細胞中のヒト染色体を特殊な方法(全染色体蛍光染色法)で蛍光標識し、マウス染色体と区別して観察したところ、ヒト染色体にもマウス染色体にも多様な異常が引き起こされていました」と漆原客員研究員。
観察された具体的な染色体異常は、「ヒトの染色体同士、あるいはヒトとマウスの染色体が融合してしまう」「照射されていないマウスの染色体どうしが融合してしまう」「染色体の切断が生じる」といったものだった。また、「染色体のセットが2倍やそれ以上になってしまう」といった現象も観察された。
「ここからは推測になりますが」と前置きした上で漆原客員研究員は、次のように話す。「紫外線照射されたヒト染色体を移入後、細胞はしばらく正常な状態(2倍体)を維持していたと予想できます。ところが分裂を経るにつれ、正常な分裂ができずに多倍数体化するものが出現し、さらに染色体の脱落や不均衡な分配によって染色体数の増減(異数体化)が起きたのでしょう。つまり、紫外線照射された染色体の移入によって異常な分裂を起こす頻度が増加したものと思われます」。
一連の結果は、「非DSBs型DNA損傷が痕跡の実体となって遺伝的不安定性を引き起こすこと」「同一細胞内においては、遺伝的不安定性が、非DSBs型DNA損傷を持つ染色体だけでなく、正常な染色体にも及ぶこと」を示し、放射線治療が引き起こす二次がんや、結論が得られていない「長期にわたる低線量被ばくの影響」などの解明に応用できると期待される。「今後は、照射染色体の移入による未照射染色体の不安定化と、細胞の多倍数体化、異数体化を引き起こすメカニズムなどの解明を進めたい」と話す漆原客員研究員。さらなる研究の日々が続く。
西村尚子 サイエンスライター