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遺伝子変異によらない発がんの仕組みを、iPS細胞を使って解明!

2014年4月10日

山田泰広
京都大学iPS細胞研究所 初期化機構研究部門 教授

「がんは複数の遺伝子が段階的に変異して生じる」とされるが、最近になって、エピゲノム異常もまた、がん化と深く関連することが分かってきている。京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の山田泰広教授らは、マウスの生体内で細胞を中途半端に初期化するとエピゲノム異常を引き起こし、遺伝子変異がなくても細胞をがん化させ得ることを示した。

山中4因子を7日間発現させ、腫瘍を形成したモデルマウスの腎臓(左上はコントロール)とその組織像。 | 拡大する

「染色体のヒストン修飾」や「DNAのメチル化」といったように、ゲノムには部分的な化学修飾が施される。化学修飾された部位では遺伝子発現が抑制されたり、逆に促進されたりしており、このような塩基配列によらない遺伝子制御の仕組みは「エピゲノム」と呼ばれる。近年、がん細胞のエピゲノム状態が網羅的に解析されるようになり、ほぼ全てのがん細胞でエピゲノム異常が認められることが分かってきた。

「ただし、エピゲノム異常がどのように引き起こされ、発がんにどう関与しているのかは、よく分かっていません」。そう話す山田教授は今回、特定の薬剤(ドキシサイクリン;Dox)を作用させると、「細胞を初期化する4つの因子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)」を発現するマウスを開発し、エピゲノムとがん化の関連について分子レベルの解析を行った。

4因子は、同研究所の山中伸弥教授がiPS細胞を作成する際に用いたもので「山中因子」とも呼ばれるもの。まず山田教授らは、これらの因子を導入したモデルマウスに、長期間Doxを作用させ続けると、体内のさまざまな臓器でiPS細胞が生じ、良性腫瘍(奇形腫)を形成することを確認した。

続いて、Doxを一時的に作用させ、細胞の不十分な初期化を引き起こしてみた。細胞内では、初期化に伴って「染色体のヒストン修飾」や「DNAのメチル化」も分化前の状態に戻されるはずだが、不十分な初期化はこうしたエピゲノム状態を異常にすると考えたのである。「結果は予想通りで、DNAのメチル化パターンは大きく変化していました。そして、ほとんどのマウスでがん(悪性腫瘍)ができ、腫瘍発生後2~3週で死に至りました。がんの特徴である周囲組織への浸潤や、転移も見られました」と山田教授。

とくに腎臓に生じたがんは、ヒトの小児腎臓がんとして知られる「腎芽腫(ウィルムス腫瘍)」と、組織学的・分子生物学的な特徴がよく似ていたという。山田教授は「これまでの研究では、がん化の鍵はあくまでも遺伝子変異の蓄積で、エピゲノム異常はがん化をサポートする程度とされてきましたが、私たちは今回、遺伝子配列異常に依存しない発がんを初めて実証しました」とコメントし、「腎芽腫などの一部のがんで、エピゲノム異常が最も重要な原因となり得ることも示せました」と続ける。

現在のがん治療は、がん細胞を取り除く、消滅させる、分化を促進させるといったもので、がん化の原因(多くの場合は遺伝子の傷)を矯正するような根本治療になっていない。今回の成果は、「特定のがんでは、エピゲノム異常を正すことが根本的ながんの治療となり得る」ということを示し、エピドラッグとでもいうべき新薬の開発の重要性を示唆するとともに、iPS細胞が再生医療以外の疾患研究に新たな知見をもたらすことも示した。

病理医を務めつつ大腸がんの研究を続けてきた山田教授は、4年前にCiRAに赴任したばかり。「全てをゼロから立ち上げ、研究の意義を理解してもらうことにも苦労しましたが、iPS細胞研究とがん研究をつなげることができ、嬉しく思います。次はマウスでの知見をヒトの細胞で検証し、将来は、がん細胞から非がん細胞へと変換させる技術を開発したい」と話す。夢の実現に向けて、腰を据えた研究が続けられる。

西村尚子 サイエンスライター

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