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昨今の「異分野融合の物神化」を問い、政策論かつ学問論的な理論モデルの構築とそれを踏まえた分野融合実践場の創成に挑む

2014年4月24日

京都大学 学際融合教育研究推進センター
宮野公樹 准教授・総長学事補佐

最近、科学技術政策や大型研究プロジェクトの説明に“異分野融合”や“学際”という言葉がよく使われるようになっている。また、大学や研究機関でも異分野融合を促進するための組織、あるいは分野横断型の組織やプロジェクトが続々とつくられている。

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そのような状況を受け、京都大学は10の学部、18の大学院研究科、4つの専門職大学院、14の研究所に横串を通し、その垣根を越えて柔軟で機動的な分野横断の教育・研究活動を推進することを目指して、2010年3月に学際融合教育研究推進センターを設置した。このセンターでは後述する多数のユニークな活動を展開しており、メディアの注目の的となっている。その活動の中心となっているのが、センター唯一の専任教員である宮野公樹准教授だ。

宮野准教授は、もともと金属組織学、およびナノテクノロジー分野の研究者であり、文部科学省研究振興局参事官(ナノテクノロジー・物質・材料担当)付 学術調査官も兼任、当分野の政策設計や科学技術の政策全般にも携わる。これまで学会や国際会議で受賞等の優れた業績を上げてきた一方、大学研究室内の人材育成の在り方や“論文”という形式の限界、そして高度専門追究の弊害について問題意識を持ち、助手時代の九州大学応用力学研究所在籍中から専門である金属やナノテク以外の分野にも活動の場を広げた。その後京都大学に移って5年後の2011年4月、総長学事補佐のポストに就いたころ、同センターのミッションの再定義と活動の活性化に従事するようになった。現在は、政策哲学を軸に大学論、学問論の領域で研究している。

センター活動の活性化の背景を宮野准教授はこう語る。「結局、学術領域の細分化は、個々の研究者ががんばればがんばるほど進んでいくのです」。つまり、学術研究の使命であるオリジナリティーの追究はそのまま新規分野創出につながり、さらに学問的に厳密を求めるためにより狭い境界(環境)条件を設定せざるを得なくなり、結果として量産された諸分野は結局のところ細分化され過ぎて大勢があまり注目しない。特に検証や淘汰はされないままに乱立していく……というのだ。

「こうした学問的営為に内在する細分化特性が進行し過ぎたため、真理を追究するために単独分野では不十分であるという本質と、今日的な課題の重層化への懸念とが相まって、今“異分野融合”に期待がかかっているのです。ところが、現状ではその異分野融合そのものの理解が不足したままなので、まるで異分野を同じテーブルにつかせたら、そこで分野融合が完結するような幻想を抱いてしまっています。理論も手法もガタガタです。これらを打破するために、政策論的かつ学問論的に異分野融合の今日的な新しい理論モデルが必要であり、同時に、それを踏まえた分野越境の実践が求められています。そうしてある意味その実験場として、挑戦的に“融合・越境”を仕掛け、学内外と対話することの専門組織である学際融合教育研究推進センターが存在するのです」。

「昨今の異分野融合はお互いのプロフィールすら知らずにお見合いさせるようなものだ」と断言する宮野准教授は、それを打破するべく、分野融合促進のための相互理解を目的として京都大学内の全教員を対象に研究教育活動、業績評価や分野間交流に関する意識調査を行うwebアンケートを実施した(図参照。結果は、学際融合教育研究推進センターHPからダウンロード可能)。この結果からは、異分野融合は容易ではなく、自然には進まないことが明らかになった。

そして、少しでも融合・越境のきっかけとなる出会いの場をつくり続ける必要があるとして、2013年1月から毎月1回、異分野・異業種交流会を開催している。全員の自己紹介では所属や肩書きは言わず、研究分野や職業のみを話すのが原則。“いつもの時間・いつもの場所で”というコンセプトで実施しており、初回の10名から、現在では毎回40〜50名が集まるようになった。

その他、異分野の研究者たちがグループを組んで「研究を研ぐ、研鑽し合う」ことを目的とした学際研究着想コンテストも開催する。“一枚で伝えるイノベーション”と銘打ち、申請はA3用紙1枚の概念図のみ。総長や副学長、企業、メディアに所属する有識者が審査し、賞金として総額100万円が贈られる。この賞金は一般的な研究費とは異なり、使途の制約がほぼないという、研究者にとってはありがたい援助だ(2014年も実施。学外研究者も京大研究者を代表者とすれば参加可能。学外者向けに京大研究者の紹介サービスもある。詳細はセンターHP)。

同センターが最も力を入れている企画の1つが“ワークショップ実施支援企画”だ。通常の研究会の助成事業とは異なり、「普通なかなかできないことをやりたい」「一度、異分野の人たちでこれを議論してみてかった」という個人やチームの背中を後押しし、一歩踏み出すのに資するワークショップや研究会を支援する事業である。狙いは、「センターが主導する異分野融合の場づくりよりも、そういった場をつくろうという人材を増やすことで“倍々”で学内を活性化させることにつなげること」。結果的に、2か月間に21件ものワークショップや研究会の開催支援を実施し、想定金額をはるかに上回る約500万円を使ったというから驚きだ。

自身が行ってきたここ数年の研究・教育・活動を通じ、「異分野融合とは、異分野“衝突”の結果として生じるもので、手段ではありません。さらに言うと、最終的に異分野の知識や体験が帰着するのは個々人の内面であり、“融合”とは個々人の実践知(主に暗黙知、身体知として未言語領域に存在するもの)の言語化を通じて自身の内面で生じる啓発(気付き)」と捉えている。そのため、数々の企画の成果も、参加者数や論文などの見える形になったかどうかというより、個々人の内面の変化(成長)に着目したものと考えている。

「今日的な異分野融合が評価や肩書きにこだわることなく、信頼関係で成り立つ対話の“場”となれば、研究から新しい成果が生まれるはず。そういう気風を学内に醸成していきたい」。活動の成果はいつ、どんな形で飛び出すかは分からない。それでも研究者が出会って自らを磨く場づくり、そして異分野融合の在り方を愚直に考え続け、実践することを通して、自らが理想とする知行合一の本来的な学者の姿を求めていく。

小島あゆみ サイエンスライター

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