アルツハイマー病で蓄積されるアミロイドβタンパク質産生酵素の新たな阻害方法を開発
2014年1月23日
同志社大学大学院 生命医科学研究科
舟本 聡 准教授
2020年には、日本では80歳代以上の約1割が認知症になると予測されており、その約7割がアルツハイマー病と推定されている。アルツハイマー病の原因はまだ分かっていない。臨床的には、脳内でアミロイドβタンパク質(Aβ)が凝集して老人斑(アミロイド斑)として沈着し、やがて神経細胞が死滅することから、アルツハイマー病はAβが原因だというアミロイド仮説(アミロイド・カスケード仮説)が有力となっている。

アルツハイマー病の治療は、アミロイド仮説に基づき、Aβの除去を目的として、Aβ産生酵素であるβ-セクレターゼやγ-セクレターゼの阻害薬、アミロイドなどの抗原や抗体を使う免疫療法が主流となっており、いくつか治験が行われている。ただ、効果がない、あるいは副作用が強いといった理由で、治験中止がここ2年ほどで相次ぎ、失望が広がっている。
同志社大学大学院生命医科学研究科の舟本 聡 准教授らの研究グループは、このほどγセクレターゼがAβを産生するメカニズムの一端を明らかにし、Aβ産生を2段階で抑える方法を開発した。この研究は科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)の「精神・神経疾患の分子病態理解に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出」の「分子的理解に基づく抗アミロイド療法および抗タウ療法の開発(研究代表、同志社大大学院脳科学研究科 井原 康夫 教授)」の成果で、ペプチドリーム社との共同研究だ。
Aβは、21番染色体上にあるアミロイド前駆体タンパク質(APP)から作られる。APPはN末端側が細胞外に配向し、細胞膜を1回貫通する膜タンパク質(Ⅰ型膜貫通タンパク質)で、まずβセクレターゼで細胞外ドメインが切断されてC99となり、さらにC99がγセクレターゼによって切断され、約40個のアミノ酸でできたAβとなる。このとき多く産生されるのはAβ40の単量体であり、少量作られたAβ42が繊維化して沈着し、老人斑となる。なお、APPを切断する酵素としてはαセクレターゼもあるが、αセクレターゼで切断されたC83からはAβは産生されない。そのためαセクレターゼがβセクレターゼやγセクレターゼよりも体内で優位になっている場合はアルツハイマー病になりにくいのではないかと考えられている。
舟本准教授はAβの産生メカニズムを調べており、基質と結合した状態のγセクレターゼの精製を目指していた。そこで、C99のN末端に結合する抗体を利用した免疫沈降法によって、C99とγセクレターゼの複合体を単離しようとしていた。ところが得られたのはC99のみでγセクレターゼとの複合体は全く単離されない。そのうち、この実験用抗体が底をつき、別の種類の抗体に変えたところ、C99とγセクレターゼの複合体が単離されるようになった。「C99がエサ、抗体が釣り針で、γセクレターゼという魚を釣る作戦です。先に使った抗体はC99のN末端に結合し、後に使った抗体はC99の中央部に結合することが分かっていました。そこからγセクレターゼがC99のN先端に結合するのではないかと考えました」と舟本准教授。
そして、C99と、より細胞外ドメインが短いC83についてγセクレターゼの切断効率を比較すると、C83の方が約5倍高いことが明らかになった。また、γセクレターゼによって切断される別のⅠ型膜貫通タンパク質であるNotchとAPLP2で細胞外ドメインが短い基質と長い基質を作製して比較すると、やはり細胞外ドメインが短い基質の方が、約5倍効率よく切断された。さらに、Notchの短い細胞外ドメインをC99に変えたキメラ型C99とC99の長い細胞外ドメインを持つキメラ型Notchを作製し、Notchと比較したところ、短い細胞外ドメインを持つキメラ型C99はNotchと同様の効率で切断され、長い細胞外ドメインを持つキメラ型Notchでは結合能力が落ち、切断効率も落ちることが分かった。これらの結果について「細胞外ドメインが短い方が、γセクレターゼが細胞膜により近い距離で切断しやすいからではないかと思います」と舟本准教授は話す。これまでγセクレターゼには基質選択性がないといわれていたが、この研究によって基質選択性があることが示された。
続いて、C99のN末端に結合するペプチドを作製し、γセクレターゼと混ぜたところ、γセクレターゼが結合せず、C99が切断されなかった上、βセクレターゼの作用を抑制して、C99自体の産生も抑えていることが分かった。なお、このペプチドは他のタンパク質の切断には関係しないことも明らかになっている。
そして、健康なマウスにこのペプチドを腹腔内注射し、体内動態を調べると、脳に少量届いた部位はAβの産生が抑えられており、脳内のAβ濃度も有意に下がっていた。
「γセクレターゼは体内で重要な働きをしており、γセクレターゼそのものを阻害すると、さまざまな副作用が出ることが考えられます。今回の研究結果から、C99とγセクレターゼの結合を抑制し、Aβを作らせないことで副作用を減らせる可能性があります。Aβの脳脊髄液中と血中の濃度は平衡関係にあり、血中濃度を下げれば、脳内でAβが減るperipheral sink仮説も出ており、必ずしも脳で作用しなくていいかもしれません」。今後はC99とγセクレターゼ、ペプチド抗体の関係を研究し、ペプチド抗体の脳への移行性を高めたり、結合力をより強めたりすることを考えている。
酵素そのものではなく、酵素が反応する基質への結合を阻害するこの方法は、創薬の新しい戦略となる可能性がある。舟本准教授らの今後の研究の進展が期待される。
小島あゆみ サイエンスライター