Nature Careers 特集記事

脂肪の蓄積のスピードが寿命に関わることを、粘菌で突き止めた!

2014年2月13日

桑山 秀一
筑波大学 生命環境系 生物科学専攻 准教授

ヒトでは肥満が問題視され、遺伝子レベルでも脂肪の蓄積メカニズムが研究されている。このほど筑波大学 生命環境系の桑山秀一准教授らは、そのような遺伝子の1つが土壌中に生息するアメーバ(細胞性粘菌)にもあり、脂肪の蓄積が寿命の長さにも関与することを明らかにした。

RabGAP破壊株では、子実体に至る時間が早くなり、過剰発現株では遅くなる。 | 拡大する

「最も原始的な多細胞生物」として知られる細胞性粘菌は、通常の環境下では、バクテリアなどを餌に単細胞のアメーバとして増殖を繰り返すが、餌が不足すると多細胞化する。飢餓状態下で10万個ほどに多細胞化した塊は、光や温度を感知しながらより良い環境を求めて移動。比較的明るい土壌表面に行き着くと、「子実体」と呼ばれる構造に変形する。

子実体は「胞子」と「柄」からなる。胞子は厳しい環境下でも耐えられるようタンパク質の殻に包まれ、柄は胞子を空中に持ち上げる柱の役目を果たす。餌のある環境に戻ると、胞子が発芽して単細胞のアメーバとなり、再び増殖するようになる。

「私は、細胞性粘菌の走化性応答を使って、細胞外にある物質の空間パターン認識や、そのための細胞内情報伝達について研究を続けてきました。その課程でRabGAPという遺伝子に注目していたのですが、今回、この遺伝子を破壊することで実に興味深い現象に行き当たったのです」と桑山准教授。

RabGAPは、細胞内小胞の交通整理を行う遺伝子(Rab)の機能を抑制する遺伝子として複数種が知られ、線虫、マウス、ヒトなどの多細胞生物に共通してみられるという。一方、脂肪は、細胞膜の主成分やエネルギー源として全生物に必須の物質で、多細胞生物では細胞内の小胞に蓄積される。

今回、桑山准教授らはまず、RabGAP遺伝子を破壊した細胞性粘菌(RabGAP破壊株)を作り出し、飢餓状態下に置く実験を行った。「同一条件の飢餓状態下では、走化性応答により細胞同士が集まり、多細胞体を形成し、子実体を形成するまでの時間は一定です。ところが、RabGAP破壊株では、飢餓状態から休眠構造に至る時間が大幅に短縮されました。同時に、細胞増殖が早くなり、分裂に要する時間も短縮されていたのです」と話す。逆にRabGAP遺伝子を過剰発現させた株では、休眠構造までの時間が大幅に増大したという。RabGAP破壊株にヒトや線虫のRabGAP遺伝子を導入する実験も行い、この操作で寿命の長さが元に戻ることも確かめた。

さらに詳細な解析を行うことで、以下の2点も明らかにした。1点は、RabGAPが細胞表面の受容体からの信号伝達因子と相互作用していること。もう1点は、RabGAPが多細胞体形成に関与する物質(cAMP)の濃度を調節することで、多細胞体形成までの時間を制御する機能も担っていたことである。

一連の結果は、脂肪蓄積が過剰に進むと増殖を早くすることで脂肪消費を促進し、さらに多細胞体形成までの時間も早めることを示している。逆に脂肪の蓄積の進行が鈍ると、細胞は増殖を遅くして多細胞体形成の進行をも遅くする。

このような解釈だと、「RabGAP遺伝子を欠損することで、増殖が早く、飢餓状態での子実体形成も早く進む細胞性粘菌」が生存に有利のように思えるが、自然界にはRabGAP遺伝子を欠いた粘菌は存在しないという。「餌の状態が悪いからといって生き急ぐと、そのことが、逆に生存に不利に働くのだと考えられます。ヒトを含め、適度な増殖と適度な寿命が維持できるようプログラムされているのでしょう」。桑山准教授は、そうコメントする。

先行研究では、線虫のRabGAPが、寿命の制御に関連する別の遺伝子と相互作用することや、神経細胞において神経系の制御に関与していることなどが報告されているという。「こうしたことは、ヒトでも神経系の疾患と脂肪蓄積とが関連していることを示唆しており、RabGAPが治療や創薬のターゲットになる可能性も示しています。また、肥満治療のためにRabGAP遺伝子を抑えて脂肪消費を上げ、細胞を活性化するといったことも考えられます」と話す桑山准教授。この後は、今回の知見の普遍性を示すべく、マウスなどのより高等な動物を用いた解析を行いたいとしている。

西村尚子 サイエンスライター

「特集記事」一覧へ戻る

プライバシーマーク制度