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コケにもある「細胞の一部を自己死させる仕組み」が、植物の陸上化の鍵だった!

2014年5月8日

出村 拓
奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科
植物代謝制御研究室 教授

陸上の植物は、海中で生きる緑藻類から進化したと考えられている。陸上化に寄与した最大の鍵とされるのは、「体のすみずみにまで、水を輸送するシステム」の獲得。被子植物などの維管束を持つ植物は、細胞壁に木質成分(リグニン)を溜め込みながら自ら死ぬことで「空洞化した特殊な細胞(通水細胞)」を作り出し、さらに通水細胞同士がつながり合うための穴を作って「水の通り道(道管)」を形成する。このほど、奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科の出村 拓 教授らは、維管束を持たないコケ植物にも、一部の細胞を死なせて残った細胞を利用する仕組みが備わっており、陸上化の鍵となった可能性を示した。

VNS遺伝子の過剰発現実験
VNS遺伝子をヒメツリガネゴケの幼体(原糸体)で過剰発現させると、細胞死が誘導されて原糸体全体が白化する。シロイヌナズナの葉で過剰発現させると、表皮や葉肉の細胞が通水細胞に分化し、分厚い細胞壁(黄色の矢印)が形成される。黒い矢印は葉の本来の道管。 | 拡大する

維管束植物は、体を支えるための支持細胞と、水分を運ぶための通水細胞を発達させている。これらの細胞の分化メカニズムの解明はシロイヌナズナなどのモデル実験植物を使って進められており、ある特定の転写因子(VNS転写因子)がマスター遺伝子として機能すること、通水細胞はプログラム細胞死(自己細胞死)が誘導されることで作られること、支持細胞は細胞壁にリグニンが溜め込まれた細長い繊維細胞になること、などが明らかにされてきた。

一方で、維管束を持たないコケの通水細胞と支持細胞については、構造が似ているものの分化の仕組みが未解明で、機能する遺伝子は維管束植物とは異なるのではないかと考えられていた。ところが2007年に、コケ(ヒメツリガネゴケ)のゲノム解読が完了し、コケが維管束植物と同様に、複数のVNS遺伝子を持っていることが分かった。

コケは、葉や茎の中心部分に「ハイドロイド」と呼ばれる死んだ細胞を持つことが古くから知られていた。しかし、ハイドロイドが維管束植物の道管や仮道管と同様に通水の機能を果たしているのかは未解明だった。「私はヒメツリガネゴケのVNS遺伝子が果たす役割に興味を抱き、もしかしたら通水細胞の分化にも関与しているのではないかと思いつきました」。今回の研究のきっかけについて出村教授は、そう話す。

まず、ヒメツリガネゴケのVNS遺伝子を詳しく解析したところ、8種(VNS1VNS8)からなることが分かった。次に、これらの遺伝子がどの細胞で発現しているのかを、プロモーターGUS解析という手法で調べた。「すると、VNS1VND6VND7の3つの遺伝子がコケ植物体(茎葉体)の葉の中央に走る太い葉脈(中肋)で強く発現していること、VNS4については茎葉体の茎の中央部で発現していることが分かりました」と出村教授。

つづいて、これらの遺伝子の機能を破壊する実験を行った。「VNS1VNS6VNS7の3遺伝子を同時に破壊した変異体では、葉のハイドロイドの発達が起こりにくくなり、水の輸送が妨げられました。そのために、生育湿度を通常の100%から75%に落とすと葉がしおれてしまいました。VNS4のみを破壊した変異体の方は、茎のハイドロイドの分化が完全に抑制されて水が全く輸送されず、やはり75%の湿度で葉がしおれました」と出村教授。

さらに、コケのVNS遺伝子をシロイヌナズナに導入し、強制発現させる実験を行った。「驚くべきことに、進化的に大きく離れているコケのVNS遺伝子が、シロイヌナズナのVNS遺伝子とほぼ同様の機能を果たすことが分かりました。本来はプログラム細胞死が起こらないはずの細胞でプログラム細胞死が誘導され、道管によく似た厚い細胞壁を持つ細胞が作られたのです。さらに細胞壁へのリグニン蓄積に関与する遺伝子などが発現誘導されることも分かりました」と出村教授。最後に、ヒメツリガネゴケのVNS遺伝子をヒメツリガネゴケの植物体全体で強制発現させる実験も行い、ヒメツリガネゴケの細胞でもプログラム細胞死が誘導されるようになることと、「シロイヌナズナのリグニン蓄積に関わる遺伝子」と似た遺伝子が発現することを確かめた。

一連の結果は、コケの通水細胞の分化が、維管束植物と同様にVNS遺伝子によって制御されていることを強く示している。つまり、VNS遺伝子による通水細胞分化機構は植物進化の極めて早い段階ですでに確立しており、この「一部の細胞を殺し、機能的な構造を作り出すことで、植物個体が生き残る仕組み」を利用し陸上化を果たしたと解釈できる。

今回の成果は、植物の陸上化の分子メカニズムという基礎研究に寄与しただけでなく、VNS遺伝子を人為的に制御することで、道管、仮道管、繊維細胞などが作り出す「木質バイオマス」の質や量を改変し、再生可能エネルギー生産にも応用できる道を開いた。「今後は、残りのコケVNS遺伝子の機能解明を進めながら、シダ植物の通水細胞や仮道管の分化にもVNS遺伝子が関わっていることを証明したいと思っています。そうすることで、植物の陸上化というイベントを多面的に検討することが可能になるでしょう」。そう話す出村教授には、すでに次の研究ターゲットが見えている。

西村尚子 サイエンスライター

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