加熱による収縮(負の熱膨張)を組成によって制御できる材料を開発
2014年2月27日
東京工業大学応用セラミック研究所
岡 研吾 特任助教
熱膨張は、原子振動の非調和のために、原子間距離が縮むよりも伸びやすいことで起こる。熱膨張による体積の変化は、産業の面からみると物が壊れたり、接着面が剥離したり、作用点の位置がずれたりする原因になるため、常に注意を払わねばならない現象だ。とくに大規模集積回路(LSI)や光通信用レーザーのような半導体の精密加工を伴う現場では、わずかな温度変化を避けるために膨大なコストがかけられている。近年、温めると体積が減る「負の熱膨張」の性質を持つ物質の発見が相次いでおり、それらを構造材料と組み合わせることによって熱膨張を抑えられるのではないかと期待されている。

(b)温度による平均単位胞体積の変化。ランタノイドの種類によって負の熱膨張が起きる温度域が変化する。
(c)試料片の長さと温度変化の関係。図bとほぼ一致した曲線を描いている。 | 拡大する
東京工業大学応用セラミック研究所の岡研吾特任助教、東正樹教授らは、最近、高圧高温下で生成したビスマス・ランタノイド・ニッケル酸化物(Bi1–xLnxNiO3)がこれまでで最大の負の熱膨張係数を持つことを明らかにし、さらに材料の組成によって負の熱膨張の挙動をコントールできることを報告した。
負の熱膨張を起こす物理現象としては、主に①フレームワーク構造によるもの、②磁気体積効果、電荷移動などの体積収縮を伴う相転移の2つが挙げられる。フレームワーク構造は、強固な結合の多面体がすき間をあけつつ頂点共有で連なる構造で、温度上昇によって多面体間の角度が変化し、すき間がつぶれることで、広い温度範囲で負の熱膨張を起こす。代表的なのはジルコニウム(Zr)とタングステン(W)の酸化物だが、熱膨張係数の絶対値は大きくない。磁気体積効果は磁気転移に伴い体積が減る現象で、2005年にマンガン窒化物逆ペロブスカイトが室温付近で大きな負の熱膨張を示すことが発見されて、注目を集めた。今回、岡研吾特任助教らが報告したBi1–xLnxNiO3は、ビスマスとニッケルの間の電荷移動によって負の熱膨張を起こす。
Bi1–xLnxNiO3は、ビスマス・ニッケル酸化物(BiNiO3)が研究の発端になっている。2002年、東教授らのグループはBiNiO3が約3.5 GPa(ギガパスカル)の圧力下で絶縁体から金属に転移し、それに伴って2.5%体積が収縮することを見いだした。さらに、X線回折と英国ラザフォードアップルトン研究所での高圧下パルス中性子回折を用いて、ビスマスとニッケルの間の電荷移動によりニッケルの価数が増大し、ニッケル–酸素結合が収縮することにより、体積減少が起こっていることを明らかにした。
2011年には、ビスマスの一部をランタンに置き換えたBi1–xLnxNiO3が温度誘起電荷移動相転移により巨大な負の熱膨張を示すことを発表。室温から約100℃の間でマンガン窒化物の3倍に当たる大きさの負の熱膨張を示す(図a)。今回、岡特任助教らはランタンの他にネオジム(Nd)、ユウロピウム(Eu)、ジスプロシウム(Dy)といったランタノイド元素で置換することで、−30~130℃付近の温度帯で、プラスチック材料の熱膨張に匹敵する絶対値の負の熱膨張をコントロールできるようにした(図b,c)。先に述べたマンガン窒化物逆ペロブスカイトは、すでに工業生産が始まっているが、熱膨張係数の絶対値はBi1–xLnxNiO3の方が大きく、コンポジット材料に用いた場合、少ない添加量で熱膨張を抑制できる点がメリットといえる。
現状の課題は、合成に6 GPa(ギガパスカル)、1000℃の高圧高温条件が必要であること、そして加熱時と冷却時の間に存在するずれを解消することである。岡特任助教は「組成制御により、このずれを小さくすることに成功しましたが、それでも実用材料にするにはクリアしないといけない問題です。今は体積が不連続に変化する一次相転移で負の熱膨張が起こっていて、これを連続的な二次相転移に変えるアイデアを探したいと思っています」と話す。
現在、ビスマスだけでなく、ニッケルを別の元素に置換した物質についても研究を行っている。また、この物質を実際にプラスチックや金属に混ぜてそれらの熱膨張を抑える研究も始まった。「これまでの報告では、ある種のプラスチックに負の熱膨張の性質を持つ材料を混ぜたとき、全体の半分近くまで混ぜないと熱膨張を抑えられません。巨大な負の熱膨張を示すBi1–xLnxNiO3とエポキシ樹脂の組み合わせでは、2割程度でゼロ熱膨張を実現できる結果を得ています」と岡特任助教。高圧高温下で新しい物質を生成し、その機能を見つけて応用につなげる研究がこれからも続いていく。
小島あゆみ サイエンスライター