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海馬の神経細胞がロッククライミングのように移動して積層することを解明

2014年3月27日

慶應義塾大学医学部 解剖学教室
仲嶋一範教授

私たちヒトを含め、動物の記憶や学習を司る脳の海馬。その重要性はよく知られているが、進化的に新しい大脳新皮質に比べると、発生学的な詳細についての研究はあまり進んでいなかった。

このたび慶應義塾大学医学部 解剖学教室の仲嶋一範教授、北澤彩子研究員、久保健一郎専任講師、林周宏助教らのグループが海馬の形成過程の一端を解き明かし、The Journal of Neuroscience に発表した。

哺乳類の脳の神経細胞は、神経幹細胞/神経前駆細胞から細胞分裂によって生まれた後、あらかじめプログラムされた位置まで移動する。なお、神経幹細胞/神経前駆細胞のままで移動しながら細胞分裂をするタイプもある。先に生まれた細胞が層を作り、次に生まれた細胞がその間を通って脳表面側に出ることで厚みを増し、その構造を形成していく。そして、同じ形と機能を持つ細胞同士が集まって層を作る。

図1. 大脳新皮質の神経細胞は脳室帯から外側(脳表面側)に向けて、1本の放射状グリア線維を登って移動していく(ロコモーション様式)のに対し、海馬の神経細胞はいくつかの放射状グリア線維を捕まえてジグザグと外側に移動していく(クライミング様式)。 | 拡大する

大脳新皮質では、深部の脳室帯から脳表面に向かって放射状グリア線維が伸びており、脳室帯にある神経幹細胞/神経前駆細胞から生まれた神経細胞は、この線維に神経突起を絡みつかせて脳表面に向かって移動していき、6層に積層することがすでに明らかになっている。一方、海馬では、大脳新皮質の脳室帯と隣り合った脳室帯の神経幹細胞/神経前駆細胞から神経細胞が生まれ、移動して錐体細胞層を形成する。錐体細胞層の上下にはほぼ神経細胞の軸索のみの層ができる。海馬にも放射状グリア線維があり、そして、海馬の厚みは大脳新皮質の数分の1と薄いにもかかわらず、神経細胞が錐体細胞層の表面に到達してその移動を終えるまでにかかる時間は、海馬の方が長いことがこれまでの研究で明らかになっている。しかし、その理由は分かっていなかった。

仲嶋教授らは、2001年に胎生期のマウスの脳室に針で遺伝子発現ベクターを注入し、子宮外から電場を数回かけることで遺伝子導入する子宮内電気穿孔法を開発。任意の遺伝子を脳内の任意の部位と時間に導入することを可能にした。また、細胞膜に結合する蛍光タンパク質(膜アンカー型GFP)を用いて、1つ1つの細胞の形を鮮明にイメージングする方法(Sparse-Cell Labeling)も開発した。

図2. 膜アンカー型GFPを用いて神経細胞の全体の形をイメージングしたもの。右では赤く染まった放射状グリア線維に神経細胞が複数の突起を絡みつかせている様子が見える。 | 拡大する

仲嶋教授らはこの技術を用いて、胎生15.5日目のマウスの脳に緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子を導入し、成長日数が約1日ずつ異なる個体を解析することで、大脳新皮質では最も外側の層に到達するまでは約3日、海馬では7~8日かかることを明らかにした。脳室帯での分裂を終えて分化し脳表面側へと移動し始めた神経細胞の動きを動画で捉えたところ、神経細胞がまず、多くの細い突起を出し入れしながら漂うようにその場に長くとどまることを見いだした。この動きは、仲嶋教授らが大脳新皮質において2003年に発見して命名した「多極性移動」と呼ばれる動きと同様であった。

そして、大脳新皮質では神経細胞自体が細く伸びて1本の突起を出し、1本の放射状グリア線維に巻き付いてほぼ真っすぐに登るのに対し、海馬の神経細胞は、まるで線香花火のように複数の突起を出したり引っ込めたりしながらある位置にとどまり、その後、複数の放射性グリア線維をつかみ、ジグザグとロッククライミングするように登っていくことも突き止めた(図参照)。そして、大脳新皮質型の一直線の移動が「ロコモーション様式」と呼ばれるのに対し、海馬の、複数の足場をつかみながらの移動のタイプを、新たに「クライミング様式」と名付けた。実験と撮影を担当した北澤研究員は、「大脳新皮質の神経細胞がほぼ一直線に移動するイメージを思い描いていたので、海馬の神経細胞の動きに驚き、確認のために何度も実験しました」と語る。

図3. 動画から軌跡をたどると(白線)、海馬の神経細胞がジグザグを動いていたのが明らか。赤の矢印は各位置での移動速度(長さ)と方向を示している。 | 拡大する

「海馬では、発生の後期に生まれた神経細胞ほど脳室面近くでの滞留時間が長い傾向がありました。先に生まれた細胞の軸索の束に上から押さえ付けられているのではないかと考えています」と仲嶋教授。

海馬の発達段階での微細な異常、例えば神経細胞の位置の異常などが、てんかんや統合失調症と関連する可能性が指摘されている。「脳の変性疾患や脳卒中などの治療として、脳の再生医療が進んでいくときにも神経細胞の移動や配置は重要」と仲嶋教授。今回の知見は海馬の発生や機能のみならず、脳神経疾患の解明や治療法の開発にもつながっていきそうだ。

小島あゆみ サイエンスライター

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