脳虚血時の脳細胞死、グリア細胞が引き金を引いていた!
2014年3月13日
松井 広
東北大学大学院医学系研究科 准教授
脳には、神経細胞(ニューロン)以外にグリア細胞が多数ある。その数は高等動物になるほど多く、ヒトではニューロンの数を上回るともいわれている。グリア細胞は、ニューロンを固定して維持するという機能を持つと考えられてきたが、最近になって「グリア細胞はニューロンと伝達物質をやり取りすることで、神経機能にも関与する」といった報告が相次いでいる。東北大学大学院医学系研究科の松井 広 准教授らは、細胞の活動を光で自在に操作する光遺伝学(オプトジェネティクス)の手法を使い、グリア細胞のさらなる新機能を発見した。

脳虚血が起きると、脳への酸素と栄養が届かなくなり、脳内が急速に酸性化されるとともに、興奮性神経毒性を持つ大量のグルタミン酸が放出されて脳細胞死が起きる。前者の酸性化は、グリア細胞内にのみ蓄えられているグリコーゲンが分解され、乳酸が蓄積されるためである。後者のグルタミン酸放出については、ニューロンから出されるのか、あるいはグリア細胞から出されるのかといった議論が続いており、決着が付いていなかった。
グリア細胞は、アストロサイト、ミクログリア、オリゴデンドロサイトに大きく分けられる。このうち最も数が多いのはアストロサイトで、脳の外傷や変性によって、その大きさや形が劇的に変化するとの報告が出はじめている。
松井准教授らはまず、アストロサイトにおいて「光を感知すると細胞を興奮させて水素イオンと通す分子(チャネルロドプシン2;ChR2)」を発現する遺伝子改変マウスを作り、神経細胞とグリア細胞が密接に絡み合った構造を持つ小脳を対象に解析を行った。
「このマウスの脳組織を取り出して光をあてたところ、アストロサイト内が酸性化されることが分かりました。もし、アストロサイトからグルタミン酸が放出されているとすれば、それらのグルタミン酸は近傍のニューロンの受容体に結合し、ニューロン内には電気信号が発生するはずです。そこで電気生理学的な測定を試みたところ、予想通りの結果が得られました」と松井准教授。アストロサイトは、酸性化が引き金となってグルタミン酸を放出するようになることが確かめられたのである。
さらに松井准教授らは、アストロサイト内をアルカリ化して中和すると、グルタミン酸の放出が大幅に抑制されることも確認した。前回とは逆に「細胞外へ水素イオンをくみ出す分子(アーキオロドプシン:ArchT)」をアストロサイト内で発現するマウスを作り、人工的に小脳の脳梗塞を誘発させた上で光をあて、梗塞部位をアルカリ化したのだ。「梗塞部位は虚血状態になり、脳細胞死と脳の破壊が進むはずですが、アルカリ化によって進行が数時間程度抑えられました」と松井准教授。
一連の結果は、虚血時の急激な脳細胞死が、単に血流が止まったことで起きるわけではなく、グリア細胞からの過剰なグルタミン酸放出で引き起こされることを強く示している。また、脳内の酸性化を防ぐ薬剤を開発することで、脳梗塞や脳外傷の際のダメージを軽減できる可能性を開いたことにもなる。
「私は、グリア細胞の酸性化とグルタミン酸放出という単純な原理が脳虚血時以外にも働き、学習や認知機能などに関与しているのではないかと考えています」とコメントする松井准教授。今後も光遺伝学によるグリア細胞の新機能解明を進め、脳科学の新しい哲学を築きたいとの意欲を燃やしている。
西村尚子 サイエンスライター